二人は冷蔵庫から冷えたアルミ缶を取り出し、テレビの前に座っている。仕事着とは違い、ゆるい部屋着の姿で電源の入った画面に視線を向けている。今夜は彼女の見たい映画が放送されるらしく、海藤はその付き添いだ。しかし、片手にアルミ缶のビールを傾け、彼女の隣に居られるのだからそれだけで上機嫌だった。彼女は時折、携帯の画面に目を落としながら、その時を今か今かと待っている。彼女が見たがっていたのは、海外のホラー映画だ。よくあるスプラッターものらしいのだが、古い洋画ほど思い出した時には見たくなってしまうのだと言っていた。
 そして、遂に映画の導入部が流れ始め、彼女の目はテレビに釘付けになっていく。海藤は軽い気持ちでビールを流し込みながら、同様にテレビ画面を見ていた。彼女は映画などを見る時、子供のように口が開いてしまうくせがあり、もにゅっと唇を指で摘んでやれば、ありがと。と恥ずかしそうに海藤を見た。

 映画の内容はこうである。夏の長期休暇に森へキャンプにやって来た男女のグループが遭難してしまい、人里を目指して森の中を延々と彷徨っていた。森は日中に見た景色とは違い、その姿を変えており、鬱蒼とした闇の中を恐る恐る進んでいく。生い茂る草木を掻き分け、迫る夜闇の手から逃れようと、仲間を励ます者、不運な状況を嘆く者、苛立ちを隠せず表情が険しい者、それぞれがただ森を抜けたい一心で疲労を抱えながら歩いていくしかない。まともな照明もなく、月明かりもない。草木の影は恐ろしい爪や牙のように伸び、憂鬱で気味の悪い生き物の鳴き声が反響し、恐怖心を煽る。絶望にへたり込む仲間と共に辿り着いたのは、一件の廃屋敷だった。ここで一晩を過ごそうと彼らは不気味な佇まいの屋敷に足を踏み入れるが ────。

 ありがちなストーリーに海藤は一本目を飲み干してしまったようで、冷蔵庫へともう一本取りに立つ。彼女はアルミ缶を手にしたまま、彼らが屋敷に踏み込むシーンを緊張した面持ちで見ている。カレンダーに映画のタイトルを書き込んでおくほどまでに彼女は楽しみにしていた。何がそこまで彼女を惹き付けているのかは分からないが、真剣に画面に見入っている姿は、彼女がどれだけ映画にのめり込んでいるのか物語っている。入浴時よりかは不思議と寂しくないのは、やはり去り際のキスが効いているからなのかもしれない。が、いつまでも冷蔵庫を漁ってはいられないと、のそのそと彼女の隣に腰を下ろす。プシュ、と二本目の口が開き、その一口目を流し込む。

 海藤が冷蔵庫を漁っている内に、映画のストーリーは進展していた。屋敷で一夜を過ごすことにした彼らは、まずは屋敷が安全な場所かどうかを調べる為、各々で屋敷を探索することとなった。傷んだ絨毯、傷だらけの壁や床、埃を被ったままの長年放置されていたであろう古びた家具。剥がれた壁紙は中の板が剥き出しになっており、脅威と言えば、僅かな闇で蠢く小さな住人達だけだ。それぞれが探索を終え、大広間に戻って行くのだが、その内の一人が奇妙なことを口走る。たった一つだけ綺麗な部屋があったと。それは地下にある部屋で、まるで誰かがそこで暮らしているように感じるのだと。

「大抵、こう言うのはやべえ奴が地下にいて、ソイツに見つかってからが本番みてぇなもんだよな」

 そ、そうですね。と固唾を呑んでいる彼女、彼女の緊張感を煽るように画面の中の彼らは危険を顧みず、地下室へと向かう。長細い階段を降りた先にあったのは、古びた両開きの扉だった。彼らの内の一人が扉に手を掛けた瞬間、場面は二人きりの男女へと切り替わる。皆が地下室に向かう間、こっそりと抜け出したのだろう。比較的汚れの目立たない部屋で愛を囁き合っていた。
 おっ、と声を漏らせば、彼女は唐突に海藤の腕を叩く。あからさまに食いつかない。と注意され、海藤はつまらなそうにビールに逃げ込む。古いホラー映画にはつきものの言っても過言ではない、男女の絡みのシーンだ。昔と言うだけで今より過激で直接的な映像なのだから、少しだけ気まずく感じてしまう。彼女は気まずさを感じているのに対し、海藤は前のめりになってそのシーンを見ているのだから、二人の温度差は激しいものだった。中の男女がボディタッチを繰り返せば、海藤もそれとなく彼女の背中に触れ、二人の行為が過激なものになればなるほど、海藤の手の行方も怪しい部分へと向かっており、やんわりと腰を抱く。彼女は傾けていたビール缶をそのままに、表情は慌てふためいていた。男女の濡れ場にそわそわしている訳じゃない、この後に待ち受ける展開にそわそわとしていたのだ。

「なあ、いい感じじゃねえか?中のお二人さんはよ、」

 海藤は海藤でこの期に及んで、彼女と何か出来たらいいと考えているし、彼女は彼女で画面の二人の行為が際どくなればなるほど、やがて現れるであろう『誰か』の登場を心待ちにしている。だが、少し海藤の手が気になったらしく、な、なんですか、この手は……。と問いかける。

「そりゃあ、丁度いいシーンだしなぁ」

 海藤さん、またえっちなこと考えてるでしょ。何言ってんだ、人聞きの悪ぃ。じゃあ、なんです?……そりゃあ、いちゃつきたいだけだよ。と彼女をぐっと抱き寄せた瞬間。画面には壁や床に飛び散る血飛沫が映し出され、ようやくこの映画の始まりが告げられる。絡み合っていた男女の体は鋭利な刃物で滅多刺しにされ、後には人の形をした肉塊が残った。顔の見えない誰かは二人の体を運び出そうとその腕を引っ張っている。

「まじかよ、今の結構エグいぞ」

 大丈夫か……?と彼女のことが心配になり、腕の中を見れば、海藤の心配を他所に派手な演出に興奮している彼女がいた。見ました?見ました?と興奮を隠し切れていない彼女に回した腕を解く。そして、今度映画を見る時は恋愛映画を見ようと思った。それも、義理人情に厚い極道の男とごく普通の堅気な女とのラブストーリーを。きっとそれなら、スキンシップをしても何ら問題ないだろう。その後は阿鼻叫喚の地獄絵図が最後まで流れ続け、不穏な終わり方をした映画に彼女だけが満足していたのだった。



| 小夜 |


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