ツヤツヤと光るその紙に、とある人物が写っている。
よく見てみれば、それは桐生とひょっこりこちらを覗く真島の顔だった。
その四角の縁を飾るのは可愛らしい模様で、背景のイメージと併せたデザインのものになっている。
つまり、要するにこれは。
「…プリクラ?…でも、なんで桐生さんと?」
そんなに仲良しだっけ、とプリクラが一枚一枚収められている手帳を捲っていく。
あまり数は多くないものの、それらは必ずポーズを決めた桐生とこちらをちらりと覗く真島の顔が写っていた。
ページを捲る度に現れる二人の姿、そんな二人を可愛くしてくれる周りのフレーム。
なまえはその異様な一枚を眺めている内に、次第に笑いが込み上げてくるのを感じ、密かに笑いを逃がしていく。
くすくすと控えめな笑いが響く、丁度この部屋に真島の姿はない。
暫くは止まりそうにない笑みを響かせていると、突然真横から声が聞こえた。
「何がそないおもろいんや、みょうじちゃん、」
だって、見てくださいよ、これ、と口にした所で、視線は自然と真横へ導かれる。
そして、カチッとお互いの視線がぴったり重なり合うと、なまえは数秒ほどの沈黙の後、驚きに声を上げた。
ま、真島さん!と声をかければ、真島はその反応が嬉しかったのか、にやりと口角を上げて笑っている。
「おお、ええやないか、その反応…!たまらんなァ、」
「い、いつの間に、」
「何言うとんのや、ここは俺の家やでぇ?いつの間にも何もあらへんやろが、」
「そ、そうなんですけど、」
でも、驚かさなくてもいいじゃないですか、となまえは手にしていた手帳を、真島の住む質素な部屋のテーブルに置いた。
真島はそれを見ると、おお!と声を上げて、今度は真島がその手帳に手を伸ばす。
なまえの今日の目的は、押し入れの掃除だった。
真島の思い付きが、いつものように西田からの連絡で告げられる。
すみません、姐さん。親父がどうしてもと…、と弱々しそうな声で懇願されてしまってはそれを断る事など出来なかった。
しかし、何故いつも西田に連絡を入れさせるのかは疑問である。
もしかして、西田ならなまえを呼び出すのが上手い、とでも評価されているのだろうか。
それで、こうしてやって来る自分もお人好しなのかもしれないと、先程の自分と同じようにページを捲っている真島を見た。
まだにやにやとした顔で、手帳の中身を見ている。
「…それ、桐生さんと一緒に写ってますけど、二人って仲良いんですね。」
「みょうじちゃんは、ホンマに平和ボケしとるなァ、」
「それってどういう…、」
「ヒヒヒ…、これはなァ、桐生ちゃんが一人でプリクラ撮っとる時に、ちょ〜っと邪魔させてもろたんや。」
「え、これって、二人で一緒に撮りに行ったんじゃないんですか?」
「そんなんちゃうわ!確かに桐生ちゃんには、喧嘩買ってもらお思て四六時中付け回しとるが、流石にそこまでせぇへんで!」
ったく、俺と桐生ちゃんの事、どないな目で見とんねん、と真島は怪訝そうな顔をする。
真島の放った一言が衝撃的で、なまえは自然とポーズを決めている桐生の姿を思い返していた。
そのせいで、吹き出すような笑いを堪えられなかった。
「桐生さんって一人でプリクラ撮るんですね、意外でした…、」
「せやろ?俺も初め見かけた時は驚いたわ、なんやあれは…ってな、」
「でも、なんだかんだ一緒に写って、プリクラも貰ってきてるじゃないですか。」
「そりゃあそうやろ、あのお固い桐生ちゃんとのプリクラなんて、中々手に入るもんちゃう。せやから、俺が記念にもろてんねん。」
そしたら、こういう手帳が必要になってもうて、押し入れに入れといたんや、とまで真島は教えてくれた。
なまえはそう語る真島をどこか微笑ましく思い、そうなんですね、と返す。
やはり仲が良いのだと内心頷いていると、真島はプリクラの収まっていない空っぽのポケットを見つめたっきり、会話を続けようとしなかった。
どうしたのだろうと疑問が顔を覗かせた、それと同時に真島も何か閃いたようで、せや!とご機嫌そうな声を上げた。
「みょうじちゃん、今からちょっと出ようや。」
「今からですか…?でも、押し入れの掃除が…、」
「そないなことは後でもええねん!ええから、はよ準備しい、」
「はい、…わかりました、」
強引に手を引かれ、なまえは真島に連れられるがまま、神室町へと飛び出して行った。
引かれた腕と革靴の音、目の前にあり続ける背中から、何処と無く嬉しいような楽しいような雰囲気が漂っていた。
***
真島に連れられたのは、クラブセガ劇場前店だった。
人通りの多い劇場前通りを、なまえを連れた真島はすれ違う誰かの群れを気にせず、突き進んでいく。
なまえはただ連れられるがままに、店内へと入っていった。
外のざわめきとはまた違う、ゲームセンター特有のざわめきが充満している空間に並ぶのは、お馴染みのクレーンゲーム、カードゲームなどが楽しめるゲーム機から、対人戦までこなすビデオゲーム機達である。
どこかしら必ず人がいて、皆は思い思いに目の前のゲームを楽しんでいるようだった。
ゲーム機から聞こえてくる彼や彼女の声、雰囲気を盛り上げる音楽、クレーンの下降時に聞こえるあの緊張感を漂わせる音、中の商品が取り出し口に落とされた音、耳に痛いジャラジャラとした紙が硬貨に変わる音。
それは、ゲームセンターでしか味わうことの出来ない合唱の様なもので、耳には優しくない、けれど自然と好奇心を刺激される。
今も尚、手を引いてくれる真島の背中を追って、足が止まるまで歩き続けた。
辿り着いた先にあったのは、プリント倶楽部と大きく印字された箱型の機体。
「真島さん、もしかして…、」
「せや、あの寂しい手帳見とったら無性にな。みょうじちゃんは撮ったことあるんか?」
「何回かは、」
「よっしゃ、なら、この周りのフレーム言うんは任せたで。」
目の前の垂れ幕をかき分け、少し手狭な空間に二人は体を並べる。
真島はいつの間にか、手のひらに百円玉を四枚握っており、それをコイン投入口に一枚ずつ押し込んでいく。
硬貨を全て飲み込ませれば、プリント倶楽部の文字が画面中央に浮かび、フレームを選んでね、と四種類のフレームが画面内に現れた。
「…みょうじちゃん、何ぼけっとしとんのや。はよ、周りの枠選ばんかい。」
急かされるがままに、なまえは画面に表示されている四つのフレームの内、三つを選択した。
一つはレインボーのグラデーションを背景にした可愛らしいハートとシャボン玉のフレーム、もう一つは札束が溢れかえる一万円札だらけのフレーム、そして最後はこの店舗限定のミレニアムタワー前の実写フレーム。
三つを選んでしまえば、後に残るは二人の撮影だけだった。
突然、目の前の画面が高低差のある二人を映し出した。
その四角には、緊張した面持ちのなまえと、お、始まったで、となまえに身を寄せる真島の姿が収まっている。
一つ目のフレームからはみ出ないように、真島はなまえと距離を縮めて密着していた。
ほれ、あそこがカメラや。と丁寧に教えてくれる真島に、慣れを感じながら、教えてもらった通りにカメラに目を向けて、軽く微笑む。
カメラのシャッターは切られた、たった一回のフラッシュを連れて。
先程の画像データが画面中央右端に並べられるが、まだフレームだけの空白データが二つほどある。
それはつまり、撮影はあと二回残っていると言う事だ。
なまえはその右端一番上のデータを見て思う、真島の表情をもう少しよく見てみたいと、一体どんな顔で写っているのかと。
可愛いハートとシャボン玉の中に居たのは。
視界が大きく揺れた。
見たかったものは見れていない、しかし、今目の前にあるものだけはしっかりと分かる。
細まった右目と目が合う、理解は全然追いついていない。
呼吸が止まっている理由を探した、唇をもぞもぞと軽く食むように触れる口先に理解が追いつく。
それと同時に二回目のシャッターが切られた。
瞬きの回数も間隔も不規則に乱れ、呼吸は今も尚止まったままだった。
それが離れてすぐに真島の高笑いが耳に届いた。
腹部を抱えながら、とても楽しそうに、なまえの顔を見つめて笑っている。
なまえは唖然とした顔を引き締め、その顔を真っ赤に染め上げた。
真島がなまえを連れてきたのには理由があった。
少なくともその理由になまえは納得していた所があり、あまり慣れないプリクラでも真島となら、と思っていたのだ。
それなのに、と胸の内が恥ずかしさやら何やらで熱くなるのを感じ、なまえは少しばかり意地になってしまったのかもしれない。
自分の目の前で腹を抱えて笑っている真島のジャケットの下襟の部分を強過ぎないように引っ張り、その高笑いが鳴りを潜めた所で、真島の輪郭に沿わせて両手で挟み込む。
黒目を点にする真島の表情が、密かななまえのお気に入りになったのをいい事に、なまえはその顔を自分の方へと引き寄せた。
幸いな事に真島はなまえの企みに気が付かなかったようだ。
しかし、それを覆してしまう程の強運を真島は持っていたらしく、お互いにそれに気付かないまま、三回目のシャッターに備えていた。
まず先に動き始めたのはなまえの方だった。
自分へと引き寄せた真島のものと自分のものを重ねて奪ってしまおうと思っていた。
そしてそれを覆すべく、強運が味方したのは真島の方だった。
二人の隙間を埋めたのは、お目当ての唇ではなく、お互いの鼻頭だった。
なまえの企みはこの瞬間に散り、真島はその企みの全てを把握する。
真島が愉快と言いたそうな笑みを浮かべ、なまえはぶつかってしまった鼻を押さえていた数秒の間に、三回目のシャッターは切られてしまった。
「ったく、何しとんのや、みょうじちゃん。」
アホらし、と真島は言い捨てているものの、その声には笑いが多少含まれている、嫌な気はしていないのだろう。
なまえ自身も自らの失敗に顔を赤くさせたまま、撮影を終えてすぐの画像データが三つ並ぶ画面に目を向けた。
一番まともに撮れたのは一枚目のものだけで、二枚目、三枚目に至っては羞恥に駆られて、目も当てられない。
「私、もっと可愛い感じのプリクラが撮りたかったです、」
「何言うとんのや。見てみい、この二枚目なんか、みょうじちゃんの驚いた顔でええ一枚になっとるやないか。」
「こんな恥ずかしいプリクラ、私、嫌です。」
「つべこべ言わんと選べや、コイツにも時間無いんやで、」
真島に促され、画面を見てみれば、印刷する写真を選んでね!の文字の近くに、残り時間と思われる数字が表示されていた。
はよ選ばんと、勝手に選ばれてまうわ、と真島が口先で急かすものだから、なまえは三つのデータを何度も見比べ始める。
一番良いのは一枚目、しかし、二枚目の真島となまえがキスをしているデータも不思議と捨て難く、それは三枚目のドジを踏んだデータさえも悩みの対象となった。
う〜と唸り続けているなまえの横から、すっと蛇柄の腕が伸びてきて、なまえが気が付いた時には、革手袋の外された指先が三枚目のデータに触れていた。
画面がすぐに切り替わり、今度は画面中央に印刷中の文字が浮かぶ。
「あ、」
「こう言うんは直感でええんや、ああだどうだ言うて考えるモンちゃうやろ。」
あまりにも突然で、なまえが返す言葉を選んでいると、足元の方から音が聞こえた。
これまた先に手を伸ばしたのは真島で、それを横から覗き見してみれば、口元を歪めて笑う真島の横顔と、ぶつけた鼻先を手で押さえるなまえの横顔が並んで写っていた。
写りの悪い写真だから、なまえはそれを貰おうと考えていたのだが、ふと見上げた真島のどこか嬉しそうに見える口元にその考えを無かった事にする。
「ええ顔しとるやないか、」
「私も真島さんも横向いてますよ、」
「そないな事はええんや。こうして形になるんがええんやないか、みょうじちゃんは分かっとらんのう…、」
ここに来た時のように真島に腕を取られ、なまえはまた真島の背中を見つめながら、垂れ幕の外へと抜け出した。
あからさまに嬉しそうにしてくれる真島を見て、そんなに喜んでくれるなら、また撮りに来てもいいかもしれないとなまえは上機嫌な蛇柄に微笑んだ。
「じゃあ、真島さんのお家に帰って、早速手帳に入れましょうね。」
「おう、そしたら押入れの片付け再開や!」
腕を振り上げた真島とそれに返事をするなまえは、神室町の人混みに揺られて消えた。
この日を境に、真島の持つ手帳の空きを二人のプリクラがゆっくりと満たしていくのであった。
20181017 プリクラを撮りに行こう