「なんで、海藤さんなんです?こう、なんて言うか、もっと選択肢はあったんじゃないですか?」
周りに知人がいないからか、ストレートな言葉選びで訊ねてくる。青を基調としたスーツに身を包んだ彼、星野くんとはたまたま街中で出会した。彼には意中の女性がおり、無事に恋愛関係へと発展したものの、そこからの進展が乏しいことを嘆くものだから、近くにあった喫茶アルプスで話を聞いている最中だった。互いに手元のコーヒーカップはまだ底を見せていない。
ずん、と沈んだ顔をしていた彼の恋愛相談を終えた途端、自分にそのパスが回ってきてしまい、返事に困る。なんで、と聞かれても、そうなってしまったのだから、彼を納得させられるような、出来た理由などなかったのだ。
「だって、周りには八神さんも杉浦くんもいるわけだし、なんだかんだ言っても東さんも優しい人じゃないですか」
まあ、そうですね。と濁していると、より彼の興味を助長させてしまったらしく、彼は久しぶりにカップを傾ける。冒頭の台詞からお察しの通り、海藤とは恋愛関係にある。だが、周囲からしてみれば、何故その二人が?と思うところがあるそうで、何かと疑問をぶつけられることが多かった。いくつも歳上であることやしがない探偵業をしていること、海藤の見た目の厳つさや経歴などから自分との温度差を感じているのだそうだ。個人の『好き』に温度差も違和感も関係ないとは思うからこそ、こう言った時の返答が難しい。好きだから、好きなのだ。今までその答えを返して、一発で理解してもらえた試しはないが、挑んでみる。もしかしたら、星野くんには通ずる何かがあるかもしれない。
「……もしかして、海藤さんを好きになったのって一目惚れでした?」
可愛い顔して直球な質問を放り込んでくる辺り、流石は源田法律事務所の弁護士だ。そこまで明かした覚えはないのに、たった一から百を得ようとする彼はやり手なのかもしれない。苦しい状況から逃れるようにコーヒーへ向かう。
「わかるなあ、その気持ち。こう、居ても立ってもいられないって言うか。自分を抑えるのに必死って言うか」
コーヒーに逃げている間、どうやらこの答えは星野くんの共感を得られたようだった。自分の恋の始まりを思い出しては物語っているのだから、星野くんにとってさおりさんという人物はあまりにも大きな存在なのだろう。それは、自分も同じだった。海藤という存在は自分にとって大きく、自分にとって大切なものだ。当然だと思っていた気持ちをもう一度、手に取ってみると意外にも照れくさかった。
「でも、第一印象は怖くなかったんですか?その、パッと見とか」
一番最初の印象は確かに怖かったのを覚えている。しかし、それよりも自分に絡んで来た男を追っ払ってくれた海藤に、抱いていた恐怖はなくなっていたのだ。一目惚れの始まりは、あの大きな背中だった。その後は突然かしこまって、大丈夫でしたか?お嬢さん。と話しかけたくせに、途中からはデレデレした顔で、話をしていたのが懐かしい。
「僕、最初に海藤さんを見た時、ゴリラみたいな人だなって思いましたよ。腕っ節も強いって聞かされてて」
星野くんの口から、『ゴリラ』という単語が出て来るとは思わず、吹き出しそうになる。そう言われれば、確かにピンと来る人も多いかもしれない。海藤の体の大きさや腕っ節の強さ、タフさなど色々照らし合わせても、その表現はある意味、彼にピッタリだと思った。照れくさい話が一気に笑い話に変わっていく。自分からしてみれば、例え『ゴリラ』と言われようとそんな海藤が好きなのだから、相当だと思う。
「あ、これ、海藤さんには言わないでくださいね……!ゴリラだって言ってたなんて知れたら、ちょっと後が怖いっていうか」
ふふ、大丈夫ですよ。私もそう思ってるところ、ありましたから。と笑いかけた瞬間、よく知る人物の声が隣から聞こえて来た。視線を向けた先にいたのは、
「じゃあ、そのゴリラが好きなのはどこの誰だよ?」
「……か、海藤さん?! どうしてここに……!」
「星野くんがこの子捕まえてだべってんのが見えたからな、変な真似しねぇように見張ってたんだ」
隣の席に腰掛けていたのは、尾行や潜入捜査時に使用する衣装を着た海藤だった。星野くんとの距離を大きく詰めた海藤は、自分に不敵な笑みを浮かべながら見つめている。
「それで、誰がゴリラだって? 星野くん」
遂には肩に腕を回して絡み始める海藤をなだめてみるが、今の状況が面白いらしく中々絡むのをやめようとしない。
「いいか、星野くん。この子はな、さっき言ってたゴリラに惚れてんだ、誰とは言わねえがな。誰とは」
「……はい、」
「それじゃあ、そろそろこの子返してもらうぜ」
あ、勘定は俺の分も頼んだ。とちゃっかり伝票を星野くんに押し付けると、海藤に連れられてアルプスを出た。隣に並んで歩いていると、妙な気まずさが漂う。払拭したいと声をかければ、意外な言葉が聞こえて来た。
「……俺って、そんなにゴリラに似てるか?」
どこかしょぼくれたような顔で、自分に自信なさげに問いかける海藤に胸の奥をくすぐられる。意外と気にしいなのだろうか。滅多に見られない姿に背中を撫でれば、……気にしてんだぜ、愛想尽かされねぇようにって。と無用な心配まで告白してくれ、胸の奥がもっとくすぐったくなった。
似てても、似てなくても海藤が好きだと、恥ずかしげもなく伝える。例え、真っ昼間の神室町で人が辺りに賑わっていても、目を見て伝え、しっかりと言葉にして伝えた。……だから、そのゴリラが好きなのは誰だよって聞いたんでしょう? と目線を逸らしたところで、自分も冷静でいられるギリギリのところにいるのだと知った。
「なら、まだ自惚れててもいいんだな?」
そりゃあ、ゴリラな海藤さんも好きですから。私は。と最後の一言で失っていた自信を取り返したようだった。分かりやすく明るくなった表情でこの手を握ると、次の場所へと向かって行った。上機嫌な海藤に連れられて、自分も同じく上機嫌になっていく。
なんて、単純な人だろう。なんて、幸せな人だろう。なんて、愛おしい人だろう。喜びが胸から滴り落ちる度に、幸せとは何かを教えられているような気がした。そして、それは常に自分の真隣にあるということを伝えてくれているような。
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