カウンターの上には見慣れぬ花が数本置かれていた。これは?と問い掛ければ、正面でグラスを手にした春日は照れ臭そうに答えた。
「まあ、なんつうか、その、……花束を一つ作ってもらいてぇんだ」
「花束、ですか?……ああ、だからこの綺麗なお花を、」
「へへ、ま、そういうことよ」
相変わらず照れている春日は酒が入っているのか、ふにゃっとした柔らかい笑みを見せた。良いですよ、と返せば、それじゃあ飛び切り綺麗な花束を一つ頼む。と春日は口元に笑みを残しつつ、真面目な瞳でこちらを見ていた。その真剣な目に、誰かを想う瞳に心が揺さぶられ、春日の期待に応えられるような花束を作りたいと、カウンター上の花を手に取った。
「でも、良いですね。春日さんから、こんなに綺麗な花を贈ってもらえるなんて」
「そ、そうか?そんなことねぇよ、多分」
「ふふ、私知ってますよ。春日さんがこの花をお店のプランターで育ててたこと、」
「な……?!ま、マジかよ?!」
「カウンターに居ても、あそこの窓から見えるんですよ。だから、春日さんがお店に来れない時はこっそりお水あげたりしてたんです、私」
「なんだ、それじゃあ一緒に育ててたのか。俺達は」
「そうみたいですね。でも、こんなに綺麗に咲いてくれたんですから、お水あげて良かった」
そうだったのか、と春日はどこか残念そうな顔で再びグラスを傾けた。気落ちする理由は分からないが、それでも誰かの為にと育てられた花の綺麗さだけは変わらない。贈られてみたいものだ、自分の為に咲かせた花の束を。花びらは鮮やかに染まり、葉や茎の深い緑はしっかりとしていて大切に育てられたのだと素人目にも分かる。
「本当は迷ったんだ、イマドキ花束を贈るってのが古くねぇかとか、」
春日はグラスの中身を一口飲み、カウンター上へと戻す。自分が長い間、外のことが分からなかった人間だと語る口調からは、やはり浮かない雰囲気が漂っており、深くを聞いてみれば、昔っからプレゼントとか贈り物っつうのを考えたり、人に何かを贈るのが苦手でよ……、と明かした。
「それじゃあ、どうして今回は花束を贈ろうって思ったんです?」
「そ、そりゃあ、日頃から世話になってるから……、その礼に、じゃねぇけどよ、」
「それなら尚のこと、綺麗に咲いてくれて良かったですね」
「でも、こんな野郎に贈られて本当に喜んでくれるかねぇ……」
珍しく弱気ですね。……ったく、本当だよな。悪ぃ、もう一杯貰えるか。いいですよ、でも飲み過ぎないように。おう、出来たらすぐに渡してやりてぇんだ。
ようやくいつもの勢いを取り戻した春日に酒をもう一杯だけ都合してやると、花束の完成を急いだ。マスターから花束の作り方を教わっておいてよかったと思う瞬間だ。今この瞬間にも異人町のどこかでこの花束を待っている人がいる。しかし、その相手は春日からの贈り物を知らない。不思議と胸がわくわくとして来た。自分もそのサプライズに加担しているからだろうか。どうかこの作戦が、うまくいきますように。
***
お待たせしました。と春日に声を掛け、手にした花束をカウンター越しに渡す。赤い花びらが情熱的に魅せる八本の薔薇はホワイトのラッピングペーパーに丁寧に包まれ、リボンもシンプルなピンクを選んだことで薔薇の赤が引き立つ花束となった。相手が怪我をしないようにトゲを全て落としておいたことを伝え、花束が出来上がるまで飲んで待っていた春日が酔っ払っていないかを確認し、楽しみですね。上手くいくと良いですね。と言葉を添えた。
「ありがとうな、いつもここの人にゃあ世話になりっぱなしだ。だから、その、」
……受け取ってくれねぇか、これを。と春日は席を立つと、カウンターの中にやって来ては真正面で足を止め、手にした花束をそっと差し出す。
「えっと、これってサバイバーのみんなにってことですか……?」
「いや、そうじゃねぇ。さっきはちょっと遠回しな言い方になっちまったが……、本当はアンタに渡したいんだ」
凛々しく伸びた眉が困り眉に、固く結んだ唇はへの字口に、差し出された花束は緊張に揺れる。弁明に努めようとする春日は慌ただしく次から次を言葉にする。
「本当はよ、マスターにお願いしたかったんだ。でも、ここ最近、マスターに会えてなくてよ。だから、それで今日、勢いってやつで……、」
「じゃあ、これは私が貰っていいってことですか、」
「……そうしてもらえると助かる。俺も嬉しいしな」
突然、笑みが溢れ出す。予想もしていなかった、サプライズの相手が自分だったとは。その意外さに笑いが止まらない。春日も最初は不安な顔をしていたものの、明るい笑い声につられて、気付けば二人、カウンターの中で笑い合っていた。
「……だから、私がお花に水あげてたって聞いた時、気落ちしてたんですか?」
「出来れば、驚かせてやりてぇじゃねぇか。こういうことする時ってのは、」
「そうですね。ありがとうございます、春日さん。ちなみに、どうして八本の薔薇なんです?何か意味でも?」
「あー、えー、それについては何も分からねぇ。たまたま手持ちに薔薇が八本あったから、」
「ふふ、ですよね」
「ですよねってなんだよ、だったら調べてやろうじゃねぇか」
春日はスマホを取り出すと『バラ 本数 意味』と入力し、検索サイトの入力フォーム横の虫眼鏡アイコンをタップする。そして数秒後に出て来た検索結果に、二人は顔を見合わせて花束を見た。
八本の薔薇が意味する花言葉は『あなたの思いやり、励ましに感謝します』。
きみにこの花束を添えて、もう一度心からの感謝を。
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