腕を組みながら“仲睦まじく”歩く二人に誰もが困惑した。特に女子は俺達の比にならないほど怒り狂っていたし、絶望していた。そりゃそうだ。跡部は中学生活三年間、一度も彼女を作ったことがなかったのだから。そういう類いの噂はいくつも経ったけども、結局は跡部が遊んでいるだけだった。
「おい待て、跡部!」
宍戸が呼び止めると真っ先に名前が振り向く。その瞳はあの頃と同じ、不安しか映っていなかった。
「どういうことだ」
「どういうことも何も、見りゃわかるだろうが」
「お前が名前を無理矢理言いこめたんだろ!」
「あーん?くだらない言いがかりつけんじゃねえよ。なあ、名前?」
跡部が名前の腰を抱き寄せる。名前は俯いて顔を背けるだけだ。俺達は真実が知りたかった。宍戸も俺も、まだ信じているのだ。名前が跡部と付き合うはずがないと。
「亮、私は」
――跡部くんと、付き合ってるの。
鈍器で殴られた気分だった。あれだけ散々な目に遭いながら、名前はまだこいつを好いていたというのか。
「これでわかっただろ。人の恋愛に首突っ込むんじゃねえよ」
「名前、本当なのか?こいつに脅されてるんじゃねーのか?」
宍戸は半信半疑で名前の肩を掴む。嘘だと言ってほしかったのが本音だ。何せ宍戸は、名前のことを。
「ごたごたうるせえやつだな。それとも何だ宍戸、お前もこいつのことが好きだったのか?」
外野がざわつく。昔からそうだった。痛い目に遭いながらも跡部を好いていた名前が宍戸は好きだった。あまりにも報われない一方通行だ。臭い台詞の一つでも吐けば名前の宍戸を見る目は変わったかもしれないのに、変わることをこいつは恐れていた。四人はずっと一緒だった。それがこいつの根っからの優しさだということも俺とジローはわかっていた。
「それなら惨めったらしく止めるのもわかるよなあ?『あの頃』から好きだった女が俺のものになった。当然勝ち目なんてねえ」
それなのに、なあ跡部。
「いい加減に、しろよ…っ!」
何でお前がそんな顔してんだよ。
「お前、あいつらの幼馴染みらしいな」
「う、うん…そうだよ」
名字の第一印象は陰気臭かったのを覚えている。その女が何故宍戸や向日と和気藹々としていたのかも俺からすれば謎でしかない。
「可哀想にな。お前みたいなブスがついて回るせいであいつらは友達の趣味が悪いだの何だのと言われてるってのに」
初めてブス呼ばわりした日は向日とジローが俺に軽く注意を促した。初めて名字を泣かせた日は宍戸の奴が血相を変えて生徒会室に怒鳴り込んできた。どいつもこいつもこの女を庇った。そこまでむきになる意味が理解出来なかった俺は飽きた玩具を投げ捨てるように名字に構うのをぱったり止めたというわけだ。気付けば名字という女はこの学園からいなくなっていた。
「跡部、お前はチームメイトだ。仲間だと思ってる。だが、名前の件だけは絶対許さねーからな」
そんなにもあの女が大切か。俺に楯突いてまで守りたい女なのか。何もかもが気に入らない。だから壊してやりたかった。好意にも気付いていた。都合がいい、利用してやろうと思った。
「お前、俺様のことが好きなんだろ?」
「そ、そんな…」
「宍戸から話は聞いたぜ?――なあ、」
付き合ってやろうか。我ながら腐った性根だ。期待に揺れる眼差しが絶望に変わる瞬間を嘲笑っていた。
「なんて、あるわけねえだろブス」
お前がいけないんだ。俺の、俺達の領域に入り込んできたお前が。だからもう二度と這い上がれないよう、忘れられないような杭を打ち込んだ。彼奴の純粋さを踏みにじってやった。
「大嫌い…!」
痛くも痒くもなかった。もう二度と干渉しなければ、俺の目の前から消えてくれさえすれば。いつまでも俺を悪役にしてくれるな。そしてお前はこの学園から、この日本から消えた。なのに、どうして戻ってきた?
「もう…やめて、亮」
宍戸の拳を俺の代わりに受けたのは名字だった。ギャラリーが騒めく。呆然と立ち尽くす宍戸、痛ましく唇が出血する名字。なるほど、俺を庇ってまた悪役に仕立て上げようというわけか。
「名前、なんで、お前」
「何も脅されてないから、本当に。私がずっとこの人を好きだったの知ってるでしょ、ね?」
そう言って名字は俺に目配せをして見せた。ああ、そうだ。それでいい、俺は何も悪くない。全てはお前が蒔いた種だ。
「名前、とりあえず保健室行かねーと」
「ありがとう岳人、一人で行けるから大丈夫」
「お、おう、わかった」
名字は割れる人波を抜けてふらりと消えていった。宍戸はその背を見つめ、途端に俺を睨め付けた。懐かしい、その目だ。ついこの間までは忠実に俺の指示に従っていたこいつが、名字の帰国によってまたもや噛み付くようになった。
「あいつのこと、また泣かせたら今度こそ許さねーから」
敗者らしい台詞を吐き捨てて宍戸もまた人波に紛れた。そして予鈴が鳴る。鬱陶しいほど群れていた生徒達は一斉に蒸散し、廊下には俺といつの間にやらギャラリーに紛れていたらしい忍足が残る。
「おお、怖い怖い。自分も大概にしときや」
「また遊んでやるだけだ、昔みたいにな」
不細工な泣き面を毎度披露していた女は気付けば雌を匂わせ、涙を堪える度に嗜虐心を煽るようになった。早く壊してやりたい、プライドもかなぐり捨てて足元に縋りつけばいい。もう二度と、這い上がれないように。
20180106
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