誰かの涙で出来た旅


ステージに関しては、実は私にとってはそう縁遠いものでもなかった。

幼馴染の通っていた学校は、アイドル育成学校としても有名で、彼もアイドル科に所属していたのだ。巨大な一つのユニットに入り、紆余曲折の末、自分がリーダーになったユニットを組みなおして。

ステージの輝きは、傍らにいた私の網膜にまで焼き付いた。それほど、あの板の上は、美しい。

――だけど、彼はステージから消えた。

「……監督さん」
「うん、何?」
「あの……千秋楽のチケットって、もう完売しましたよね? 他の日のチケット、まだありますか」
「あるよ。でも……どうしたの、千夜ちゃん。元気ないね」
「――実は、ちょっと幼馴染に、チケット渡してみようかなって。多分今、日本にいないんですけど」
「……留学してるの?」
「いや。失踪してるんです」
「え!? た、大変じゃない、警察に届けないと……!」

まったくの他人のことなのに、椅子から慌てて立ち上がった監督さん。本当に、彼女は優しいお姉さんだ。

「平気ですよ。学校からちゃんと指示を受けて海外に行った友達と、一緒について行ってるらしいんで」
「そ、そうなの? でも友達は大丈夫にしても、幼馴染くんは出席日数とか……」
「あ、大丈夫です、多分。彼の通ってる学校、普通の学校じゃないんで……。夢ノ咲学院ってご存知ですか?」
「夢ノ咲……アイドル科が有名なところだよね?」
「はい。幼馴染はそこでアイドル科に入って、たくさんステージに立って……立ちすぎて、疲れちゃったみたいで」

何度もあの学校に忍び込んだことがあるから、分かる。
幼馴染は、ステージで輝きだけ受けていられた訳じゃなかったことも。

「……あの学校、一年前までは荒れてるって有名だったね。幼馴染くんは学校で何かあって、失踪しちゃったのかな」
「ええ。でも正直、私はそこはあんまり責めようと思わないんです。ただ……最近こうやって劇のお手伝いしてて、ちょっと思い出したんですよね」

本来の、ステージの楽しさとか、美しさとか。
それを忘れずに済んだころの幼馴染が、どれほど輝いたものに見えたか。

「咲也くんたちのお陰で、こうしてお客さんの為に演技を見せて、喜んでもらう……ってことの素敵さを思い出したんです。だから……幼馴染にそれを強要はしないけど、でも……せめて」
「この輝きを、彼にもう一度見てほしい。そういうこと?」
「――はい。余計なお世話だって、跳ね返されるかもですけど」

もうステージなんか嫌いだって思っているかもしれない。
アイドルなんかしたくない、って思ってるかも。
だって彼、究極的には作曲さえできれば生きていける。社会的な意味でも、精神的な意味でも。

だから、これは私のエゴでしかない。
それでも――。

「……はい、これ。千秋楽のチケット」
「え」
「支配人さんが亀吉の分だっていって買ってたチケットがあったなって、思い出して。幼馴染くんに贈れるといいけど」

監督さんは、にっこりと笑った。

「あっ……ありがとうございます!」
「いえいえ。でもホテルの場所とかも分かんないよね?」
「そうですね。とりあえず、LIMEで事情を説明して、彼の家族に渡しておこうと思います。そもそも帰れる距離かも分からないし……」
「そっか。ふふ、来てくれるといいね」
「はい!」

家族を心配させるなんて、彼らしくもないし。
ここらで少し、日本に戻ってあげてほしい。
そして見てほしい。

きっと最後に彼が思ったより、『MANKAIカンパニー』で見るステージは美しいから。


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