見透かす目をしていた。自分より幾つも下である筈の少年が。身なりは良い、当時の自分と比べてみれば圧倒的にこの少年の方が裕福そうだ。ガリッと心に爪を立てる、昔を思い出すのに痛みが伴う。ただ数十年前の自分を思い出すだけで。過去は未だこの背中にしがみついている。
「ねぇ、アンタさ、」
少年は馴れ馴れしい口調で話し掛けてきた。それを無視することは容易いと知っていながら、その場を立ち去る気にはならず、少年の話を聞いていた。
「つまんない、って顔してる。何もかも気に入らないって顔」
「だから何だ。俺は子供の相手をしてる程、暇じゃないんだ」
「俺には分かるよ。アンタがどうしてつまらなそうな顔をしてるのか、俺には分かる」
分かると言ってのけた少年の瞳には妙な説得力があった。峯がこれまで身をもって味わってきた人間関係の歪み、一人の人間として見られない孤独、長年渇望していた金に自分という存在を殺されてしまった絶望。それら全てをまるで知っているかのような少年に峯は言葉を詰まらせた。異様なものを見る目で少年を見る。少年はここでようやく目を伏せ、鼻から息を逃がした。
「似た者同士だね、アンタと俺」
「……一体どこが似てるって言うんだ、」
「俺はさ。簡単に言うと、いいとこの坊ちゃんみたいなもんでさ、俺の周りにはよく人が群がってるんだ」
少年の独白は続く。
「でもさ、そこに俺を見てくれる奴は誰もいないんだよ。それが悔しくて、ムカついて、……寂しい」
確かに似ている。この少年と自分が抱いた感情は同じであり、そして、とてもよく似ている。少年の言葉が峯の胸に空いた穴に重く沈む。
「それでアンタも俺と同じ目をしてるんだ。いい大人のくせに、」
「…お前は子供のくせに不幸な奴だ」
「そうでもないよ。ちょっと前までの俺は可哀想な奴だったけど、俺はある人から大切なことを教えてもらった」
「大切なことだと?」
「そう、大切なこと。これはタダじゃ教えてあげない。俺だって苦労して教えてもらったんだから」
そんなものたかが知れてると吐き捨てた峯だが、少年はそれでも尚、余裕を滲ませて峯に告げる。
「これは、俺の勝手な予想だけど、多分アンタもいつか教えて貰えるんじゃないかな。あの人に」
「おい、さっきから勝手な事を言うな。お前に何が……」
「あ、もう行かないと。いい?俺が先に教えてもらったんだから、俺が兄貴ね!じゃあまたね、兄弟!」
少年は一方的に自分を兄弟と呼び、どこかへと走り去って行った。どういう事だ、どうして俺があんな子供に兄弟と馴れ馴れしく呼ばれなければならない。まさか、あいつ、自分が先に大切なこととやらを教えてもらったってだけで、勝手にそう呼んでいるのか。どうして俺が同じ人物に、同じ『大切なこと』を教わると思っているんだ。どうして。……どうして。
「どうして俺は、あの子供とまた会える気がしているんだ」
あの子供は、あいつは、お前は一体誰なんだ。お前は──。
***
ぱちん、とシャボン玉が割れるような呆気ない目覚めだった。辺りを見る、あの少年の姿はない。妙な夢を見ていたのだ。
「どうした、峯。そんな辺りを見回して、なにかあったのか」
自分が全幅の信頼を置く男の声が聞こえた。心配の色も滲んでいる。いえ、と返せば、珍しいな、お前が居眠りするなんて。と苦笑した大吾の言葉に何かを仕損じてしまったように感じて、峯は、すみません、六代目。と頭を下げた。
「いや、いい。それほどお前も疲れてるって事なんだろう。休める時にちゃんと休んでおくんだ。いいな?」
「……はい、兄貴」
不自然な間が生まれた。峯は何故その間が生まれたのかが分からず、大吾は酷く驚いた顔をした後、小さく笑った。
「本当にどうしたんだ。お前が俺を兄貴って呼ぶなんて。今日は珍しいことばかりだな」
峯も内心驚きを隠せなかった。自分は一体何を思って、大吾の事を『兄貴』と呼んだのだろうか。不意に夢で見た、あの少年のことを思い出す。
「……気に障りましたか」
「そんな訳ないだろう。ただ驚いただけだ、今の今までそう呼ばれたことはなかったからな」
珍しい、そう言われれば確かにそうだった。自分らしくない揺れる心情も、不可解な言動、行動も、何もかも。どうして俺は六代目に、大吾さんに、あの少年を重ねて見ているのだろうか。どうして、と悩み抜いた末に峯は一つの答えに辿り着く。ばらけていた点と点が一つに結ばれ、こんな非現実的な事があってたまるか、と苦笑する。きっと、あの少年の正体は───。
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