目の前の顔はつまらなそうだと言いたげに見えた。
今日は折角の良い日だと言うのに、目の前の蛇柄はただぼうっとしたり、あくびを噛み殺したり、懐から煙草を漁り、その内の一本に火をつけようとして、やめる。そんな彼と彼女の手元には空になった食器が数枚並んでいた。ああ、今日は折角の良い日なのに、いつもと変わらない時間を過ごしているのが惜しい。
「つまらん顔しとるのぉ。なぁんもおもろないっちゅう顔しとる。」
何度も言わせてもらうが、今日は折角の良い日なのだ。彼の、真島がこの世に生を授かった、記念すべき日。それなのに今日は平日で、勿論いつも通り仕事をこなし、ギリギリで真島とのカフェデートを取り付けた。今ではデートと言うより、ちょっとしたおしゃべりと言っても過言ではない程、記念日を祝うような豪華さはない。
「今日も仕事やったんやろ。せやったら、無理に予定入れんでもよかったんやないか?はよ家帰って、はよメシ食って、はよ風呂入って、はよ寝た方がよっぽどええわ。」
無愛想な言葉の羅列を受け止める。真島のその言葉は決して無愛想で冷やかなものではなく、単純に何に重きを置くか、と言う少し擽ったくなるような意味を含んでいた。つまり、真島は自分との予定より疲労した体の方を休めるべきだと考えているのだ。嬉しい事を言ってくれる、しかし、自分にとっての重きはこの疲労ではなく、真島の誕生日に置かれていた。真島の誕生日を祝わずして、今日は終われない。
「なににやついとんねん、ホンマにおかしなやっちゃ」
ここでディナーセットのデザートが運ばれる。
ウェイターは手際良くデザートを二人の前に並べ、空いてる皿を何枚もバランス良く重ね、失礼します。と言い残して戻って行った。真島には小さなショートケーキが、自分にはガトーショコラが礼儀正しく、可愛らしい模様の皿の上で待っていた。珍しいと思った、真島が食後のデザートを頼むなんて。まあ、確かにセットメニューであるからして、デザートが食後に出てきてもおかしくはないのだが、真島本人とショートケーキを交互に見比べてしまい、何故だか妙な違和感を拭えずにいる。
「なんや、さっきからジロジロと。……まさか、それじゃ足りないんか?コイツが欲しいんか?」
そうじゃないと首を横に振る。ただ珍しいだけだと告げると、俺もそう思うとる、何でやろなァ?と再び疑問符が返ってきた。
「俺ももうええ歳や。若くはないし、昔に比べたらホンマに色々とあかんようなってたりするしな。せやけど、昔の俺やったら、こないな所でケーキなんぞ食うとらんかった。人生わからんもんや。」
その一言を最後に、真島はフォークを手に取ると、まずは一口分をフォークの先端で掬い、自分の口元へと運んだ。筈だった。不意に広がる生クリームの甘味は一体どこからやって来たのだろう、と真島を見れば、パイソンの腕がこちらへと伸びていた。美味いか。とだけを聞かれ、ん、と答える。ほろほろと甘味が消えていく。美味しい、二口目だって期待してしまうほど。
「俺は別に自分の誕生日をどうでもええとは思うとらんのや。ただ予定が合わんかった、それだけや。」
遠くを見つめる、過去を見ている瞳に心が揺れる。気が付けば、自分自身もいつの間にかフォークを手にして、先程の真島と同じようにその先端で一口分を攫うと、すかさず真島の口元へと寄せた。
今日は折角の良い日。やっと真島が予定を合わせられた大切な良い日。差し出したそれを口にする、もぐもぐと頬が膨らむ、黙って瞬きが繰り返される。あまいなァ……。真島の歪む口元がそれを呟けば、お誕生日おめでとうございます。と丁寧な一言を贈る。来年もまた予定が合う事を祈る、そんなカフェでのひとときだった。
| 2019年5月14日 |back