『毎週水曜はポイント二倍!』と大きく書かれた旗が何本も立ち並ぶドラッグストアに二人の姿があった。本日の職務は休業中。珍しくまともな休みの日にしたかったことは、日用品などの買い出しだ。
 北村の警察業は激務だと知っている彼女も日々の疲れからか、どこかへ出かけようという気分になれず、家でゆっくりしようと、あえて外に出ないように考えていた矢先、直面した問題があった。それは日常生活において必需品とも呼べるティッシュペーパーの予備がなかったこと。たったこれ一つの予備がない状況なら、近くのコンビニでも行って、ちょっと肌に良さげなお高いティッシュを買えばよかったのだが。
 そこからは芋づる式に足りないものがどんどんと目につき、本格的に買い出しと言う言葉が二人の中で浮上した。

「まさか、あんなに物が足りないとはな。……完全に失念していた」

 店内入口付近にまとめて置かれている買い物かごを手に取り、北村は一つ溜め息を吐く。微かに首を横に振っている辺り、今後の為にもこれを機に何か対策をとろうとしているのだろう。そういう時もありますよ。と声を掛ければ、そうだな。と比較的柔らかに微笑んだ。
 今日の二人のお目当ては、北村の握るメモに全て事細かに記入されていた。予備の歯ブラシ、歯磨き粉、剃刀の替刃にティッシュペーパー。シャンプー、リンスの詰め替え、トイレットペーパーは安くなっていたら買っておこう。早速、メモに目を通している北村をよそに店内のポップの波をかき分け、お目当ての商品を探していく。

「……歯ブラシはこの通路を真っ直ぐ行った先にあるようだ。行くぞ」

 一度頷き、ゆっくりと先を行く北村の後を追う。背の高い彼は周りの雑多な風景に上手く溶け込めていない。その様子がおかしくて、妙に可愛げがあって一人笑みを浮かべる。自分より先にその場に屈んでブラシのタイプに頭を悩ませている北村の隣に遅れて並ぶと、案の定眉間に皺を寄せて、小難しい顔をしていた。悩める彼の隣で、いつも二人が愛用している歯磨き粉に手を伸ばす。北村はまだ踏ん切りがつかないらしく、似たような商品にあちこち移動するその目が酷く忙しそうだ。
 それから、無事北村の中で一つの決着が着いた歯ブラシと歯磨き粉、剃刀の替刃、事の発端となったティッシュペーパーをかごに入れ、ちょっぴり騒がしく重たいそれを手に、シャンプーやリンス、コンディショナー、ヘアカラーなどが陳列された通路に来た時だった。先に気が付いたのは意外なことに北村の方で、自分はと言えばその後、北村に声を掛けられてから気が付いた。

「これ、前に欲しいと言っていなかったか。俺の記憶違いかもしれんが」

 少し自信なさげにこちらへと差し出された手には、薬用のリップが握られており、ふと思い出すことがあった。以前、確かに北村の前で欲しいと口にした覚えがある。それは二人で見ていたテレビのCMに、当時リップを使い切ってしまった自分がひとりごとのように呟いた言葉だ。しかし、それは先月頃の話であり、もう既に新しいリップも購入してしまった。それでも、こうして覚えていてくれたのなら、この彼の手を押しのけるなんてこと出来るはずがない。……買ってくれますか?と問い掛ければ、北村は、ああ、構わない。無いと困るだろうからな。と得意そうに口の端を持ち上げた。

「向こうに化粧品のコーナーがあるが、寄っていくか?」

 まだ少し空きのある買い物かごをぶら下げた北村に、それはまた今度。見出したら長いので。と告げると、そうか。なら、次は予め目星を付けておくといい。と彼なりの思いやりをひとつ受け取り、今度は二人隣に並んで歩き出すのだった。


***


「そういや、化粧品の買い出しは行かなくていいのか?」

 別日、北村に突然そう問い掛けられた。場所は北村の住むアパート、自身の居場所はリビングの壁際。手元にあるファッション誌は北村のアパートに来る前、近くのコンビニで購入したものだ。

「もしかして、また忘れていたのか?……ったく、俺が化粧をするわけじゃないんだぞ」

 北村の言葉に弱いところがあるが、しかし、どうして彼はそんなに記憶力が良いのだろうか。まさか、高学歴が関係しているなんてことはないと信じたい。読み進めていたファッション誌を傍に置き、その理由を訊ねた。すると、北村はその質問が意外だったようで、一度言葉を詰まらせてから、その何故かを口にした。

「お、覚えているものだろう。その、そういう仲なんだ、あの時、何を言っていたとか、何を気にかけていたとか、……違うのか?」

 それにいつも使う物がないと困るんじゃないのか?と落ち着かない瞳が眼鏡越しにこちらを見た。不意に胸の奥が、両頬が熱くなるのを感じる。彼の、北村の何かが伝染してしまったのだと気付くと、頬の熱さは余計に増すばかりで、口をつぐんでは俯き、視線の逃げ場を探したりとお互いに直視出来ないでいる。

「俺は長くなってもかまわない。待たされるのは男の役目というものだろう」

 さっきまでお互いに直視出来ない雰囲気だったのに、そう真面目な顔をして告げる北村に、ずるいです、と返せば、やはりその意味がまるで分かっておらず、余計に感情を拗らせていく。
 ずるい、ずるい人だ。いつも厳しい姿勢で警察業に勤しんでいるのに、こういう時ばかり甘い言葉を、柔らかに伝えてくる。覚えているものだろう、という言葉にも言い返したい言葉がある。考えるよりも先に、それは口から飛び出ていた。
 北村さんこそ、スーツの新調に行かなくていいんですか?と問う自分の口調がぎこちない。明らかに拗らせた感情の影響が出ている。

「……そう言えば、そうだったな。すまん、自分のことだが忘れていたようだ。しかし、よく……」

 覚えていたな、と言いたかったのだろう。だが、その場面は既に放送済みである。北村は再放送の前に何かを理解したのか、こちらを見るとただ一言、こういうことか、と納得しているようだった。
 私が着るんじゃないんですからね、と眉間に皺を寄せてみれば、なら、今度まとめて片付けてしまおう。とこれまた優しい言葉が返ってきた。

 あまりゆっくり出来ない休日が、二人のここ最近の休日模様である。



| 本日、ドラッグストアにて |


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