手慣れた餌付け


「やべ。レスト持ち入れ忘れた。誰か解除ヨロ〜」
「誰かって私しかいないじゃん。つかたるち、その面子はマジ脳筋すぎ」
「凹殴りスタイルはこいつに効くだろ。お前のパ基本的にサポ系だし」
「それはたるちとの周回だから」
「なる。実は俺も、凹殴りスタイルにすんのはお前とだけだわ」
「把握。レストキメたよ」
「うっし、ブレイクタイムキタコレ」
「300万とか強すぎ」
「課金は力なり」

なんだこの会話、と思われるかもしれない。大人の会話ならぬオタクの会話です。

この寮に来て驚いたことは多々あれど、その中でもトップ10にランクインするくらいには驚いたことは、茅ヶ崎さんだ。

「いや、まさかたるちが至さんとは」

私のハマっているゲーム、その上位ランカーの一人。名前を『たるち』と言って、同じギルドの仲間。ツイッテーではだいぶ初期段階から繋がっていたので、ゲーム談義にほぼ毎夜花を咲かせていたのだけれど。

オフ会とかもしないし、リアルで会うなんて考えてもみなかった。私が談話室でゲームやってて、至さんが「お、それやってるんだ」と声をかけなければ、永遠に気づかなかっただろう。

「いや、マジこっちの台詞だから。つい昨夜、エロゲのオープニング曲とエンディング曲に神曲が多い談義を一方的にかましてた相手が、同居してるJKとか。完全にもしもしポリスメン案件」
「いや、実際つべで聞いてみたら神曲だった。泣けるよね」
「それな。さすが長年の友、分かってるわ」

至さんとして会話するときは敬語を心がけてるのに、たるちとして一緒にゲームしてると口調がすごい勢いで崩れていくのどうにかしたい。むこうは、『ゲーム中に敬語とか考えてる間ないし、別にいいよ』って言ってくるんだけどなぁ。

「おっしゃ勝った!」
「うわー、たるち余裕で貢献度一位じゃん。おめ」
「当然。じゃ次行くわ」
「あ、待って。至さんにご飯作ってきたんですよ。片手で食べられる系の」
「おま、俺が言うのもなんだけど切り替え上手すぎ。廃ゲーマーが突然マネージャーに変身して、さすがのたるちさんもビックリだわ」

とか言いながら、至さんのスマホからは美少女の『出撃ー!』という可愛いボイスが聞こえてきた。さっそく連戦してるし。

「やれやれ。昨日いづみさんと相談して、とりあえずは辞めずに保留にするって言ったんでしょう?」
「あー……うん」

少し歯切れの悪い回答。たるちじゃなくて、至さんの顔だった。どこか迷いがあって、本音が出しづらいって表情だ。

「おなか減った状態でなんか考えても、良い答えは出ないですからね〜。ほら、サンドイッチ作ったから。野菜も入ってて、栄養価はばっちり」
「ん〜? あ、ヤバイうまそう。千夜ちゃん、やけにそういうお菓子とか軽食作るの上手だよね」
「慣れてるんで。至さんみたいに、ちっともごはん食べずに一つのことに熱中する人が近くにいたから」
「……何、彼氏とか?」

少し興味があるって目で見てくるので、思わず笑ってしまった。

「あはは。彼氏なんか生まれてこの方、できたことないですよ。幼馴染の話です」
「へぇ、意外。だって咲也からの紹介でここ来たくらいだから、男友達とかは居るんでしょ?」
「友達はいますよ。みんな良い人ばかりです」
「ははー、なるほど。天然主人公タイプと見た」
「たるちは爽やか腹黒王子属性。はい、至さん」
「いま俺、手が離せないからさ。食べさせて」
「我儘三歳児ですか、まったく」

とはいえ、こういう手がかかる子が好きという自覚もある。
せっかくサンドウィッチの下の方に紙をつけて、手が汚れないようにしたのに意味がない。なんて思いながら、タッパーの中の一つを手に取った。

「ほら至さん、口開けてー」
「むぐ」
「そしてすかさずジュース」
「むぐむぐ……ん。おお、照り焼きチキン入ってるし! おいしい上に、食った後にコーラくれるの最高だよね。便利便利」
「まったく……。ゲーマーとしては延々周回するのも楽しいけど、マネージャーとして言わせてもらいますよ。残り三十分で消灯しますからね」
「マジでか」

至さんはそう言いながら、でも反論はしてこなかった。
彼も彼なりに、役者としての自分にも重きを置き始めているらしい。彼が劇団をやめると言ったとき、監督さんが引き留めてくれて本当に良かったな、と思う。

「至さん」
「なに?」
「これからも、ゆるっと頑張りましょう」

何を、とは言わない。彼の取りたいように取ればいいのだ。ゲーム仲間としてか、マネージャーとしての発言か。

「……そうだね」

ふ、と彼は美しく笑って、二口めをねだるように口を開けた。


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