照明は必要最低限のものだけを残して、しんと静まり返ったホール。しかし、それとは正反対にとても賑やかな声が聞こえてくるのは、カウンター付近にある扉からだった。そこは所謂、控え室のような所で、キャストである女性達が自分の準備をしている証拠だ。中では、六名のキャスト達が各々に身支度を済ませていた。
「あれ?ユキちゃん、ここ寝ぐせついてるよ〜?」
「えぇっ!家出る時にちゃんと直した筈なのに…!」
「ふふっ、慌てん坊さんだね、ユキちゃんは。」
「どうしよう、すぐに直せるかな…、」
まず、ユキと亜衣が楽しそうに会話をしている。しかし、楽しそうにと言うのは亜衣だけで、ユキの方は思いがけないアクシデントに慌てふためきながら、ドレッサーの方へと逃げていく。ユキの向かったドレッサーの方には、正面の鏡と睨み合いをしている沙希の姿があった。
「今日で二十連勤だけど、ちょっと疲れちゃうなぁ…。」
テーブルに肘をつき、自分の右頬に手を添えて、ふう、と小さく溜め息を吐いた沙希に、もう一人のキャストが近付いてきた。彼女は穏やかな笑みを浮かべて、その隣の椅子に腰掛ける。
「沙希ちゃん、大丈夫?」
「あ、ひびきちゃん、」
「今日で二十連勤だっけ、ちょっと頑張りすぎじゃないかしら。」
「でも、ここでのお仕事楽しくて、毎日の楽しみみたいになってて、」
「そうよね、お仕事楽しいのよね。…でも、ちゃんと休む時は休まなきゃダメよ。」
こくりと頷く沙希に、穏やかな笑みを浮かべていた彼女、ひびきはいい子とその頭を優しく撫でた。
「沙希ちゃん…!ひびきちゃん…!」
二人の間を割って入るようにユキが声を掛けた。思っているより慌てている様で、沙希もひびきもその様子に目を丸くして、ユキの事を見ている。声を掛けたのは沙希だった。
「なにかあったの?」
「…実は、」
しょぼくれるように、ユキは自身の寝ぐせについて話し始めた。どうやら鏡で見たそれがユキの思っているものより酷くて、助けを求めているという事だった。
「そうね…、確かにこれはちょっと凄いわね、」
「ひびきちゃんまで…、」
「私も手伝ってあげるから…!」
沙希は自分が座っていた椅子から立ち上がると、代わりにユキをそこに座らせ、跳ね返っている毛先に触れた。頭に撫で付けるように手のひらを滑らせても、少しの間も置かずに、ぴょんとはみ出るその毛先がいじらしいとユキは思う。
隣でその様子を見ていたひびきは、ヘアブラシとドライヤー片手に、備え付けの整髪料などがまとめられているカゴに手を伸ばした。しかし、中々お目当ての物が見つからず、どんどんカゴを漁る音は大きくなっていく。それを見ていたキャストが一人、的確にカゴの中から水が入っているスプレーを取り出した。
「はい、これでしょ。探してるものって。」
「ありがとう、千佳ちゃん。助かっちゃったわ。」
どういたしまして、とひびきに、それを手渡したのは千佳だった。その表情は疑問符を浮かべているようだったが、沙希がユキの跳ねた毛先を何度も撫で下ろしているのを見て、なるほど、と状況を理解したようだ。ふふっ、と笑みを浮かべた後に、それを微笑ましそうに見つめながら、今のユキと同じように鏡とにらめっこをしているキャストに声を掛けた。千佳が声を掛けたのは、鏡の前でパタパタとパフで自分の頬を軽く叩いているまなだった。
「なーに?千佳ちゃん、」
「いい寝ぐせ直しを持ってるって聞いたんだけど、」
「うん、持ってるよ〜。でも、千佳ちゃん寝ぐせなんて、」
「私じゃなくて…、」
そう言葉を続けたまま、千佳がその場から一歩横にずれると、四苦八苦している二人の姿があり、あ〜!寝ぐせだ〜!と楽しそうに顔を綻ばせた。沙希とユキだけだったのが、いつの間にかひびきも加わって、三人で悪戦苦闘している。まなはパフをメイクポーチへ戻し、自分のロッカーの前へと向かい、そして、ロッカーの中に置かれているバッグの中をがさがさと漁ると、まなオススメの寝ぐせ直しを取り出す。
「ユキちゃん、これ使って、」
「あっ、まなちゃん。これは…?」
「寝ぐせをあっという間に消してくれる魔法のスプレーです!」
「これ、使ってもいいの?」
「もちろん。髪が短いと寝ぐせとかさ、直すの大変なんだよね。」
そうそう、ね〜!とユキとまなは二人して大きく頷くと、不意に亜衣が声を上げた。
「ユキちゃん!急がないと、あともうちょっとでお店始まっちゃうよ!」
「ええっ!やだ、もうそんな時間…?!」
「とにかく早くやっちゃおう…!」
まなが差し出したスプレーを受け取った沙希は、それを寝ぐせの部分に吹きかけ、ひびきからヘアブラシを受け取って優しく髪を梳いた。千佳やまな、亜衣らも息を呑みながら、その様子を見守っている。沙希が二、三度、ブラシで髪を撫でると、ユキを散々悩ませた寝ぐせは、まなが言っていた通り、あっという間に消えてしまった。
「す、すご〜い!!」
その場にいた六人は各々に凄いと口にした。特に一番驚いていたのはユキで、何度もありがとう…!と他の五人に感謝の気持ちを告げている。まなはどこか自慢げに胸を張って、本当にあっという間でしょ?とユキに声をかけ、亜衣は千佳と一緒に凄いね、と話し合い、沙希とひびきは、よかったよかったと笑い合っている。
その賑やかさに惹かれたように、扉をノックする音が聞こえてきて、六人がそれぞれ返事をする。もうすぐ開店するのだとノック音で察したキャスト達は、もう一度鏡の前に立ち、今日のメイクの仕上がりやドレスに乱れがないか、完璧であることを確かめる。
チークに色付く頬も、目元を華やかに彩るアイシャドウも、思わせぶりでいて大胆に馴染んだルージュも、髪の一本一本まで丁寧に整えたヘアスタイルも、煌びやかさを纏わせるドレス、そしてアクセサリーも、何一つ不完全なものはない。
「楽しいね、毎日。ここでのお仕事、とっても楽しい。」
誰かがそう言葉にした、それを聞いていたキャスト達は皆がそうね、そうだね、うん、と笑顔を浮かべながら、頷いた。この場所で、自分達が自分らしくいられるのは、あの人が情熱を持って何もかもを引き受けてくれたからだ。その人の為なら、その人の為になるなら、いつまでも沈まぬ太陽でありたいと強く思う。この店に与えられた名前のように、きらきらと輝いて、日差しのように暖かい存在でいたい。大切な場所、大切な仲間、大切にしたい気持ち、それが彼女達の全てだった。
今日もこうしてサンシャインは、六名の輝くような魅力を持った彼女達と共に蒼天堀の夜を明るく照らすのだ。皆が素直で、優しく、お淑やかで、元気を貰える、そんな彼女達がいるからこそ、サンシャインと言うキャバクラは他店に負けない人気店になれたのだろう。
「みんな、準備はええか?」
サンシャインの核とも言える人物の声がホールに響いた。その人物を囲む様に周りにはユキ、亜衣、沙希、ひびき、千佳、まな、そして店長である陽田が立っている。
「それじゃあ、行くで!いち、にい…、」
「サンシャイーン!」
笑いと励まし、意気込みを唱える賑やかな雰囲気の中、今夜もまた、蒼天堀に太陽が浮かんだ。
| サンシャイン営業開始30分前 |back