化石サイト現る!


「それじゃあ、今日はここまで」

監督さんの良く通る声が、稽古場に響いた。稽古前に言っていた予定時刻通りなので、私は前もって準備していたタオルとスポドリ、そしてささやかなご褒美としてのお菓子をみんなに配って回ることができた。

「今日は何を作ったの?」

咲也くんがウキウキしながら包みを受け取ってくれるので、思わずこちらも笑みがこぼれる。

「チョコトリュフなら摘めるかなって」
「おっ、美味い。口の中でとろける……さすが千夜ちゃんだな」

さっそく綴さんが、ひょいっと袋の中から摘んで食べてくれた。おいしそうにしてくれると、素直に嬉しい。

「もっと欲しい」
「真澄くん、もう食べたの?」
「残りは?」
「すっかりマスミは、チヨの料理のコトリだネ!」
「それを言うなら、とりこ」

至さんがさらりと間違いを訂正した。

「あ、至さん。さっきの演技すごかったですね。今日から本気出すって感じかな」
「明日から、って言いたいところだけどね。残り五週間くらいしかないから」
「もう五週間しかないのか……そろそろチケット販売とかするんすか?」

至さんの発言に、綴さんがややナーバス気味に言った。確かに、気が付けばもうそんなところまで来ていたのに驚かされる。そういえばこの前、支配人さんにチケット販売は良いのかって尋ねたんだけど……。

なんか、『マネージャーさんに告知の仕方を教えて差し上げますね! まずはやっぱり、サイト運営でしょう。今回は手本として私が管理しておきますので、お任せください!』とか意気揚々と言ってたなぁ。

「支配人さんが、告知してるって言ってました」
「それなら安心だヨ! 受付開始十五分で完売目指したいネ」
「なんでそんなに目標が高いんすか」
「完売すればいいけどね」
「ですよねぇ……」
「ま、まぁ、支配人さんのサイト効果があると信じましょう!」

そう言うと、ちょうど噂をすれば影という感じで、支配人さんが姿を現した。まさしくグッドタイミングという具合だ。監督がすかさずチケット販売の予定を尋ねると、支配人さんが堂々と返答をした。

「劇団の公式サイトを見てください!」
「おおー、本当にサイトで告知を始めたんですね!」
「ふふん、マネージャーさんのお手本をする約束でしたから!」

なるほど、案外ちゃんとしている人だ。
と私が感心していると、綴さんも同じように感心したような声をあげた。

「へー。どんな感じだろ」
「さっそくスマホで調べてみますね!」
「お、頼んだ千夜ちゃん」

スマホを取り出し、彼も私のスマホの画面をのぞき込む。こういう劇団のサイトって見たことなかったんだけど、どんなのだろう。ええと、『MANKAIカンパニー 公式サイト』……

「千夜ちゃんも綴くんも、あんまり期待しないほうが……」
「え? 咲也くんは見たことあるんだ」
「う、うん」

え、何その言い淀み方。あの優しい咲也くんからの低評価とか、そんなにやばいの?

思わず『検索』ボタンを押すのを躊躇っていると、とんとん、と後ろから肩を叩かれた。

「これ」

真澄くんのスマホが、目前にずいっと迫る。近すぎて見えないので、彼の手を取って少し距離を開くと、目の前に現れたのは。

「か、化石サイトかな……?」
「ええ!? 酷いですよマネージャーさん!」
「これはひどい」

無意味に点滅する色文字、字と画像がくっついた並び、というかそもそも画像サイズが小さすぎる。オタク文化を嗜む者として表現するならば、化石サイトが適切だったのだ。ほら、実際至さんも同意見だし。

「しょぼい」

真澄くんは相変わらずドストレート意見だし。
それでもめげない支配人さんが、流行は繰り返す〜とか言っている。その折れない心だけは見習いたい。

さすがにこのサイトは監督さんも許容できなかったようで、頭を抱えながら、こういったサイトやフライヤー作りができる人がいないか聞いた。

うーん。とりあえず咲也くんは、情報の授業でもしょっちゅう私にパソコン操作を聞いてくるくらいだから、多分無理だろう。と思っていたら、真っ先に自己申告していた。

もしかして至さんなら……と期待を込めた視線を送ると、ちょうど至さんも私を見ていたようで、ばっちり目が合ってしまった。

「んー、スクリプトなら多少わかるけど、デザインは無理かな。千夜ちゃんこそ二次サイトやってんじゃん」
「あれは鯖借りてるだけなんで。テンプレもよそから借りてるし……HTMLも多少しか分かりません」
「そりゃダメだわ」
「この二人のオタク知識から派生する技術力でもダメか……」

何気に失礼だよ、綴さん!

「ワタシもフライは食べる専門ネ」
「そっちのフライじゃないからね」

監督のツッコミがシトロンさんにばっちり決まる。何を思ったのか、真澄くんはハッと思い付いた顔で「あんたの魚のフライなら、大歓迎……」とか私に言ってきた。なるほど、このタイミングで夕飯リクエストか。自由人すぎる、この可愛い後輩は。

もはや万事休す、と思ったその時。綴さんが渋々って感じで発言した。

「俺、一応WEBとかチラシのデザインできる知り合いいますけど……」

おお、すごい。そんな知り合いが居るなんて珍しいし。監督さんも大喜びで綴さんに連絡をお願いしている。でも綴さんはやっぱり、嫌々……って感じだ。

話を聞くと、そんなに仲がいいわけじゃないと一言。まぁでも、今は藁にもすがる思いなのだから、一縷の望みをかけてみたらいいと思う。

「じゃあちょっと連絡してくるっす」と綴さんは一言そういって、スマホを取り出しながら稽古場から出ていった。

うまく連絡つくといいなぁ。


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