ぴったりと閉ざされていた瞼が自然にゆっくりと開いた。部屋は真っ青な朝の色に染まっており、カーテンの隙間からは眩しい陽の光が顔を覗かせており、新しい一日の始まりを悟る。これが休日であったなら、もう少しだけゆっくりと眠っていられただろう、しかし生憎今日は平日で、健全に労働に従事する一日だ。
愛しい温もりに名残惜しさを感じながら、暖かな布団を抜け出そうとしたその時だった。不意に腕を引っ張る何かに襲われた。布団の深みにまで連れて行かれ、体には二本の長いそれが絡まっていた。この腕に心当たりは、ある。
「……おはようさん、」
気だるそうで眠そうな声が耳元から聞こえてきた。微かな吐息の擽ったさに不覚にも眠気が覚めていく。正反対に後ろからは、ふあ〜あ、と欠伸を噛み殺す呑気な声まで聞こえ、腕の束縛から抜け出せないまま、おはようございます。とだけ返した。まだ眠りの淵にいる彼の声はいつもより低く、触れた腕はとても暖かい。
「なんや、もう起きるんか?もうちょっとええやないか、」
今日も仕事があると返しても、眠そうな声の主は寝起きで頭が働いていないのか、我儘な言動が目立った。常日頃からよく人を振り回す人間である彼の我儘を避けるのは、一筋縄じゃいかないのである。
「仕事ぉ?…あんなに昨日も嫌々言うとったのに、律儀なモンやで。」
昨日は昨日、今日は今日、と言い聞かせてみたが、やはり聞く耳は持っておらず、如何に昨日の自分が仕事について悪態をついていたか、愚痴をこぼしていたかを丁寧に再放送してくれる。痛くなる耳があるが、嫌々言って休みが付与されるなら喜んで労働に抗おう、しかし、そんな都合のいい話はこの現代社会には存在しない。
「今日は休んだらええわ。二度寝やったら、吾朗ちゃんも一緒したるでぇ。」
この男はなんて悪い事を言い出すのだろうと、腕を解こうとしてみるが、突然きつく絡む腕を解くのには力が足りなかった。
「これでも行くんか?諦めた方がええんちゃうか?」
にたにたと笑っているだろうこの男、真島にきっぱりと行きます……!と告げると、…つれへんのぉ、とここでようやく解放してくれた。ああは言っていたものの、真島なりに自分を甘えさせてくれようとしているのだ。不器用で素直じゃない優しさに、朝の憂鬱が薄れたような気がした。今日はいつもより少しだけ、頑張れそうな気がする。
「…今夜もこの部屋で待っとるわ、ええやろ、」
一度頷けば、真島も大きな溜息と共に体を起こし、ほれ、準備や、準備!と今度は強引に布団を捲られ、そのままリビングへと連れていかれた。
布団でのドタバタを経て、いつもの朝の支度が始まる。髪をまとめて顔を洗い、手早く慣れたメイクを施し、簡単な朝食を作り、満腹になりすぎない程度の朝食を食べ、素早く着替えていく。ミントの爽快感が泡となって口内に広がる歯磨きの最中に、真島は忙しない朝の洗面所の入り口に凭れて、こちらを見ている。
「今日もばっちりべっぴんさんや。俺のお墨付きくれたるわ。」
「そんなに評価してもらえて嬉しい限りです。」
「その外行きの顔が四六時中、拝めんのも羨ましい話やないか、」
「じゃあ、真島さんもご一緒にどうです?」
「せやなァ、ま、今日のところは遠慮しとくが、」
俺が会社立ち上げたら、真っ先に声かけてまうかもなァ。と本気かどうか分からない目をしている真島に、ぞくっとしたものが背中を走る。あの真島吾朗が堅気に?会社を立ち上げる?不可能な話ではないが、現実的ではないその話に、ふふ、と笑みを一つ。
「真島さんが社長になった暁には、私を事務員にしてください。」
「いや、社長付き秘書やな。折角の社長っちゅう立場や、秘書の一人もおらんと格好がつかんやろ?」
「では、社長になった時はご一報ください。未来の真島社長。」
ええ響きやないかァ〜!と真島は上機嫌に、歯磨きの途中である体に後ろから絡み付き、期待して待っとけや、俺は有言実行する男や。と物騒なことを囁く蛇を解き、口内を埋め尽くす泡を控えめに吐き出した。
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