貴方の傍に


「………雪」


 頬にあたる冷たいものに驚いて一瞬、目を瞑れば、空を見上げた。
 天から舞い降りてくるのは無垢で純粋だ一瞬で溶けてなくなる夢のような存在。
 私はそれに目を細めてぽつりと呟いた。


 嗚呼、通りで寒いわけだと。


 そっと手のひらを出してみれば、勝手に落ちて消えていくひんやりする感覚。


「またこの季節が来たのね」


 龍之介が貧民街の仲間たちを殺され、単身でポートマフィアに乗り込んだと思ったら、勧誘されてそのまま妹とそちらへ行ってしまった日から三年くらい経った。
 その時も雪が降っていた気がする。


 懐かしいと云えばいいのか、あっという間だったと云えばいいのか、分からない。
 けれど、時は知らない間にすぎていた。
 それが現実で、事実だった。


「ねえ、貴方達が心がないと言っていた人は貴方達の為に敵を打とうとしたわよ」


 もう姿かたちもない。
 仲間だった人達に話をかけるが、返ってくる言葉なんてない。
 この世に居ないのだから当然。

 あれから三年経とうが、言いたくなったんだ。


「ほらね、私の言った通り……心がないなんてことはなかったでしょ」


 彼らの墓はない。だから、天を見上げて話しかけるしか術を持っていないのだ。

 皆は私の話を聞いているかしら。
 本当だったなって笑ってるといいのだけれど。

 そんなことを思いながら、そっと目を閉じて天から注がれる雪を浴びた。


 雪は天からの贈り物なんていうけれど、私は嫌いだ。
 私の大切なものを全て奪っていくのはいつも雪が降る日なのだから。


 両親に貧民街に捨てられた日もそう。
 仲間が殺された日もそう。
 私の大切な人を奪った日もそう。


 散々だと思っても私は今日を、今を生きてる。
 生かされているのだ。

 三年の月日が経っても私の心はあの時から止まったまま。
 前に進めずに、何をすればいいのかわからずに立ち尽くしてるだけ。


 だって、いつも龍之介が前を歩いていてくれたから。


「……どうせなら、私も連れて行ってくれたって良かったのにね」


 私はどっちに対して言ったのだろう。

 死んだ仲間に対して言ったのか、置いていったあの人に言ったのか。自分でも分からなくなってた。


「………何をしている」


 心臓が止まるかと思った。
 また、この声を聞ける日が来るなんて思ってなかったから。


「………ど、うして……」
「聞いているのはやつかれだ」


 もう二度と貧民街こんな場所に来ることは無いと思っていた人が来るなんて誰もしないでしょう。

 私は動揺を隠せなかった。
 それでも変わらないのが、彼だ。冷えきった鋭い目で私を射抜き、ぶっきらぼうな言葉を吐く。

 あの頃と変わらないその目に安堵を覚えた。


「………別に、空を見ていただけよ」
「………」


 眉を下げて微笑みながら、答える。


 ちゃんと笑えているかしら?


 そんな疑問を抱えながら、何でもない風を装いたいたかった。
 未だに貧民街ここにいる自分を同情されたくなかったのかもしれない。

 彼はただ黙ってじっと見つめてくるだけ。
 それがとても威圧的で、空気がピリピリとする。

 嗚呼、それすらも懐かしく感じる私は何処かおかしいのかもしれない。


「で、龍之介はこんな所に何の用?」
「……」


 でも、貧民街に現れたことは未だによく分からない。なぜ、私の前にいるのかも。

 素っ気ない態度で問いかければ、彼はコツコツと音を鳴らしながら、近づいてくる。


「なまえを迎えに来た」
「…………どうして?」


 手を伸ばせば触れられる距離にいる。
 あの彼が、だ。

 その本人はあっさりと要件を言う。
 それもまた私の心を掴む気等ないだろうに。
 私の気など知らずに心踊らせる一言を言うんだ。

 勘違いしてはダメだと頭が警鐘を鳴らすけれど、期待せずにはいられない心。
 頭と心を切り離すのは本当に難しい。

 期待を打ち消すことなど出来ずに私は問いかけた。


「貴様の異能力は珍しい。それに僕の右腕くらいにはなる」


 唯我独尊。
 この言葉がこれ程似合う男等、私は知らない。

 利用するつもりだったとしても、私を探してくれていたことに胸がぎゅっと締め付けられた。

 この想いはもう、手遅れなのだ。


「全く………もう少しマシな誘い文句位学ばないと駄目よ」
「ふんっ」


 呆れたように笑って文句を言っても、龍之介は怒ったりしない。
 これが私たちの関係だったから。

 ただ不満そうに顔を背けはするけれど。


「仕方ないわね……なりましょう、あなたの右腕に」


 昔と変わらないこのやり取りに胸が温かくなる。

 この日のためにここで彼を待っていたのかもしれない。
 だから、私は頬を綻ばせて勧誘を快諾した。


 これから先も龍之介の傍にいれる喜びを胸に。

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