蕾が五つ


監督さん曰く、マネージャーが欲しいと思ったのはここ最近のことだそう。

春組は全員初心者、自分も監督としては初心者。何もかも手探り状態で、やらなければいけない練習、準備は山のようにある。加えて監督さんは、日々の生活の雑務まで、役者の代わりにこなしている。

最初のうちは頑張っていたものの、劇の練習が本格始動していく中で、ちょっとしんどいなと思い始めたそう。

「で、ぽろっとそれを咲也くんの前で零したら、咲也くんが『俺、もしかすると手伝ってくれる友達がいるかもしれません!』って言ってくれたから、マネージャーさんって形で募集かけようと思ったの」
「なるほど」

確かに、私は咲也くんと仲良しだ。
くわえて、演劇部などのステージ手伝いも一年間していた。そのおかげで、裏方作業や雑務はこなれている。

それを彼に話したこともあるし、それで私に白羽の矢が立ったわけだ。

「えっと、ちなみに何の仕事をしたらいいんですかね?」
「え!? やってくれるの!?」

きらきらとした目で見つめられる。そんなに喜ばれると、まぁやってみてもいいかな……と思える気がした。

「はい! 私、部活もやってないので……三年生最後くらいは、そういうことに挑戦するのもいいかなって」
「ほ、ほんと? あーどうしよう、すごく嬉しい! ありがとう! えっとね、今はまだ練習段階だから、そんなに忙しくないとは思う。頼みたいのは、ごはん作ったり、洗濯したり……みたいな家事かな?」

あ、もちろん私も手伝うから! と監督さんは握りこぶしを作った。

「なるほど……うん、大体わかりました。じゃあ、今日から宜しくお願いします」

一礼すると、監督さんのほうが「ありがとう!」とペコペコと何度も頭を下げた。ほんとに根っからの良い人なんだなぁ、と思いながらも慌てて顔を上げてもらう。

「ほ、ほんともう……感動がすごい。忙しくて最近参ってたから……」
「あはは。話を聞く限り監督さんは忙しそうですし、あんまり無理はしないでくださいね?」
「うん、気を付けるよ。――って、ああ!」

腕時計を見て、監督さんが驚いたように声をあげた。

「やばい、レッスン始まってる! 千夜ちゃん、行こう!」
「え!?」

いきなり!? まだレッスンの時の仕事内容とか、聞いてないのに!?

「仕事内容は、行ってから決めよう!」
「監督さん、案外適当ですね?!」
「柔軟と言ってほしいな!」

そう言い切って、私の手を取った監督さんが走り出した。



レッスン室に通されると、そこには五人の男性が居た。その中の一人に咲也くんを見つけると、彼もこちらに気づいたのか、パッと顔を明るくした。

「千夜ちゃん! よかった、マネージャーになってくれるんだね!」
「うん、宜しくね。えっと……団員が増えたんだね」

前に話を聞いてた時は、咲也くん一人って話だったけど。
そう言うと、彼も私の思っていることが分かったのか、また嬉しそうに笑って頷いた。

「うん! 紹介するね、えっと」
「ああ、大丈夫だよ。自分で自己紹介するからさ」

そういってまず前に出てきたのは、短髪の気の良さそうなお兄さんだった。多分、大学生くらいだろうか。

「初めまして。俺は、皆木綴っす。一応、今回の劇の脚本も担当してます」
「わ……すごい、劇作家さん!?」
「あはは。うん、夢はそうだな。今はまだまだ修行中の身だけど」
「ツヅルはすごいヨー! 洗剤だヨ!」

そう言って傍に寄ってきた、褐色肌の美青年。なんだかエキゾチックで、どこか王子様めいた雰囲気もある。けれど、そのフランクなしゃべり方がとっつきやすい感じだ。

って、それよりも。人を洗剤と表現するって、どういうことだろう?

「洗剤?」
「そう、洗剤だヨ!」
「家事が上手ってことかな……」

上手く意思を読み取れなくて疑問符を飛ばしていると、奥のほうから男性が歩いてきた。ずいぶんな優男という感じの。

「難問キタコレ。天才と見た」
「えっ」

いまキタコレって言わなかった!?
こ、こんなリア充っぽい人が……いや、私の聞き間違えか。

「あ、ごめんねいきなり。俺は茅ヶ崎至って言います。宜しくね、マネージャーさん」
「あっ、はい。宜しくお願いします!」
「天才! それだヨ、さすがイタルだネ〜?」
「いや、コメントが時間差すぎだろシトロンさん。ほら、あんたも千夜ちゃんに挨拶して」

皆木さんにせっつかれて、シトロンさん……? はようやく本来の目的を思い出したらしく、ぽんと手を打った。

「オー! ソーリーね、素敵なレディを待たせてしまったヨ。ワタシは、シトロンと言う者ネ。以後おしおきを!」
「お見知りおきを、だろ! なんでJKにお仕置き強要してんすか、警察沙汰っすよ!?」
「オー! 日本語難しいネ? チヨ、マネージャー業として日本語講師も加えてほしいヨ」
「あ、それいいですね。千夜ちゃんは現役の学生さんだし、きっと頼りになりますよ」
「カントクもこう言ってるネ! 宜しくお願いするヨ!」
「えええ……!? わ、私でよければ」

そりゃ、国語はそれなりに得意だけど。日本語教えるなんてできるかな……?

「千夜ちゃんは賢いから大丈夫だよ! 俺も困ったら協力するし、何より真澄くんだって勉強できると思う! ね、真澄くん!」
「……監督以外の女、どうでもいい……」
「こら真澄。きちんと彼女に挨拶しろ、学校の先輩だろ?」
「真澄……?」

どこかで聞いたことある名前だと思ったら、顔を見て納得した。花咲学園高校で超有名な、イケメンくんだ。彼も劇団に所属していたんだ、すごいな。

「……碓氷真澄。監督の彼氏」
「という事実はありませんっ!」
「ちっ……」

監督さんの華麗なツッコミが冴えわたる。と、というか真澄くん、そんなボケキャラだったの……!? 学校では一言もしゃべらないって噂だったのに!?

「ま、真澄くんってしゃべるんだね……!」
「……女子の取り巻きは、面倒だから放置してるだけ」
「なるほど。確かに、登下校のたびに囲まれると疲れるよね」
「そう。あんた、意外と話分かる……」

こくこくと頷く真澄くん。人気者には人気者の辛さがあるってところなのだろう。

「第一関門は真澄と思ってたけど、案外さらっと通過したね。監督さん以外の女の子と普通にお喋りするなんて、意外」
「マスミも、チヨが気に入ったネ! おひたしおひたしネ〜!」
「めでたしめでたしだろっ! ったく……ほんと、こんな感じだけど宜しく頼むわ、千夜ちゃん」

まぁ、確かにすっごく、ものすっごくにぎやかだけど。
その分きっと、楽しいことも沢山あるだろう。私の来ないと思っていた青春の足音が、やっと聞こえてきた……そんな予感がするのだ。

「はい! 宜しくお願いします、皆さん!」


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