13
6月、学年末試験という1年最後の壁が立ちはだかる。イースター休暇の間にそれなり勉強はしたけれどまさか実技試験があるとは思わなかった。魔法薬学の試験はスネイプ先生が真後ろで監視していて手が思うように動かなかったしいつも通り若干爆発した。間違いなく魔法薬学の成績は悲惨だ。「ごめん、ナマエ」
「え?」
「僕達は君を仲間外れにしているわけじゃないから」
そう言うハリーは今にも泣き出しそうで。私まで悲しくなった。私、ハリー達に気を遣わせてる。送り出すならもっと明るくいなきゃ。「大丈夫だよ」と笑うと3人もぎこちなく笑った。大丈夫、ハリーなら、ロンなら、ハーマイオニーなら、きっと無傷で戻ってくる。だから、今は泣かない。
「私、ちゃんと待ってるよ」
これだけは絶対に。今日は寝ないで日が昇るまで待っていよう。そのくらいの覚悟はしないと。コーヒー飲めないけど、眠気覚ましに飲んでみようかな。
「いたっ」
ハリー達を見送り、2時間程度経過した夜中の1時。談話室で1人静かに苦いブラックコーヒーを啜っていると目が痛くなった。夜更かしには慣れているはずなのに。やっぱり環境が変わった事も影響しているのだろうか。
目がごろごろする。眠気もある。しかし、肝心の目薬が見つからない。確かに持ってきたんだけどなあ。痒くて手が疼くのを堪える。一思いに擦ってしまいたいけど目が腫れてしまったら意味がない。マダム・ポンフリーはこの時間起きてない、よね。
「あ、あ…」
「あ、いたのネビル」
肖像画の前にネビルが立っていた。立っているというか、コンクリートで固められたように奇妙な姿勢をしている。ネビルは魔法をかけられて言葉を発する事も出来ないらしく、魔法を解くとジェンガのように崩れ落ちた。
「ハリーが!ロンが!ハーマイオニーが!」
「一緒に飲む?」
ネビルを強制的にソファに腰掛けさせ、同じくブラックコーヒーを差し出す。ネビルは焦っているのか素直にコーヒーを受け取ろうとはしなかったけれど無理矢理手に収めると苦笑いを浮かべて一口啜った。
「うっ、苦いよこれ!」
「ごめん、砂糖忘れちゃった」
カフェインでばっちり眠気は覚めた。結論コーヒーはあんまり美味しくない。大人になったら飲めるのかもしれないけど、今はココアで充分。
「ネビル、ちょっと私行ってきていい?」
「ど、どこに行くの?まさか、君もハリーのところに」
「違う違う、私は約束したから」
私は待ってるよ、ちゃんと。でもこの談話室で何時間も過ごしているのは何だか時間が無駄な気がしてならないし、せっかく夜中でみんな寝ているんだからスリル満点の城内探検も良いんじゃないかなって。ネビルが私のパジャマの裾を力無く掴む。ネビルの気持ちはよくわかるけど、私は私の好きなようにしたい。だから通せんぼしないでね、ネビル。
「駄目だ!これ以上グリフィンドールが減点されたら」
「私、ハリー達より要領は良いんだから」
ネビルをかわして私は談話室から抜け出した。正直、目的はない。真っ暗な廊下は先が見えない。音も肖像画のひそひそ声が微かに聞こえるくらいだ。ルーモスを唱え、杖先に光を灯すとあちこち肖像画からクレームが飛んだ。真夜中にごめんなさい。
「失礼しまーす…」
音を立てないように扉を開く。ここは一体何の教室だろう。わかるのは、私の身長を遥かに越える大きな全身鏡がぽつんと置いてあるという事くらいだ。倉庫っぽい。
「すつうを みぞの のろここ」
暗号紛いの文字は無視して、鏡の真ん中に立ってみた。
「わっ――!」
声が上がりかけて思わず口を塞いだ。鏡にぺたぺたと触れてみる。ただの鏡、なのに。
「う、そ」
私の後ろには誰かがいる。ゴーストじゃない、間違いなく私の知る人物だった。
「みんな、」
自然と怖くなかった。鏡の向こうにいるパパとママ、それに見知らぬ男の子や女性、男性もみんな、笑っていたから。とても、とても幸せそうに。パパの手が私の頭に乗る。思わず私も手を重ねてみたけど鏡のパパの手を通り抜けてしまう。パパ達の後ろに立つ3人は笑っているのに寂しげだった。女性の方は見覚えがある。どうして?わからない。私はどこで、この人を見たのだろう。胸元を大胆に晒け出したドレスに、絵本の魔女が被るようなとんがり帽子。そして何より、シルバーブロンドも、金色の瞳も、パパにそっくり。
「あ、待って!」
その人は背を向いて消えてしまう。残りの2人もすっと消える。ママがはっと後ろに振り向き、しばらくして手で顔を覆い、地面に崩れる。ママが、泣いて、パパが、ママを抱き締めた。私は思わず鏡から目を背けた。何が、起こった?
「どういうこと…?」
私は駆け足で寮へ戻った。ネビルはまだ談話室にいた。何か叫んでいたけれど、それどころではなかった。ベッドに潜り、震える肩を押さえる。目の痛みは自然となくなっていた。――気絶したハリーと軽い傷を追った2人が戻ってきたのはその何時間も後の事である。
20171105