小ネタ帳

此処は、お話に昇華出来なかった小ネタや、これからお話に昇華するかもしれないネタ達を書き留めた、所謂ネタ置き場です。主に、管理人の覚え書き処。名前変換物は*で表記。鍵付きについてはインフォページ参照。


▽『何処にでも居るような私達の出逢いの話。』

▼作業BGM
Aimer『ポラリス』
▼イメージ元
FGOの斎藤一ちゃん(相手の男性キャラ)
▼元ネタ
自分(脚色+捏造大いにアリ)
…そんな総オリジナル一次創作短編なネタ話なる。
一応続編となるお話も書きかけだけど、続き書けるかは私のテンション次第。
▼以下、本文。


【追記】

 特に何も無い、何処にでも居るような平凡な人間であった。
 知らず知らずの間(ま)に周りに流されるように生き、成長し、気付けば大人と変わらぬ程の年齢になっていて、人生の岐路に立たされていた。
周りの誰もが何処かへ就職して行って、どんどん置いていかれるようだった。
そうして、周りの空気に急き立てられて、目の前にぶら下げられた求人情報に取り敢えず食い付いて就職は叶った。
 でも、実際働き始めたら思っていたものとかけ離れていて、職場に馴染めずまま、そう経たぬ内に辞めてしまった。
学校からの推薦先だった。
せっかく得られた貴重な就職先だったのに。
親には申し訳ないと思った。
 そうやって再び就活生となった私は、心の傷も何も癒えぬまま、また周りに急き立てられるようにハローワークへと向かった。
でも、やっぱり心の奥底では、“こんなの違うだろ”、“自分が望む人生はもっと穏やかでゆったりとしたものだ”と思えて、歩む足取りを遅らせていった。

 鈍足な歩みからとうとう立ち止まってしまった私は、橋の上からの景色を眺めた。
海がすぐ近くの場所だったから、季節問わずに潮の匂いがしていた。
 いっそ、此処で死ねたら楽になるだろうか。
そんな思いが過りさえした。
所詮、本当に死ぬ気も度胸も無い癖に。
 死んだら今抱える何もかもから解放されるかな…って安易に考えて、橋の手摺に手を掛けて真下の海の中を覗き込んだ。
その時、片手には携帯を持ったままだった。
独り黄昏るように車通りある道の真ん中辺りで、暫く立ち尽くしていた。
 海を眺めている内に、学校帰りであろう学生さんが数名塊になって背後を通り過ぎて行く。
私の存在など気にも留まらないのだろう。
其れくらい何でもない存在なのだ、私という存在は。
ちっぽけで周りの景色に霞んでしまうくらいの、小さな小さな存在。
きっと、道端に咲く野花くらいの存在でしかないのであろう。
そんな存在がこれから先も生きていたって何が変わるというのだろう。
別に世の為になる訳でもない。
 生きようが消えようが変わらず世界は其処にあり、時間は進み続ける。
其れが、今自分の生きる世界だった。
きっと、こんな小さな悩み、他人が聞いたら『くだらない』と一蹴するレベルの事だ。
もうどうでも良くなってきた気がした。
生きるも死ぬも自分次第で、自分の人生は自分が決めるもので、今もまた誰の支えも無く孤独に人生の岐路に立たされているのだった。
 生きるか、死ぬか。
私の頭にはその二択の選択肢が浮かびふわりふわりと漂っていた。
脳裏に過る、今此処で飛び降り自殺をした場合の先の事を。
上手く行けばそのまま死ねて、あの世行き列車に乗り込むのだ。
そう、此処まで来た道のりのように。
良くも悪くも誰かに助けられて生き延びれた時は、其れだけの事。
自殺未遂を起こした事を警察や親に咎められ叱られて終わるだけ。
その後はまた今と変わらぬ日々を過ごしていくだけだ。
 さて、何方を取るか。
その時の私にはそんな二択だけしか脳裏に無かった。
死ぬなら最後、電話なりメールなり誰かへメッセージを残して死のう。
生きるなら、このままの足でハローワークへ向かおう。

 一際強い風が吹き荒び、バタバタと炉端に立てられた旗を揺らした。
一つに括っただけの髪がぐしゃぐしゃに掻き混ぜられる。
まるで自分の心情を映したみたいな風景であった。
ただ、道端の端で佇み、黄昏る。
 何でもない事だと思った。
こうして、独り人生の岐路に立たされて、生か死かの二択だけしか選べなくなっているのは。
誰にだってある事なのだ。
だから、自分だけが特別な話じゃない。
 そうして、誰にも認めてもらえずのまま、彷徨い続けて、流されて。
何処にも辿り着けぬまま、ゴールも見えずに、生きる道先を見失ってしまった。
何を目指したら良かったのか、其れすらも今やあやふやで曖昧である。
 嘗て幼き子供の頃は、何かしらに憧れを抱いては其れを将来の夢と語っていたっけな。
例え、現実にする気など無い癖に、何となく何かにならなくてはという思いから他人と同じような事を挙げて、語って。
 何ともありふれた陳腐な話だった。
だけども、幼き頃は其れだけで十分だったのだ。
大人になったら、其処に具体性を求められる。
特になりたいものなど、目指したいものなども無かったのに。
 だからと言って、別に子供に戻りたいとも思わなかった。
何故ならば、大人でなくでは出来ない事が沢山あったから。
 そうやって知らず知らず大きくなって、短い学生時代を謳歌して、知らず知らずの内に大きな感情を抱えて生きてきて、今に至る。
本当の気持ちなんて、誰にも言える訳が無かったのだ。
なんたって、自分で自分の事を理解出来ていなかったから。
今だってそうだ。
自分が今何をしたいのかが分からない。
分からなくて、戸惑って、迷って、立ち尽くしている。

 この波打つ心の海の岸辺は何処になるのだろう。
正解が欲しかった。
導きとなる、何かしらの回答が。
優しい言葉が、欲しかった。
咎めでも、厳しい言葉でもなく、ただ優しさの溢れた言葉が。
 段々と涙さえ浮かんできた気すらしてくる。
ゆるゆると歪んでくる視界から、ぽたり、一滴の涙が海へと溢(こぼ)れていった。
其れは小さな小さな粒で、大きな海へ落ちる頃には波に掻き消えて見えなくなっていった。

 ざざん、ざざん、と風に流れていく波音が心地好い。
もうすぐ時間だ。
だけども、足はなかなか歩み出せなくって、まるで足枷が付いているみたく重かった。

 其処へ、不意に誰かの声がかけられた。

「大丈夫ですか?」

 すぐ近くからしたその呼び声に意識を引き寄せられて、視線を眼下の海から外して振り返る。
そしたら、声の主は見知らぬ男の人だった。
自身より一回りくらい歳上の細身で背の高い成人男性だった。
 男は、私に傘を差し出すようにして立っていた。
私は一瞬訳が分からずに困惑を音にして口に出していた。

「えっ………?」

 私のその反応から、あからさまに困惑したような様子が見て取れたのだろう、男は慌てて言葉を付け加えるように口を開いた。

「あっ、いきなりすみません…!もしかして傘持ってないのかと思って、困ってるのかなって……っ」
「え…な、何で傘、なんですか…?」
「え?や、ほら、今日って雨が降る予報になってたから…其れで」

 確かに、男が言うように、今日の天気は『曇りのち雨』で、降ったり止んだりする不安定な気候だろうと、今朝見たお天気お姉さんが言っていた。
だから、傘を差し出してくれたのだろうか。
まだ雨は降り始めていなかった筈なのに。
 私は不思議に思いつつも、男に対して「有難うございます」と短く感謝の言葉を述べた。
男は続けて、私を気遣うような言葉を告げる。

「良かったら近くまで送りますよ。行き先はどちらまでですか?」
「え、っと…すぐ其処のハローワークまで……」
「分かりました。では、彼処のハローワークまでお送りしますね」
「や、でも…そこまで迷惑をお掛けする訳には…っ、」
「気にしないでください。自分は、今日はもう仕事を上がった身ですんで特に急ぎの用事とか無いんです。なので、自分の事はお気になさらず、こうして貴女と出逢えたのも何かの縁なんですから、送らせてください。変な世話焼きで有り難迷惑だったら申し訳ないですが」
「そういう事なんでしたら…じゃあ、えと、本当少しの間だけですけど、宜しくお願い致します…」

 男のせっかくの申し出を断わるのも何だか悪い気がして、何となく断れなくて、半ば圧し切られる形で頷く事となった。
 取り敢えずは御礼と称してぺこりと頭を下げて、男の差し出す傘の下へと控えめな態度で入った。
傘の中へと入ったところで、男から徐にハンカチを差し出されて、私は再び訳が分からず戸惑った風な態度を返した。
すると、男は控えめな笑みを浮かべてこう言った。

「良かったら、どうぞ使ってください」
「え……っ」
「頬のところ、濡れてますよ。気付いてなかったですか?」

 此れは、雨に濡れた訳ではなく、涙が出たせいなのだが…本当の事を言える空気でもなかった為、適当に頷いておく事にした。
だけれども、申し訳なさからなかなか受け取れずにいると、男は慌てて言葉を付け足すように述べた。

「あっ、あの、別に使用済みとかで汚ないハンカチじゃなくって、ちゃんと綺麗な物ですから…!その点はご安心くださって大丈夫ですんで!」
「え?あ、や、そういう事じゃなかったんですけど…っ、その、変に勘違いさせるような態度取ってしまってすみません…っ」
「や、其れこそ気にしないでください…!自分の方こそ下手な世話焼きしてしまってるだけなんで…!あの、迷惑とかだったら遠慮無く仰ってくださって結構ですから!!」

 なかなか受け取らずにいると、男の方が申し訳なさそうにしながら謝ってきて、双方ペコペコと頭を下げ合っているという可笑しな光景になってしまっていた。
其れが、どうして、何だか可笑しく思えてきて、今日初めて笑えてしまった。
クスリ、と小さな含み笑いだが、私が控えめにも笑顔になると、男も何処かホッとしたような嬉しそうな顔をして笑った。
 笑うと、男は少し幼く見える、そんな顔になった。
何処となく親しみやすいような、そんな風な感覚を覚えた。
私は男が差し出すハンカチを受け取って礼を述べた。

「有難うございます。お言葉に甘えて、使わせて頂きますね」
「どうぞどうぞ…!もし良かったら、そのまま貰ってくださっても構いませんから…っ!」
「え、や、流石に其れは申し訳ないですから…!きちんと洗ってお返ししますので…!」
「いやいやっ、本当気にしなくて構いませんから…!どうせ其れ、百均とかで買ったやっすいヤツですから!どうぞ貰ってってくださって大丈夫です!自分、男なんで、ハンカチとか持っててもあんま使わないんすよね!!だから、良かったら貰ってください!!洗って返すとかの面倒掛けるのも申し訳ないんで…っ!!」

 何とも潔い男である。
こうまで言われては受け取らざるを得ない。
 さっきと同じように半ば圧し切られるような形で頷くと、再び「有難うございます」との感謝の念を伝えた。
すると、男はやはり安堵したような顔で笑うのだ。
良かった、受け入れてもらえた、と言わんばかりの表情で。

 そうして私は男の傘の下に入れてもらう形でハローワーク建物の屋根の下まで辿り着いた。
駅から此処までそう時間の掛からぬ距離であった。
その距離の真中でずっと燻るように立ち尽くしていた自分は、一体何をしていたのだろうなぁ。
ちょっとの距離も進めず、燻って、何となく海を眺めたりなんてして約束の時間ギリギリになるまで目的地に向かわずに居たなんて。
親に話したら何て言われるだろうか。
きっと何も言われないだろう。
『何してんの』という言葉以外、かけられる言葉は無い筈だ。
其れだけくだらない真似をしていた自覚はある。
 目的地に辿り着いた先で、ぱらぱら天(そら)から小粒の雨が降ってきた。
小雨程度の雨だったから、仮に降られたとしてもあまり気にならずにそのまま歩いて行けたくらいのレベルであったが。
男は降り出した雨に安堵の声を洩らして呟いた。

「嗚呼、良かった、本降りにならない内に目的地までお送り出来て…っ。傘、持ってなかったら濡れちゃうところでしたね!」
「そう、ですね…。実のところ、折り畳み傘くらいは持ってたんですけど…今更言い出すのも何か申し訳なくて、言い出せませんでした。せっかく言い出してくれて、親切に此処まで送ってくださったのに…其れを台無しにするみたいな真似をしてしまって、すみません…っ」
「え!傘、お持ちだったんですか!?其れなら、自分要らないお節介でしたね!!見知らぬ男がいきなり声かけただけに飽きたらず、余計なお節介まで焼いちゃってすみません…っ!!あの、お気に障ってたりしたら、本当に申し訳ないです…!!」
「あ…いえ、申し出自体は純粋に嬉しかったですから…っ。その、此方こそ、名も知らぬ見知らぬ私なんかに親切にしてくださって、有難うございました。今度また何処かでお逢い出来る機会がありましたら、御礼させてください」
「えっ。や、御礼なんてそんな、自分は大層な事してませんから、お気になさらず…!あ、でも、礼儀として、名前くらい名乗っとかないとマナー違反ですよね…?ちょっと待ってください、確か、胸元の内ポケット辺りに会社の名刺があった筈……っ、」

 そう言って男は背広の胸元の内ポケットを探って名刺入れらしき物を持ち出し、中から取り出した一枚の名刺をご丁寧にも私へ差し出してきた。
私は其れを呆然と見下ろし、名刺と男の顔とを交互に見つめた。

「会社の名刺ですみませんけど、自分はこういう者です。もし、何かあれば、明記してある連絡先にご連絡ください。すぐに駆け付ける…なんて格好良い事は言えませんけど、でも、連絡さえ頂ければ、話とか出来ますし、相談とかにも乗れますから。思い出した時とかで良いので、何かあれば其処に電話ください」

 そう告げてきた男の顔は何処か真摯な色が窺えて、たぶん、きっとこの言葉は信用して良いものなのかな、と思えた。
私はおずおずと手を伸ばして、男の差し出す名刺を受け取った。
ごくごく普通に何処にでもありそうな普遍的な名刺であった。

「それじゃあ、自分はこれで…!帰り道もお気を付けて!」

 男は名刺を渡し終えるなり、用は済んだとばかりに踵を返して颯爽と手を振り去っていった。
その別れの挨拶に何も返さずのままも悪かろうと思い、当たり障り無い形で思い付きの台詞を口にして返した。

「あの、本当、色々と有難うございました…!」

 私の遅れて言ったその言葉に、男は親切にも振り返り様手を振り返して受け答えてくれた。
本当に優しい人であった。
偶々逢ったに過ぎない人であったが…其れにしても随分と優しい人であった。
 時間にして寸分程だろうが、暫く呆然と男の去っていった後をずっと見つめたまま立ち尽くしていた。
そうして、ふと雨の降る音が強まったのに気付いて、手に持ったままだった携帯の画面に映る時間に目を落としてハッとした。

「やばっ…!もう約束の時間じゃん!!急いで受付に行かなきゃ…っ!」

 慌ててその場から動き始めて、建物内へと駆け込んで行った。
幸い、約束の時間にはギリギリにも間に合い、受付に苦情を言われる事も無く、用事を済ませる事が出来た。

 新しい求人表を手に用を済ませ、建物内から出る頃には雨は少降状態だったのからすっかり上がっていた。
ぽつり、ぽつり、軒先から滴る雨滴を見つめて、これなら折り畳み傘を出さずに済みそうだな、と空を見上げて思う。
 私は駅までの短い道のりを歩き出し、帰路を目指す。
駅の改札を通る際に、スマホケースのポケットから帰りのチケットを取り出して気付く。
あ、そういえば、あの時慌てて急いで手に持ってたスマホのケースに適当に仕舞ったんだっけ、と…。
チケットを入れていた場所と同じ場所に仕舞っていた彼から貰った名刺の存在に改めて意識を傾けてから思う。
そういや、相手は名を名乗る代わりに名刺をくれたが、自分は礼は述べども名乗る事はしていなかったな…と。
名乗る隙すらも無く、その余裕も当時持っていなかったのが一番の理由であったのだが、其れにしても何も名乗らないままは良くないだろうと己の行動を見返し、一人反省した。
 取り敢えず、今は家に帰るのが先だが…後から電話をかけたところで果たして出てくれるだろうか。
見知らぬ番号から掛かってきた場合、今時無視を決め込むパターンのが多いだろう。
 一先ず、家に帰り着いて一息吐ついてからでもゆっくり連絡してみよう。
出なかった時はその時だ。
今度もう一度掛け直してみて、其れでも出なかった場合は其れまでと決めて諦めよう。
 もし、運良く繋がったら、上手く伝えられるかは不安だが、今日の御礼を改めて述べてから気持ち程度だが御礼をしたいと伝えよう。
そうして、また逢えたら、今度こそきちんと面と向かって御礼を言おう。
偶々通りすがりに逢ったに過ぎないだろう私なんかに優しくしてくれて有難う、と。

 ―其れが、私と彼との初めての邂逅であった。

執筆日:2021.10.30

2021/11/01(09:06)

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