「跡部な、名前ちゃんのこと覚えとらんで」

嬉しいのか、腹立たしいのか自分でもよくわからなかった。いや、きっと後者が正しい。私は生まれ変わった。そしてここへ戻ってきた。あいつを見返すために。平穏な日常を手にするために。なのに、あの男は私の存在を忘れている?

「大丈夫か?侑士に何言われた?」
「ううん…大丈夫、大したことないの」

屈辱的でしかなかった。あれだけ私のことを貶めておきながら、笑って誤魔化すだけだった私を追い詰めておきながら。

「そろそろ戻ろうぜ。予鈴も鳴ったしよ」
「そうだね〜名前、立てる?」
「もう、大丈夫だってば」

予鈴が鳴ったことにも気がつかなかった。それくらい私一人で大きく時間が流れていた。ジローの温かい掌が私の腕を引いていく。彼は昔もこうして、泣きじゃくる私を引っ張ってくれていた。思い出したくない過去だ。

「今日さ、帰り遊び行こーよ」
「はあ?部活あるだろ!」
「俺、もっと名前に話したいことあるんだよ!全国出たこととか、合宿行ったこととか!」
「で、サボるつもりか?ジロー」
「一日くらいサボったって跡部なら、」
「あーん?許すわけねえだろ」

嫌な汗が滲む。まだこの男の存在に囚われて、俯いて亮の背中に隠れることしか出来ない自分が悔しい。

「レギュラー落ちしてえのか」
「え〜それはやだC」
「ならちゃんと来い。お前らもだ、いいな」
「サボる気あったのジローだけだかんな!」

仕方ない、岳人達はテニス部なのだ。私がいくら関わるのを避けたいとは言ってもやむを得ないことだ。楽しげに話している彼らを見て苛立つのはお門違いだと、私が一番わかっている。

「先に、行くから。授業遅れちゃうし」
「お…おう!」

絶対顔は見せなかった。見せたくなかった。私はもう、負け犬なんかじゃない。




「珍しいな、お前らが女と飯を食うなんざ」
「は?」

思わず素っ頓狂な声が出た。女って、いやいや、噂でも何でも聞いてるだろうに。確かに顔は変わったが面影は残っている。こいつなら特に見知った顔のはずだ。

「跡部、覚えてねーのか?」
「何のことだ」
「っ、お前なあ…!」
「宍戸、ストップストップ!」

ひたすら無言だった宍戸が跡部に掴みかかった。それを制止するジローと、未だ信じられない俺。忘れるって、いくら何でもそんなことがあっていいのか。

「何を熱くなってやがる」
「それは、」
「名字名前だ!中一の時、お前があいつを執拗に追い込んだ!これでもまだ思い出さねーのか!」

こんな宍戸は今まで見たことがない。いや、一度はあった。跡部が名前をいじめていたことを初めて知った時だ。あの時も宍戸は我を忘れて本気で跡部に殴りかかっていた。

「ああ…そうか、あの女か」

胸倉を掴む拳を押さえ付けながら跡部は小さく笑った。俺はこの顔を知っている。三年前も、名前を前にしてこいつは同じ顔をしていた。またあの地獄が蘇る、そんな気がした。

「ちゃあんと思い出したぜ、宍戸」

20180106
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