今日はたまたま、沈んだ気分の日なのだと思った。何をしても落ち着かない。好きな曲も、好きな風景も、好きな感じも、どれも本当に痛い場所には届かない。だからと言って、それをありのままに出すのは望ましくないと、今日は控えめに過ごすつもりだった。自分の機嫌は自分でとるべきだと学んだ人間だ。しかし、それすらも上手く出来ない時の応急処置まではまだ見つけられていない。
「落ち込んでんだろ」
何気なく自分に向かって飛んできた言葉に、図星を突かれたようだった。したり顔をする海藤に次の言葉を続けられないでいると、ごちゃごちゃ考えても仕方ねえだろ。と海藤らしい言葉を投げ掛けられる。その通りだと笑って返せば、ったく仕方ねえ。と自分の隣にやって来ては自分に伸びる手に視線を奪われる。
頭のてっぺんに大きな手が触れ、やんわりと撫で付けていく。少しだけ荒い撫で方をするのは、海藤の得意技だった。その瞬間に自分を包み込んでいた切なさが溶けていった気がした。今まで自分では抜け出すことの出来なかった境界線が滲んで消える。海藤さん、もっとしてください。と頼りない声で鳴けば、おう、任せとけ。と何度でも頭を撫でてくれた。その手つきがいつも通りに荒くて、髪が乱れようともお構いなしで、撫でられている自分より撫でている海藤の方が嬉しそうな顔をしていると、心に絡まっていた切なさや物悲しさ、孤独感が一斉になくなってしまう。まるで、魔法のようだった。
「泣きたかったら、胸貸してやる」
更に優しさが注がれていく。容量の大きな心を模したガラスに、海藤の優しさが並々と注がれる。自分では満たせなくなった心をあたたかく満たしてくれるのは、いつも海藤だ。もっと自分が頼りなくなってしまい、泣きたくなるのを堪えながら海藤の胸に飛び込めば、しっかりと受け止められ、自分の在り処を再確認する。
「俺はどうすりゃあいい、」
……あたま、なでてください。任せな、俺の得意なことだ。あと、ぎゅってだきしめてください。おっ、それも俺の得意なやつだ。……く、くるしいです、海藤さん。なあに、これぐらいキツくしてもらった方が抱かれ甲斐があるってもんだろ?ほ、ほんとうにくるしい、です。もうちょっと、やさしく。あいよ。
僅かに緩まる力強さにようやく体がぴったりとくっつき、居心地が良い。目の前にある海藤の肩に何も言えないまま、顔を埋めてみた。すると、背中に回された手が優しく背骨をなぞってくれていた。
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