大きな背中が窓際で丸まっている。普段の仕事の少なさから今日は午後から事務所に顔を出すのだと言っていた。しかし、それにしては大人しいのだ。いつもは自由気ままに過ごしている海藤が、今日に限って珍しく静かなままでいる。どのように声をかけようか、と考えるまでもない。あの、はつらつとした背中がこじんまりと丸まっているのだ。変に取り繕わず、隣に行って他愛もない話をすれば、きっと拭えるのだろう。そして、彼はガラにもねぇ。と愚痴をこぼすだろう。
 だから、隣には行ったものの、簡単に声をかけたりはしなかった。その代わりに大きな背中にそっと身を寄せる。自分としては海藤の背中をぎゅっと力強く抱き締めていたつもり、だったのだが、

「どうしたよ、くっついてきて」

 ただ一方的にくっついてきたと勘違いされてしまって悔しい。そうじゃないと答えれば、じゃあ背中に引っ付いて何してんだ?と聞かれ、胸を張ってこう答えた。……海藤さんを後ろから抱き締めてるんです。すると、目の前の大きな背中が僅かに振り向いて揺れる。ようやく自分が背中にいる理由を知った海藤は体を揺らして笑い、助かるぜ。と呟いて背中を預けてくれた。大きな背中に耳を澄ませば、生きている音がした。好きな音だった、この一瞬を懸命に生きている尊い音だ。
 海藤は抱き締められている感覚がないのか、甘えたいからとくっついているかのように口にするものだから、思いっ切り力を込めて逞しい背中を抱き締めた。

「お、いい感じだぞ」

 腕がぷるぷると震え始める。海藤さん、もう無理です……!その細い腕で無理はするもんじゃねぇな。でも、私だってたまにはこうしたかったんです。俺が一人で黄昏てたからか?
 背中越しに頷けば、ありがとよ。と優しい声が背骨を伝って聞こえてきた。それがまた変にくすぐったくて、嬉しくもあり、どこか照れくさい。海藤の見えぬところで照れていると、もう一つが聞こえてくる。

「そうだな。なら、今度は正面からそうしてくれ」

 海辺に立った時の潮風のような切なさが薄らいでどこかに行ってしまったのかもしれない。海藤からはもう切なさの匂いがしなくなった。それでも、この背中の居心地はとても良いからといつまでも抱き締めていると、自分が本当は海藤にくっつきたかっただけなのだと気付いた。そう思えば、海藤は自分のことを誰よりもわかっている人間なのだと嬉しくなった。人知れず、頬擦りをすれば、……くすぐってぇ。と聞こえて来て、再び嬉しさに包まれていた。

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