その日、俺が登校すると耳を疑うような噂が触れ回っていた。即座に俺の教室へ飛び込んで来たのはやっぱり宍戸だった。
「おい、聞いたか」
「いや聞いたも何も…」
跡部が名前との交際を宣言したらしい。勿論そんな事実はあるはずがない。一体何考えてんだ跡部。廊下でたむろする女子達の中には泣いていたり、憎しみを露わにしているやつもいた。一方、噂の中心の二人はというと、まだ登校していないらしい。
「跡部のやつ、名前にまた目をつけやがった!クソ…どこまであいつを貶めりゃ気が済むんだよ!」
女子達がざわつき始める。皆が皆、窓に張り付いて一点を見つめている。そして、その視線の先には。
「どういうことだよ…」
リムジンから降り立つ華々しいオーラの男女、跡部と名前の姿がそこにはあった。
「初めまして。名前さんとお付き合いさせて頂いています、跡部と申します」
「まあ…あの跡部財閥のご子息で?」
玄関先から末恐ろしい会話が耳に入り、慌てて階段を駆け下りていく。すると、何故かあの男が私の屋敷に足を踏み入れていた。
「どうして…」
「俺はお前の『彼氏』だろ。一緒に登校する約束だってしたじゃねえか」
何が何だかわからない。彼氏?一体誰が?登校する約束?この男は何を言っているのか。放心する私を他所に二人は会話に花を咲かせていく。
「名前、跡部さんと中学生からのお知り合いだったんでしょう?何故もっと早く言わなかったの!」
「お母さん違うの、私――」
「お母様、今度また改めてお伺いします」
「ええ、名前をどうぞよろしくお願いしますね」
嘘だ、これは夢だ。悪夢だ。無理矢理手首を引かれ、リムジンに押し込まれる。また、あの顔をしていた。心臓が早鐘を打つ。逃げたくて堪らないのに、車はとうに出発してしまった。
「もっと喜べよ、これはお前が望んでたことだろ?」
違う、それはもう昔の話だ。私はこんな男など好きではない。名前すら口にしたくない。私の心を踏み躙り、楽しかった日々もどん底まで突き落とされた。何をしたわけでもない、あれは本当に突然だった。
「いいか、宍戸達には言うんじゃねえぞ」
――もしそんなことがあれば、
「またお前を壊してやる」
悪魔が耳許で囁く。私は静かに涙を溢すことしか出来なかった。やはりこの男には敵わないのだ。
20180106
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