もくもくと白く香ばしい煙が、何か言いたそうな真島の顔を遮っていく。
なまえにそれを気にする素振りは無く、網の上で次第に色付いている肉をトングで突っついていた。
程よく脂が落ち、もう食べ頃である。
まだまだ満腹ではないとなまえはその肉に手を付けて、自分の取り皿の上に重ねて置いた。
なまえは今、その肉をタレで美味しく頂くのか、塩で美味しく頂くのか悩んで迷っている。
真島は未だにその表情を煙に遮られたまま、密かに眉間に皺を寄せていく。
我慢ならないと遂に真島は言葉を口にする。


「なまえ、ワシの話聞いとったか。」

まるで今思い出したかのように黒目を丸くするなまえの両頬は、ついさっき頬張ったほかほかの白米と、結局タレに決めたお肉が詰まっており、ふっくらとしている。
その驚いた表情でもぐもぐと咀嚼している姿に、真島は大きなため息をわざとらしく吐いて見せた。
なまえはその間にも美味しいと一言置き、もう一口と白米を口に詰める。

「いつまで食うとんのや!ワシが今大事な話しとったやろが!」
「お、お腹減ってて…、お肉も焼けたし、タレ付けちゃったら食べずにはいられなくて。」
「いや、わかるで。わかる、そりゃあ肉焼けたら、肉食いたなるわ。」
「それで、ご飯も食べたくなって、最初の一口じゃ足りなくなって、もう一口って。」
「いや、わかる、わかんねん。肉が残ってる内に米食いたなるんはみんなそうやねん。」
「とっても美味しいですよ、真島さんも食べましょう。」

せやのうて…、とがっくりと肩を落とす真島の寂しげな取り皿になまえは焼きたてほやほやのお肉を何枚か重ねていた。
いじらしくもその脂の照りが真島の控えめだった箸を動かせる、なまえはまた新しい肉を今度は塩に付けて口に運んでいた。
真島もそれに釣られて、箸先に口を付けた。
うまい、と零せば、なまえも同じように美味しいですね、と零す。

「それで、何の話でしたっけ、」
「せやから、なまえはワシが他のお姉ちゃんとおってもかまへんのかっちゅう話や。」
「他のお姉ちゃんって、わたし以外の女性と…って事ですか?」

不意になまえの箸が止まる、それを見逃さなかった真島は身を乗り出し、せやせや、正直どうなん!と目を輝かせている。
この真島、なまえにささやかな、でもちゃんとした焼きもちを焼いてもらいたかったのだ。

「そう、ですね…、」
「やっぱりワシが他のお姉ちゃんと一緒におったら、まずいやろ?なまえも嫌や思うやろ?そこんとこ、はよ教えてや。」

彼女の悩んだ表情はあまり長くは持たず、次の瞬間には手元に置き去りになっていた玉子スープを食べ始めた。
また真島の眉間に深く皺が寄る。

「いえ、別にいいと思いますよ。そこは真島さんの自由だと思いますし、」
「…ほ、ほんまに言うとんのか?ええんか?悔しくないんか?」
「だって、悔しいも何も、」

「私達、そういう関係じゃないですしね。」

なまえの表情には、真島に不要な心配を掛けないようにと無理をしている様子も、意地を張って素直になれないと言った様子も見られない。
今度は真島が黒目を丸くさせていた、驚きのあまり何一つ言葉を発していない。
その反面、なまえは大きなスプーンいっぱいに玉子やニンジン、大根を掬っては二回ほどふうふうと息を吹き掛け、熱そうではあるものの、美味しそうに口に収めていた。


なまえと真島。
時間さえあれば、こうして二人で同じ時間を過ごしたりするが、その関係は至って普通の友達のままで、真島はどうにかそっちの路線に踏み出したいと思っているが、なまえにその意図が通じず、今日もこの通り歯痒い思いをしている。
何が駄目なのか、女と言う生き物は察して構ってで成り立っているのだから、こちら側の真意を察してくれても良いのでは無いかと真島は思う。
今日も不発、何の進展も得られない、そう思うと、今日もまた普通の日として過ごさなければならない事に苦笑いを浮かべた。

「ったく、お前の脳味噌どないなっとんねん。」

悪態をついてもなまえは顔のど真ん中に疑問符を貼り付けているかのように、あまり言葉の意味を理解していない様だった。

「どないなっとんねん、って言われても、今はお腹が減ってるって。」
「色気より食い気かいな…、ほんま大したもんやで。」
「真島さん、もしかして私に心配して欲しいんですか?」
「……、あ〜!もうワシも食ったる!腹減ったわ!なまえ、はよ肉焼かんかい!」

焚き付けるように真島は店員に注文を投げ掛け、なまえもその勢いに今まで待たせっ放しだった盛り付け皿から肉を所狭しと金網の上に並べていく。
赤身肉が熱せられた網の上でその身を焦がしている。
真島はその様にどこか懐かしいような、まるで今の自分自身の抱えた感情のようにも取れる何かを感じていた。
しかし、その物思いも立ち上がる煙の様にすぐに掻き消されて行った。


「真島の兄さん、か。」

当然の如く、聞き覚えのある声。
店内の雑音よりしっかりと耳に届く声の主を、真島はその目で確認せずとも何処の誰かなのか察しがついていた。

「お、桐生ちゃんやないか!」
「兄さんもここで飯を?」
「せや、今日は連れもおるからのう。」

真島の言葉になまえの方をちらりと見やると、桐生は何かを察したかのような表情をした。

「兄さんの女ですか、」
「ちゃうわ。」

まだな、と口元を手で隠すように呟いてみせると、桐生も心なしか硬そうな表情を柔らかくして口角を少しだけ上げた。

「なまえ、紹介したるわ。このごっつう怖そうな男は桐生ちゃん言うんや。」
「桐生だ、兄さんの事を今後ともよろしく頼む。」
「何言うとんねん、桐生ちゃん!当たり前やろ!」

なぁ、と真島がなまえに声を掛けてみるものの、先程からなまえの様子がおかしいと気付き始めた。

「あの、桐生…さん。初めまして、みょうじと言います。」

真島は嫌な動悸を感じていた。
今自分の目の前にいるなまえの態度が真島のものとは違っていて、どこか初々しさすら感じるその挨拶に何かが胸元を通り過ぎる。
めらめらと揺らめく炎が未だに金網の上の肉を焦がす、その炎のように真島の中で困った感情に火が点いてしまった。


「…長居しても悪い、俺はそろそろ行くとしよう。それじゃあ、失礼します。兄さん。」
「はい、お、お気を付けて…!」

立ち去る桐生の後ろ姿をなまえは見えなくなるまで見つめていた。
瞳を微かながらきらきらと輝かせて、真島はそんななまえが面白くない。
そのついでにもう放置されて所々焦げてしまった肉を一気になまえの取り皿に流し込んだ。

「あ!何するんですか、真島さん!」
「何するんですか、はこっちのセリフや!」
「…なんです、今度は。」
「なんや、あの桐生ちゃんを見る目は。ワシの時とは大違いやないかい。」

だって、と口篭るなまえに更に真島の内なる炎は激化していく。
あからさまに一変した態度になまえは手にしていた箸を一旦置き、膝の上で握り拳を二つ作る。

「だって。桐生さん、…なんて言うか、真島さんと違って、」
「ワシと違ってなんやねん、」
「大人の色気って言いますか、その、…格好良い人だなあって。」
「それ言うんなら、ワシかて負けとらんやないか。見てみい、こんなええ男他におらんで。」

ええ男、その言葉になまえはうーん、と頭を抱えながら、真島をじっくりと吟味するように視線をそこかしこに投げる。
派手な蛇柄のジャケット、厳つい顔付き、左目を覆う眼帯から漂う怪しげな雰囲気、露出の激しい上半身、そこから覗く刺青。
どや、と真島に声を掛けられてもなまえは未だにうんうん唸っている。

まさか自分が先に嫉妬なる感情を抱かされるとは、それに嫉妬と言うのはあまり気持ちの良いものでは無かった。
そして妬くより妬かれる方が幸せなのだと、理解する。
密かな溜息に気怠さが交じって千切れた。
皮肉にもその相手は普段真島が追っかけ回している桐生一馬。
真島は内なる炎を抑え、複雑ではあるが、真っ当な喧嘩をする理由が出来たことを喜ばしいと思った。

やはり、桐生一馬は真島吾朗の好敵手なのだ。


「…こりゃあ、一発バシッと決めなあかんわ。」


どんな手使ったろか。と顎に手を添えて考え始めると、陽気だった表情は影を潜め、真島の真剣な、本当の素顔がそこにあった。
なまえはその声音と表情に、桐生の時と同じような感覚に襲われた。
しかし、それは追加の肉を運んで来た店員によって長くは続かなかった。
置き場が無く溢れる皿に、急いで片っ端から金網に並べていく。
パチパチ、と脂が跳ねた音の後に真島を見れば、いつの間にかご飯茶碗を片手に肉が焼き上がるのを待っていた。

気のせい、の一言で片付けるには惜しい、あの感覚になまえは取り皿に置かれた山盛りの焦げ肉に手を付けることが出来ずにいる。
桐生との喧嘩を意識し始めた真島には、なまえの移ろう感情の変化に気付く余地は無かった。



20180605 めらめらと燃えるやきもち



top