幼馴染みがいた。都合良く利用されるお人好しなやつだった。本当は嫌なくせに何でも引き受けて、何を言われてもへらへら笑って、見てるこっちが我慢ならなかった。俺達でこいつを守ってやるしかないと思った。

「相変わらず陰気臭い顔してんな、ブス」
「おい跡部…!」
「幼馴染みだか何だか知らねえがお前も友達は選んだ方がいいぜ」


この時、跡部に殴りかかりそうになった俺の袖を名前が弱々しく掴んだ。だから俺はあいつを殴らずに済んだ。本当は一発、いや二発くらいは殴ってやりたかったんだけどな。

「いいか、もう跡部に関わるな。お前が傷付くだけだ」
「でも…私、まだ」
「俺達はもう、名前のそんな姿見たくねーんだよ」


名前が跡部を好いていたことくらい知っていた。気付かないはずがなかった。あんなに熱っぽい視線で男を見る名前を、俺達は見たことがなかった。

「なあ宍戸!F組の転入生、お前の幼馴染みなんだろ?紹介してくれよ」
「ああ…まあ、機会があったらな」

名前が転入して来てからというものの、学園中が名前の話題で持ちきりだった。とある内部生は「あんな子いたっけ」、またとある外部生は「まるで女神だ」とあいつを持て囃した。確かに外見は明らかに変わった。今の名前の顔は自信と気品に満ち溢れている、そのものだ。

「しっしど〜!弁当食べに行こ!がっくんと名前は誘ってあるからさあ!」
「気がはえーよ。そこで待ってろ」

昔の名前であれば友達は出来るのか、いじめられはしないか不安でクラスを覗きに行くほどだが、今のあいつにはそんな心配も無用だ。名前の周りには常に人集りが出来ている。下心のある男子生徒、過去を知らない女子生徒。もうあの頃の名前はいない。

「久々に制服着たらサイズが合わなくてびっくりしちゃった。新しいものを採寸してもらわないと」
「お前すげー背伸びたもんな。でも何で俺を超すんだよ」
「岳人は昔から小さかったでしょ」
「うるせ!こう見えて身軽なんだっつーの!」

岳人との掛け合いを見ているとふいに幼稚舎の頃を思い出す。友達の前では物をはっきり言うやつだったんだよな。あんなに人見知りだった名前が初対面のやつにも笑って話せるようになった。良い進歩じゃないか。向こうの人間はフランクだと聞くし、三年もいればその性格が身についてもおかしくはない。

「ね、変わらないっしょ?」
「ああ…そうだな」

姿が違えど、間違いなく俺達の知ってる名前だ。この違和感の正体はわかっている。もう俺達が手を貸す必要はなくなったのだ。

「久し振りやなあ、名前ちゃん」

あからさまに名前の身体が凍りついた。俺達はすかさず辺りを見回した。こいつの隣にはもれなく跡部が立っている。名前もきっとそれを恐れているのだろう。

「そない警戒せんでもええよ。あいつはおらん」

こいつも意地が悪い。名前の反応を見て楽しんでやがる。さっきまでの笑顔が一瞬にして恐怖に塗り替えられた。

「ほんま変わったなあ、自分。あの頃とはちゃう、ええ目しとるで」
「昔の話は出さないで」
「怖い怖い、べっぴんさんが台無しや」

名前の手は震えていた。その手をジローがそっと握る。いくら取り繕っても中身は変わらない。きっといつまでもあいつの存在は名前にとってトラウマだろう。

「ええこと教えたるわ――」

忍足が名前の耳許で囁く。その瞬間大きな瞳がより一層見開かれた。岳人が忍足を問い詰めるも、嫌味たらしく笑うだけだ。きっと今の名前には予鈴のチャイムなど聞こえもしていないだろう。

20180106
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