殺陣


殺陣、というのはなかなか難しい。

剣道のように相手にそのまま獲物を当てることは稀で、寸止めでなければならないし、そもそも武道のように気配を消して動きを少なく……というのもNGだ。当たり前だ、お客さんに見せるための演技なのだから。しかも相手にも次どう動くか分からないと、演技が一々細切れになる。

とまぁ、ざっと考えただけでも大変なことなのに。それを残る数週間で詰めようっていうのだから、結構雄三さんも鬼畜だ。

「はぁ、はぁ……」
「また息あがってるし」
「ご、ごめん」

相変わらず、真澄くんは勘がいいのか、ものすごいスピードで殺陣を習得して言った。けれど咲也くんは、まだ無理みたい。当然だ、これは咲也くんが悪いんじゃない。

真澄くんがさらに言葉をつづけようとするのをワザと遮って、二人にスポドリを差し出した。

「疲れて続けても効率落ちるしさ! 休憩休憩!」
「千夜ちゃん……ごめ、ありがと……」

息も絶え絶えな彼の身体をそれとなく支え、タオルを首にかける。真澄くんはずいぶんと不満げな顔で、こちらを見ていた。

「……あんた、甘すぎ」
「真澄くん……でもね」
「待て待て真澄、お前は厳しすぎなんだよ。咲也だって頑張ってるんだから」

綴さんが咲也くんと私を庇うようにやってきた。シトロンさんも至さんも、気遣わげに咲也くんを見ていた。

「監督が来るまでに、もう少し精度を上げたいって言ったの、こいつじゃん」
「そ、そうだよ。綴くんも千夜ちゃんもありがと……俺頑張るね」
「咲也くん……」
「はぁ……監督早く来ねえかな。ちょっと殺陣は、雲行き怪しいんだけど」
「そうですね……。殺陣は負荷が大きすぎる」

そして、この心配は何も私たちだけがしていたようではなく、監督さんも同じようなことを思っていたようだ。朝練に来た監督さんは、すぐに皆を集めて「殺陣は外す」と宣告した。

それがいい、と私含む外野は安堵の息を零したけれど、やっぱり当人たちは納得してなかったみたいで。咲也くんも少し抵抗があるって顔をしているけど、何より真澄くんが一番気に入らなかったらしい。

「アンタ、俺の殺陣褒めてたのに」
「二人には、またどこかでやってもらうよ」

監督さんと真澄くんが揉め始めた。まずい、と綴さんや至さんが声をかけようとしたけれど、それより先に真澄くんが、こう言ってしまったのだ。

「ロミオ役を誰かと交換すればいい」

そうすれば殺陣もマシになる。そういう旨の発言を、してしまった。私は真っ先に咲也くんの方を見た――ひどく、顔色が悪い。

監督さんが反論しようとしたとき、咲也くんが「……嫌だ」とつぶやいた。

「嫌だ! 絶対に嫌だ!! ロミオ役はオレの役だ!」

心の底からのような叫びに、みな一瞬、我を忘れて咲也くんを見た。
その後は綴さんや至さんのとりなしや、監督さんが猶予期間を与えたことで、なんとかその場は収まったけど……。

やっぱりその日はどこかぎこちない空気のまま、稽古が終わってしまった。



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