先生見て見て!


チケットの販売数が伸び悩んでいる……ということで、至さんの提案で始まった『劇団員ブログ』。そういうネット関連にはオタクが強いという至さんの見込みで、私は『劇団員ブログ』の管理を任された。ネットに不慣れな咲也くんや、異常に簡潔な文章の真澄くんの面倒を見るのにも慣れてきたところ。

そして今日の担当は、シトロンさんだ。

「劇団員ブログ、頑張って書いたネー!」

ほれほれ♪ と言いながら、ピコピコとゲームしている私の隣に座ってスマホを差し出すシトロンさん。宿題を見せてくる子供のようで可愛いな。

「どれどれ……ってうわ!? 中国語!?」
「むむ? ワタシ、チャイニーズわからないヨ?」

不思議そうな顔で首を傾げるシトロンさん。
しかし彼の見せてくれた画面には、ほぼ漢字のみの字面が延々と並んでいる。

『私使途論派、今回の劇出……』

う、ううん?
読解するに、『ワタシシトロンは、今回の劇で……』といったところか?

「……ってシトロンさん使途になってるし!」
「しと?」
「いや、なんでもないです。とにかくせめて自分の名前は誤字っちゃダメですよ!」
「オー! またチヨ先生の日本語講座の始まりネ! ワキワキするヨ!」
「わくわく。リピートアフターミー」
「わくわくヨ!」
「ぴんぽーん。正解です!」

とクイズの司会者のように言えば、シトロンさんは「嬉しいヨ! ワタシ、コロンビアポーズやるネ!」と言い出した。って、なんでコロンビアポーズとか余計なことは知ってるんだ。

コロンビアポーズをしようとするシトロンさんの袖を引っ張り、まだまだ訂正箇所は盛沢山だと教える。

「はい、次。ワタシシトロンは、の『は』は接続詞です。簡単に言うと、くっつきの『は』はひらがなで書いてね?」
「わかったヨ。訂正ネ」
「オーケー。で次、『今回の』はあってます! さすがシトロンさん、前回の誤字はつぶしてますね! 偉いです!」
「オー、嬉しいヨ〜! ワタシ、どうやら褒められると伸びるタイプみたいネ」

ふふーん、と鼻歌を歌いながら宣言するシトロンさん。自分で言っちゃう辺りが可愛い人だ。

「じゃあ、これからもバンバン日本語覚えちゃいましょう!」
「わかったネ! で、次はどこが間違いネ? なんでもどんと紺だヨ!」
「どんと来い、ですね。ええと、次は……」

二人で小さなスマホの画面をのぞき込んで、あれやこれやと日本語について談義しているうちに、軽く一時間くらい経ってしまった。けれどおかげで、誤字だらけの漢文疑惑なブログは、なんとか正常な日本語に生まれ変わることができた。

ばっちりです、と伝えると、シトロンさんは満足そうな顔をして『更新』ボタンをぽちり。これで、今日の劇団員ブログも無事に更新されるだろう。

「ふぅ……いい仕事だったヨ」
「本当だね。シトロンさんは勉強熱心ですごいや」

満足げな顔が可愛くて、ついつい頭を撫でてしまう。あ、しまった……と思ったときには、シトロンさんが驚いた顔でこちらを見つめていたので、慌てて手を引っ込めようとした。

が。

「シトロンさん?」
「手、のけなくていいヨ」

手首を軽くつかまれて、嬉しそうな顔で微笑まれる。

「頑張ったら、今みたいに褒めてほしいネ。ワタシ、人にこうされたことないから、新鮮」
「そうなんですか?」
「わが国では、……というよりワタシの家では、こうやって撫でられたことないヨ。いっぱい言葉でほめてもらえるけド、心、籠ってなかったネ」
「……そうだったんだ」

ぽつり、零すようにつぶやく。

不思議な人だと思っていた。
なんだか纏う雰囲気が普通の人と違って、もしかすると高貴な家の人なのかもしれないと薄々思っていたけれど、どうやら間違いじゃなさそう。

心がこもってない賛辞、というのは、きっと嘘ではないのだろう。

「だからチヨ大先生には、こうして撫でてもらいたいヨ!」

空気を変えるように、シトロンさんがおどけたように言った。

うん。今は追及しないで良い。いつか、彼が伝えたくなるその日まで。……だから、貴方の気持ちを尊重しよう。

「ふふ、そっか。じゃあシトロンさんを褒めるためにも、これからも日本語、頑張って一緒に覚えようね」
「もちのロンだヨ〜!」
「なぜそんな古い単語知ってる!?」

まったく、いったいどこで覚えてくるんだそんな言葉? 

シトロンさんの誕生日プレゼントに、小学生用の国語辞典をあげたくなってきた。広辞苑を勉強に使うのも考え物な気がしてきたぞ……?

と、私はシトロンさんの日本語勉強方法について考えていたから、聞こえてなかったのだ。

「――シュクラム」

優しく微笑み、そう言った彼の言葉が。


back