スティックを細かく倒す音、ボタンを一定の間隔で押し込む軽めの音。画面の中では屈強な彼が同様に戦う運命にある彼と対峙していた。下段蹴りで足払い、すかさずガードを挟み、そう簡単に体力ゲージを削らせはしない。軽くジャブを放ち、コンビネーションで大技を繰り出す。大幅に相手のゲージが縮まっていくと、自然と胸が熱くなった。観客はたったの二人、そこのゲームセンターの店長を任されている彼と、画面内の敵に奮闘している彼女である。

 ゲームセンターシャルルでは既に子供達は帰路についたそうで、店内に残っていたのは大きなお友達ばかりだ。特に海藤と東は慣れていることもあり、魅せるプレイをするのが得意だ。魅せると言っても、勝手に魅せられているだけなのだが。器用にガードや攻撃を出すことで相手の行動をキャンセルさせる。やろうと思えば、出来るのかもしれないがすんなりとやってのける様についつい画面に見入ってしまうのだ。

 海藤とは気が向いた時にシャルルを訪れる。松金組時代、ここは海藤が任されている店だったのだとか。組を破門にされてからは弟分であった東がここを任されているそうだ。だとしても、素直に楽しめる場所であることには変わりない。ゲームで暇を潰せるだけでなく、店内にある灰皿のおかげでいつでも一服することが出来るのだから、たまらないことだろう。

「そんなに八神のところは仕事がないんですか」
「遂には閑古鳥も鳴きやしねぇ」
「それでよく二人でここに?」
「悪ぃな、退屈はどうも苦手でいけねえ」

 いえ、お二人ならいつでも大歓迎ですよ。と嬉しそうに親指を立てている東に、何かあれば八神探偵事務所までお願いしますね!と自分達を売り込んでみるも、八神に頼むくらいなら自力でなんとかしますよ。と寂しいことを言われてしまい、彼女はしょんぼりしながら肩を落とす。

「仕方ないでしょう、俺はアイツのことが気に食わねぇんですから」
「でも、本気でやばくなったら言えよ」
「ここにいて本気でやばくなることなんて、あるんですかね」

 東は腕を組み、首を傾げる。彼女もつられて首を傾げると、こちらを見た海藤も表情を曇らせる。俺達もいよいよ暇に殺されちまうな。そうですね。そうなったら、他に仕事掛け持ちしないと。兄貴達が?例えば、何です?……前に八神さんがアルバイトしてた鍵屋さんとか。なら、俺らはまずピッキングを覚えねぇとなあ。
 だったら、ウチ来てくださいよ。兄貴達にそんな仕事させられません。東の思わぬ優しさに二人は泣く素振りをしながら、嬉しいねと顔を見合わせる。東と言う男は心優しい男である。見た目がどんなに強面であろうと、口調が強かろうと、威圧感を放っていようと、こうして言葉を交わすだけで本人の人の良さが感じられる、数少ない人間だった。実は彼女も東の優しさにとても助けられた人間であり、主に海藤に関することについては相当世話になっていた。そういうこともあってか、無事にくっ付いた暁に、東はお祝いとして韓来で食事の席を設けてくれたくらいだ。

「そうだ。前に言ってた猫のぬいぐるみ、入れときましたよ」

 そう言って指差した先にあったのはこじんまりとしたUFOキャッチャーの機体の中で、ちょこんと並べられている真四角のサイコロ型の猫のぬいぐるみだった。すると、途端に食いつく人物がいる。海藤のプレイを隣で覗き込んでいた彼女だ。椅子から立ち上がり、素早く機体に近付くとガラス越しにそのぬいぐるみを見た。ガラスにピッタリと張り付いている彼女に、海藤は自身の画面にGAME OVERの文字が浮かんでいることに気付く。少ない観客の前でやっても盛り上がりに欠けるからと、海藤も椅子から立ち上がり、彼女の隣にやって来る。

「なんだ、東。マジでこれ入れてくれたのか」
「ええ、前々からリクエスト貰ってましたんで」
「なら、取って帰らねえと悪いよな」
「兄貴に取れます?格ゲーとはまた違いますからね、これは」
「何言ってんだ、俺の華麗なテクニックでちょちょいのちょいだ」

 じゃあ、お願いします……!と彼女はいつの間にか手にしていた自分の財布から千円を取り出し、希望に満ちた瞳で熱い視線を向けていた。その熱い期待に応えるべく、受け取った千円を十枚の百円に両替する。ジャラジャラと甲高い金属音が耳を劈くが、それよりやらなければならないことがある。

 まずは一枚、様子見で飲み込ませる。中のアームの位置を調整すべく、正面だけでなく、左右からもぬいぐるみの位置を確認する。そして、おおよそのあたりがついた頃、一度目の下降が始まった。目標とアームの位置は悪くない。しかし、ぬいぐるみはそれなりの大きさがあり、アームを噛ませることは出来たが、あの表面の生地は柔らかくて滑らかなのだろう。金属製のアームの先端から、ぬいぐるみがするすると滑り落ちていく。ぼとり、と真下に落ちたぬいぐるみを見て、なるほどな。と何らかの感覚を掴んだ海藤が呟く。それから、二度目、三度目とプレイを重ねていき、ぬいぐるみは徐々に出口に近付いてはいくものの、中々取り出し口に現れてはくれない。

「……もし、兄貴が折れそうになったら、いつでも都合出来ますんで、」

 東が囁かな優しさを覗かせる。ううん、多分自分で取りたくなるんじゃないかな。そうですね。そういう人ですもんね、兄貴は。だから、東さんは私達からむしり取る気持ちでいて。じゃあ、そうさせてもらいます。サングラスの奥で優しげな瞳が勝ち気に笑む。彼女もまた一生懸命な海藤を見てしまっては、店側の好意を素直に受け取ることが出来なかった。それに信じていたのだ。海藤なら、きっと取ってくれると ──── 。


***


 店内には気まずい沈黙が漂う。まるで喧嘩に負けた後の時のような、まるで力及ばずだった時のような。海藤は険しい顔でガラス越しにぬいぐるみを見ていた。東と彼女はその背中を見て、不安な表情をしていた。あの後も残りの百円玉が尽きるまで、海藤はぬいぐるみに狙いを定めてプレイしてくれていた。しかし、結果は芳しくない。残機もどんどん減っていき、つい先程最後の百円を飲み込ませたところだ。機体はアームを動かすように軽快な音を鳴らしている。そんな軽快さに浮かれていられないと海藤は最後のプレイに挑む。横方向は広がったアームの中に収まる位置、縦方向はピッタリと真上を捉える。そして、後は自動で下がっていくアームとぬいぐるみの相性が良ければ、全て解決だった。

 運命の時。アームは両手を広げて、ゆっくりと降下していく。緊張故に手に汗握る。広げた両手でぬいぐるみをそっと噛み込む。呼吸さえ忘れていた。あの頼りないアームのグリップ力がこの時ばかりは最高の状態であると信じ、上昇が始まる。やはり大きいサイズのぬいぐるみは重量がある。そのせいで上昇時の僅かな振動で下がっていってしまう。だが、今回はその下がりが少ないように感じられ、三人は声も出さず、身動きも取らずにぬいぐるみの行方を目で追っていた。これが最後になるように、しかも、最高の結末になるようにと誰もが祈っていた。ぬいぐるみは徐々にずり落ちながら、出口へと向かっている。息すらも止めていた。自分達の挙動のせいでぬいぐるみが落ちてしまうのが嫌だったのだ。徐々に、徐々に。ずり落ち、且つ出口に向かっていく。譲れない、負けられない思いにアームは遂にその手を放してしまう。

 ぼとり、と聞こえてきたのは下の方からだった。ガラスの中のぬいぐるみは一つ減っている。後ろの二人は、もしかして……。と呟き、海藤は取り出し口を覗き込む。すると、そこにはあんなに苦戦したぬいぐるみがすっぽりと収まっており、三人は一斉に歓喜の声を上げる。
 うおお……!やりましたねぇ、兄貴!海藤さん、凄い!拍手喝采、店内のボルテージは最高潮、これ以上ない最高の結果だった。そして、気が大きくなってしまった海藤は強気な姿勢を見せる。

「青いのがあったら、黒いのも欲しいよな」

 今度は自分の財布を取り出した海藤はすかさず千円札を両替機に飲ませる。そして、このまま色違いの二つを持って帰れたらよかったのだが。結果は惨敗。引くに引けないと更に千円札を四枚も飲ませ、プレイしたものの結果は取れず終いだった。それでも、彼女からすれば欲しかったぬいぐるみを取ってもらえただけで嬉しいのだが、帰り際の小さく見える背中をそっとさする。だが、悔しい気持ちまでは軽くならなかったようで、海藤はいつかリベンジを果たすと一人で燃えていた。



| 夕景 |


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