「みょうじちゃん!」
人の行き交う街でなまえを呼び止める声が聞こえた。
少し高いトーンのその声はなまえに妙な心当たりを思い出させる。
その場で足を止めたなまえが振り返ると、少し離れた先に嫌でも目立ってしまうあの人物がこちらへと向かっていた。
大胆にも素肌の上に蛇柄のジャケットを羽織り、下は黒の革パンを履いた、眼帯の男。
その手にはなんと物騒な使用感のある金属バットが握られており、道行く人々は彼を避けるように道を空けていく。
「真島さん、」
「みょうじちゃん、今日はひとりかいな。」
「ええ、ちょっとお買い物に来てて…、真島さんはどうしたんですか。」
「俺か?俺はたまたまみょうじちゃんを見つけてのう、声掛けよ思うてな。」
「真島さんもこんな明るい時間にここ歩いてるんですね、珍しいです。」
「せやろか、…まあ、ええわ。出会ったついでにみょうじちゃんにお願いがあんねん。聞いてくれるか?」
「お願い、ですか。」
真島はわざとらしい溜息をついてみせると、眉を下げて、一緒に人探ししてくれや、と告げる。
そこからはあからさまな困った振りをする真島、その身振り手振りを真面目に聞いているなまえ、そしてなまえは分かりましたと一言口にする。
「ほんまか?ほんまに手伝ってくれるんか?」
「はい、真島さんが困ってるなんて珍しいから、私で良かったら…。」
「やっぱみょうじちゃんは優しいわ。ほんなら、早速人探しにぶらつこうやないかい。」
「はい、」
なまえは真島の横に並び、二人一緒に歩き始めた。
真島はバットを持っていない方の腕で軽くなまえの肩を抱く。
そしてぐっと引き寄せ、その体を密着させた。
なまえは少し緊張した面持ちで真島に話しかける。
「真島さんは誰を探してるんですか、」
「そやなあ、めっちゃごっつい男を探しとんのや。…めちゃくちゃにごつい奴をな。」
「桐生さんじゃないんですね、」
「あ〜…、桐生ちゃんなぁ。俺がわざわざ会いに行っても相手してくれへんねん。ほんま、いじけてまうわ。」
「桐生さん、忙しそうですもんね。」
「物には優先順位ってのがあるやろ、普通は兄貴分の俺を優先させるんとちゃうか?」
不満そうな顔で愚痴を零す真島の横顔を微笑みながら、なまえは見つめている。
愚痴を零してはいるが、真島も悪く思っていないのだろう、その姿はどこかご機嫌にも見えた。
「それでまずはどこに行くんですか?」
「…まずは、」
真島に連れられてきたのはピンク通りの北にあるビームと言う店だった。
なまえは入店を躊躇ったが、真島に連れられるがまま、店内へと入っていった。
そこでは至る所に同性の露出の高いパッケージが並べられていた。
上手いこと視線を逃そうとしても四方八方にそれらが陳列されていて、なまえはひたすらに自分の足元を見ていた。
こういう所に真島さんの探している人がよく来るのかな、とちらりと真島を見やる。
どうやら何か気になるものがあるようで、そのパッケージを手に取っては裏、表、裏…と何度も繰り返し眺めた後に棚へと戻していく。
人探し、と言うよりかは普通に物色している、なまえはまた足元に視線を戻した。
きっと人探しの手掛かりになる筈だとなまえは真島の気が済むまで、店内で待ち続けた。
店を出る頃には隣でうんうん唸っている真島がいた、入店前と同じくまた肩を抱かれる。
「その、探してる人って、ああいうお店に良くいるんですか…?」
「まあ、そいつも男やからのう。…こういう店は大好きやろなあ。」
「何か手掛かりは見つけられましたか、熱心にお店の中見てましたけど。」
「それがぜんっぜんや。でも、代わりにちょっとええお姉ちゃんの…、あかん、流石にこれ以上は言えん。」
「収穫無し、ですね、」
「いや、まだや!まだまだ行くでぇ!」
多少強引に抱かれながら、なまえは次なる場所へと向かった。
日中でもこの街を行き交う人は多い、なまえは辺りをきょろきょろと見回しながら、真島の言うごっつい男を探していた。
肝心の本人は眠たそうな欠伸をしており、右目の目尻にうっすらと涙を浮かべている。
それを見ていたなまえもつられて大きく口を開く。
欠伸を外へ逃がすと同じように目尻が濡れた、あくびは移ると言うのは本当らしい。
もっと詳しくとなまえは真島にその尋ね人について話題を振ってみる。
真島はそやなあ、と一言置いてから、ぽつりぽつりと話し始めた。
「そいつはとにかくごっつい奴なんや、背格好も高い、喧嘩も強い、しかもスーツもビシッと着こなしとんねん。」
「真島さんはその人に会えたら何をするんです?」
「それは、会ってみてからのお楽しみや。ほんまは俺もどないしよか悩んどんねん。」
「じゃあ、何がなんでも見つけないとですね、」
「せやでぇ、みょうじちゃん。ばしっと見つけたってや。」
はい、と返事してみせると、みょうじちゃんはええ子やなあ。と歯を見せて口角を吊り上げる。
少し怖い笑顔ではあるが、本当に今日は機嫌が良さそうだ。
きっとそのご機嫌が過ぎて、不意になまえは頭を撫でられたのだ。
それは自然で、一瞬だけ時間が止まるような感覚。
「ええ子は褒めなあかん、もういっかいやったろか。」
「ま、真島さん…!」
「ほんまにみょうじちゃんはおもろいのう。まあ、でも、この続きはまた後でや。さぁ、次の場所へ行くで!」
次に連れられてきたのは中道通りにあるゲームセンター、クラブセガ中道通り店。
中にはUFOキャッチャーやアーケードゲーム、種類豊富なガチャポンの列と子供が喜びそうなラインナップになっている。
そんな場所へ刺青を入れた男とそれに抱かれた女が割って入ってくるというのはなんとも違和感を覚える。
なまえ自身もここに来て大丈夫なのだろうか、と内心思っていた。
しかし、そんな事など知らないとでも言うかのように一人テンションの上がっている人物がいた。
「お、あったあった。これや、これ。」
真島の探していたものは、入り口からすぐ近くにあった。
その機体には、『昆虫女王メスキング』と表記されている。
聞いたことのない名前と、どことなく違和感を覚えるそのタイトルになまえは真島に質問を投げていた。
「これは…?」
「おお、みょうじちゃんは知らへんのか。」
「このゲームとその探している人には関係があるんですか?」
「せや。そいつはのう、喧嘩だけやのうて、こう言ったゲームにも強い男なんや。」
「それはすごいですね…、」
「ほんまに何にも手を抜かん男や、せやから、俺も気合い入れて作戦を練らなあかんねん。」
「大丈夫です、きっと真島さんならその人にも勝てます!」
せやな、やったるでぇ!と返す真島に、更にどう言った内容のゲームか聞いてみると、なんと悪い昆虫と正義の為に戦いを繰り広げる昆虫達の熱いバトルカードゲームと言うものらしい。
ゲームに使用するカードも見せてもらったが、『昆虫』とは言い難い、けれどもその要素を押さえてあるキャラデザインに、なまえはただ一言、頑張ってくださいね。としか言わなかった。
少しばかり自ら掘り下げたことを後悔したが、よりその探し人について興味が湧いてきた。
出来ることならその人の姿を一度でも目にしておきたいと思う。
いかがわしくて、子供向けとは思えないゲームにも本気になれる人物。
真島はと言うと、そのメスキングで遊んでいる子供達に何やら話をしているが、その風貌のせいなのか、皆顔が少し強ばっている。
十分に話が済んだのだろう、結果的にはその相手はここでも見つけられなかったようだが、何やら良い情報を聞いたようで満足気ではあった。
どうやら、最近使っているデッキの情報らしく、真島はええこと聞いたでぇ〜!と嬉しそうにしている。
「いませんでしたね、」
「せやのぉ、今日はもう潮時かもしれんなァ…。」
「帰りますか?」
「悪いのう、みょうじちゃん連れ回すだけになってしもうた、」
「大丈夫です、私も何だかんだ楽しかったですし、」
そんな他愛も無い会話をしながら、ゲームセンターから出た時だった。
不意に真島はその足を止めて、見つけたでぇ!と声を上げた。
なまえは釣られて真島と同じ方向を見た、確かに男が立っている。
よく見知った男が、そこに立っていたのだ。
「き、桐生さん、」
「みょうじちゃん!見てみぃ、おった、おったで!」
「え、じゃあ、真島さんの探してた人って、」
背格好も高くて喧嘩にも強い、スーツをビシッと着こなしていて、子供向けのゲームにも本気を出す、えっちなものが好きかもしれない人物。
「せや!俺が探しとったんは桐生ちゃんや!」
「ええっ、でも、真島さん、桐生さんじゃないって、」
「俺は違う言うてないで、」
「…桐生さん、」
声高々に名を呼ばれた桐生は真島に見つかってしまったからなのか、複雑そうな表情をしている。
しかも、その隣になまえを連れていた、これは格好の喧嘩の種にされる。
なまえはとんでもないことをしてしまった、と桐生と真島を交互に見る。
しかし、思ったより真島が食い付いてこない。
「せやけど、今日はこのまま帰るわ。みょうじちゃん、今日は楽しかったで。ほんまに助かったわ。」
「…あ、あの、いいんですか、」
「もう俺は十分満足したからのう。また俺とデートしたってや。」
デート、そう言われると少しだけ照れ臭い。
別にそんなつもりは無かったけれど、言葉にされてしまうと嫌でも意識し始めてしまう。
「…デート?なまえ。お前、兄さんとデート、してたのか。」
「えっと、デートと言いますか、その…、」
「なんや、桐生ちゃん。一丁前に嫉妬しとんのか?」
「いや、そういう訳では、」
「みょうじちゃんはまだ誰のものでも無いやろが。」
「まあ、確かにそうだ、」
「せやろ?じゃあ、俺はもう行くで。またな、お二人さん。」
そう言うと真島は桐生となまえを置いて、人混みの中に紛れて行ってしまった。
人通りが少ないとは言えない通りに二人ぽつりと置いていかれ、お互いに気まずいような、微妙な空気が流れていた。
「あの、桐生さん、」
「なまえ、この後時間あるか、」
「ええ、まあ、特に予定は無いですけど、」
「じゃあ、今から俺とデートしないか、」
「ええっ!桐生さん、何言って…、」
「兄さんとはして、俺とはしてくれないのか?」
「…もしかして、怒ってます?」
「かもな。」
桐生さんの表情は読めなかった、元々表情豊かではないからだろうか。
「さぁ、手を出せ。行くぞ。」
桐生はその手を低く差し出し、なまえの目の前まで近付いてくるとその手を取り、優しく握り締めた。
大きな手の中にすっぽりとなまえの手が収まってしまった。
怒っているかもしれない割には優しく握ってくれているようで、なまえはその手を引かれるがままに隣を歩き始めた。
「一体、何を話していたんだ。」
脳裏を過ぎったのは、目のやり場に困ってしまうようなビデオ、メスキングと言う露出の高いカードゲーム、そして真島さんの言っていた言葉。
それが隣に並ぶ桐生のイメージをそれなりに変えてしまったようで、こんな事言えない、言ってはいけない、となまえの表情を微かに強ばらせた。
その変化を桐生が見逃す訳が無く、なまえはこの後桐生に詰め寄られる事になるのだった。
20180630 一緒に誰かさんを探す