「もう行くのか」
「ごめんね、予定入ってるから」

事後にそそくさ着替えて部屋を後にするのはタブーな行為だとどこかのトピックに書かれていたのを覚えている。ただし恋人間に限りだ。セフレとなればどうでもいい話である。

「次はいつ時間がある」
「ああ、その話なんだけど」

彼も今日で最後。ようやく私にも気になる男の子が出来たのだ。そして今からその彼に会いに行く。もうこんな関係は断ち切ろうと決めたのだ。

「そうか、なまえがそう言うなら仕方ないな」

話のわかる男で本当に良かった。こうして私と徳川の関係は呆気なく断ち切れた。――そう、謎のつわりが訪れるまでは。

「う、そ…」

ありえない、絶対にありえない。思わず手に握っていた妊娠検査薬を落とした。いつ、どこで、私は迂闊な真似をしてしまったのか。あれだけ避妊していたというのに、何故この検査薬は陽性を示しているのか。何かの間違いなのか。いや間違いだと言ってくれ。とりあえず、見当がつく男といったらあいつしかいない。

「今すぐ、早く来て」

恋人でもない男の子供を身籠るなんて信じられない。私も火遊びをしている認識はあったが避妊だけは必ず怠らなかった。うっかり穴を空けないように爪も切り揃えていた。中に出された感覚だって今まで一度たりともなかった。何より、相手がそんな馬鹿な真似をするとは思えなかった。

「何かあったのか」
「何かあったのかじゃなくて、これ見て」

恐る恐る検査薬を差し出す。もしこの結果が事実だったらどうしよう。親には間違いなく勘当されるし、世間体の目も怖い。何より父親に当たるこの男に見捨てられたら、堕ろせと言われたら、育児のお金は、堕胎の費用は、どうすればいいのか。

「徳川、避妊してたよね?ゴムだって毎回付けてたし、これがおかしいんだよね?」

彼はうんともすんとも言わない。その態度に私の苛立ちは増していく。肯定してくれればそれでいい。そうすればこの結果を信じずにいられる。

「ようやく俺の子が出来たんだな」
「は…?」

今、この男は何と言った?乾いた笑いを零して、骨が軋むほど私の身体を抱き締めるこの男は、一体。

「ああすまない、こんな力を入れたら身体に障るな。あまりにも嬉しくてつい舞い上がってしまった」
「ね、ねえ、何言ってるの…?だって徳川、」

間違いなくゴムをしていた。穴だって空いていなかった。いちいち入念に確認していたのだ。セフレという関係上、妊娠など絶対起きてはいけない事態だと恐れていた。

「なまえが眠った後に俺の精液を膣にすり込んでいたんだ。何しろお前のチェックは厳しかったからな。眠った隙をつくしかなかった」
「冗談でしょ?ねえ、私は本気なの。からかわないで、本当のこと言ってよ」
「その結果を見て嘘だと思えるのか?」

嫌だ、信じたくない。私も彼も、肉欲を満たすための関係だった。少なくとも私には彼に対して愛とか恋とか、そんな可愛いものは存在しなかった。たまたま顔の良い同級生を誘ったらたまたま引っかかってくれた。それだけだった。

「こうでもしないとなまえは次の男に乗り換えるからな」

お腹を優しく撫でさするこの男が憎くて堪らない。私の人生は?好きな人は?たった数回寝ただけの男に未来を奪われるなんて考えられない。もう、逃げよう。親に勘当されたって構わない。子供も堕ろして、別の人生を歩むしかない。

「どこに行くつもりだ」
「来ないで、あんたには関係なっ、…っ!」

突然の吐き気。恐ろしい現実が突きつけられる。崩れ落ちる身体は容易に受け止められる。視界がぐるぐると回っている。動悸が止まらない。

「誰にも渡すつもりはない。――勿論、お前にもだ」

砂嵐が見える。ぼやけた視界の片隅で私の追い求めた彼が立ち尽くしていた。きっと私はもう、この男から逃げられない。

20151226
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