小ネタ帳

此処は、お話に昇華出来なかった小ネタや、これからお話に昇華するかもしれないネタ達を書き留めた、所謂ネタ置き場です。主に、管理人の覚え書き処。名前変換物は*で表記。鍵付きについてはインフォページ参照。


▽大天使ミカエル・V。

長文過ぎるあまり一つの容量に収まり切らなかった為、三分割したなる。
此方は、その内の三つ目。早い話が、3/3ページ目。
▼以下、小説本文続きなる。


【追記】

「私の気が変わらない内に入って。但し、さっきみたいに騒ぐようなら即刻叩き出すわよ。変な真似しても110番して通報するんだから……その準備はいつだって整ってるからそのつもりで。あと、私の私生活に文句付けようもんなら同様に容赦無く叩き出すから。最低限のルールは守ってね。以上、話は一旦終わりね〜。私、リビングの方で待ってるから、私がまた癇癪起こす前になる早で宜しく頼みます事よ」
「嗚呼、漸く招き入れてくださるのですね……! 良かった! やっと貴女を直接触れる事が出来る……っ!」
「ちょっと、余計な真似した瞬間に110番通報するからね? 其れは覚悟しといてよ!」
「ふふふっ……分かりました。では早速、キッチンの方をお借りしますね?」
「どうぞー」
「一応、冷蔵庫の中を拝見しても……?」
「別に構わないけれど……大した物入ってないからね? 私、料理すんの苦手だから、大抵出来合い物頼りだし……」
「そんな事を仰いますが、必要最低限くらいの食材くらいは入っているのでは…………」
「夢見てるとこ悪いけど、マジで今は何も入ってないから。昨日は疲れててコンビニ飯で済ませたし、買い出しも大抵週末の土日で纏めてになるから、これから行く予定です」
「…………来栖、貴女普段何食べて生活してます?」
 リアルに本気で私生活を心配されたというか、物凄く不安げな顔をして振り返られ、思わず口ごもった。普段何食べて生活してるかって……そんなの分かり切っているだろう。料理苦手な女が日々仕事に忙殺して疲れて帰宅したら、スーパーやコンビニで買ったお惣菜やお弁当、もしくは冷食頼りである。最低限米ぐらいは炊いていたりはするが、料理という料理はほとんどした事が無い。よって、私の暮らしているワンルームに付いているキッチンは至って綺麗さを保っている。
 この短時間で其れを察したらしき彼が重長い溜め息を吐き出して、居間へ向かおうとしていた私の両肩を掴んで言う。
「来栖……これからは私が毎日食事を用意して差し上げますから、どうか今すぐその心配でしかない食生活をやめてください」
「うわ、コレ、絶対ガチなヤツやん……っ。そんな引かせるような生活してるつもり無かったんですけど……何か御免なさい」
「大丈夫です。来栖は気にしないでください。来栖は、日々お仕事で多忙にしてらっしゃるのですから、他の事が疎かになってしまっても仕方がない事なのです。女性の一人暮らしは何かと大変ですからね……。大丈夫です、これからはずっと私が貴女の生活をサポート致しますから、安心してくださいね」
「何一つ安心出来る要素が無いんですが??」
「ご安心を、お仕事へ行く際に持っていくお弁当だってご用意致しますよ。何でしたら、貴女が不在の間、家事を片付けておく事だってしておきます! ねっ、良い条件でしょう?」
「いや、だから、何サラッと同居するみたいな流れになってんだよ、意味分かんねェーよ巫山戯ふざけんな」
「何度も言いますが、私は貴女の事が心配でならないのです……っ」
「ソレ、重度なストーカーと同じ事言ってる……っ、」
「私はもう二度と貴女を失いたくないから言っているんですよ」
 急な真面目なトーンに黙らざるを得なくなり、空気を読んで口を閉ざすと、彼はとてつもなく悲しげで辛そうな顔を浮かべて再び口を開いた。
「すみません……嘗ての事を知らぬ今の貴女に言っても、訳が分からない話でしたよね……っ。下手に混乱を招くような事を言って申し訳ありませんでした。其れと、これまでちゃんとした手順を踏まずに強引に無理矢理迫るような真似をして、すみませんでした……。改めて、謝罪致します……っ」
「……ねぇ、ミカエル……私の気のせいじゃなかったら、このところずっと夢に見ていた“天使様”も、貴方なんじゃない……? 加えて、夢でも貴方似たような事言ってたと思うんだけど……。あと、夢で私の事を呼ぶ時、“クロノア”って呼んでたけど……アレ、どういう事なの……? もしかして、貴方がそんな反応をするのは、その人との何かが原因なんじゃないの?」
「……後で、全てお話し致します……。ですが、その前に、先に貴女の食事を作らせてください。何時いつまでも貴女を空腹のままで居させる事は出来ませんからね。今、手軽で簡単な物をご用意致しますから、来栖はリビングの方でお待ちになっていてください。すぐにお持ち致しますから」
「分かった。じゃあ、お茶飲みながら待ってるから」
「えぇ」
 取り敢えず、何も食べないままは良くないし、何か食べねば何も始める事は出来ない。そんな訳で、成り行きでミカエルが私の食事を作ってくれる事になった。
 一人暮らしのワンルーム内に、自分以外の誰かが居る気配がするのは、久し振りの事だ。座椅子に凭れ掛かりながら、静かに台所から漏れてくる調理音を聞いて思う。
 暫しお茶を飲みつつスマホで電子小説を読んで待っていたらば、食事を作り終えたらしい彼がお皿を持ってやって来た。
「お待たせしました……! どうぞ、ハムとタマゴで作ったサンドイッチです! 付け合わせに、この家にあったインスタントのスープをお付け致しました。間に合わせで作ったので、本当に簡単な物で申し訳ないのですが……っ」
「わぁっ、本当に短時間でこんな素敵なちゃんとした御飯が出て来た……! 美味しそう!」
「どうぞ、出来立てを召し上がりください」
「有難う、ミカエル! 頂きます……っ!」
「貴女の事ですから、朝は軽めしか召し上がらないだろうと思いまして……軽食として、サンドイッチに。ハムとタマゴなら、好き嫌い無く食べて頂けるかなぁと」
「うんっ、大正解……! 此れで、もしトマトなんて入ってたら無理だった!」
「ふふっ……貴女は昔からトマトが苦手でしたもんね。そういうところは、今も昔とお変わりないようで安心しました……」
 不意に零された彼の本音に、私は食べる手を止めて、口の中の物を飲み下してから口を開く。
「さっき中断した話、してくれるんだよね……?」
「えぇ……ですが、話をする前に、何か飲み物を用意しても? 全てをお話しするとなると、それなりに長くなりますので、飲み物を飲みながらでないと少々辛くなってしまうかと……」
「珈琲とかで良いなら、其処の戸棚の一段目にあるから、好きに飲んで。電気ケトルはキッチンね」
「有難うございます、来栖。では、少し失礼して、戸棚の中を物色させて頂きますね」
「言い方ァ……ッ」
「ふふっ……でも、事実ですから」
 そう言って、教えた通りの戸棚からインスタントの珈琲瓶を見付け出しようで、いつの間に用意したのかマグカップへと注ぎ、向かいの席へと戻ってくる。
 準備は万端と、改めて話をする流れとなった。
 彼は、些か緊張した面持ちで面を上げた。
「それでは、これまで私が長らく秘めてきた想いを、全て包み隠さずお話し致します……っ。前以て言っておきますが、これから私が話すのは、全て事実のお話です。貴女にとって、きっと信じられないような話となるでしょうが、どうか信じて耳を傾けて頂きたい……。何故ならば、これから話す事について、貴女も当事者となるからです。現実的に考えれば、信じ難い話です……其れでも、聞いてくださいますか?」
「何かよく分かんないけど、分かったから……兎にも角にも、今に至るまでの理由全部話して」
「分かりました……。では、お話し致しましょう。私と貴女が出逢うに至った全てを――」
 彼はそう真面目な声音で語り始めた。
「まず、私がどういった存在かを明かしますと……ひとえに言って、天使です。嘘などでは無く、本当の事ですよ? 天界より与えられし称号は、“大天使”……恐れ多くも光栄な事ですね。また、私にはかねてよりお慕い申しておりました女性が一人居りまして……その方の名を、“クロノア”と言いました。彼女は、時を司る神“クロノス”の娘でした。神の娘であるからには、彼女は生まれながらに女神の称号を持っておりました。故に、本来ならば、そんな神聖たる方と私なぞが結ばれる事など叶う筈も無く、また身分差から許されざる事でありました……。けれど、私は或る時彼女に恋心を抱いてからずっと、彼女を愛してきたのです。許されざる事ではありましたが、私と彼女は密かに想いを交わし、誰にも内緒で隠れて交際を始めました。其れから幾らか経っての出来事です……。愛する娘が身分違いの恋をしている事に腹を立てたのでしょう、父君であらせられるクロノス様は彼女を監獄したのです。加えて、相手の男に嫉妬したのでしょうね……。その後、彼女は神の怒りを買い、無惨にも殺されてしまったのです……。私が、職務中により、天界を離れている時の事でした……。私は、任務を終えて上司よりその話を聞かされてすぐに、彼女が最期に閉じ込められていた監獄の場所へと向かいました。其処で見た、憐れで痛ましい彼女の亡骸の姿は、今も尚忘れる事が出来ぬ程脳裏に焼き付いています……っ。あまりの見るも無惨な光景に、私は慟哭という名の発狂状態に陥りました。其れから数ヶ月の記憶は朧気ですが……同僚の話によると、その間の私は魂を失ったかのように脱け殻状態で、ひたすら死に物狂いで仕事に明け暮れていたと聞いております……。きっと、そうでもしないと、己を保って居られなかったのでしょう……。――まだ話は続きますが、此処までの時点で話に付いて来られていますか?」
「……ごめっ……いきなりの情報量にちょっと脳内処理追い付いてないけども、大方の流れは理解したわ……。続けて」
「では、その後の話に移りますが……。先程お伝えしました通り、私が恋慕っていた方は、神に名を連ねる方でした。神という存在は、死した後、どういう形であれ輪廻の理により転生し、この世へ別の存在として生まれ変わります。其れに掛かる時間は、何年という易い時間で成る事ではありません……。何十年なんてザラの事、何百何千年という長き時を掛けて次の魂へと転換されるのです。故に、私は今一度愛しき彼女に逢いたい一心で、永らく待ち続けました。待って、待って、待ち続け、あちこちを彷徨い探し続けた果てに、やっと貴女という存在を見付けたのです。……此処まで言えば、もう言わずとも分かるでしょう?」
 彼が、或る意図を以てして私の事を真っ直ぐに射抜く。次いで、夢で見た時のように、恐ろしく美しい笑みを浮かべて、彼はこう言った。
「来栖……貴女こそが、私が永らく探し続けた愛しの君……クロノアの生まれ変わりなのですよ。また再び逢える時をれ程待ち侘びたか……っ。もう、夢だなんて世界の中でなくとも逢えるんです! また、貴女という存在に触れる事が出来る……! 貴女という温度を感じる事が出来る……っ! 此れ程にまで幸福な事はありませんよ!」
 彼が宝石の如く美しき蒼眼に涙を湛えて紡いだ。
「貴女と初めてお逢いしたあの日……私は歓喜に打ち震えました。ですが、今の貴女と私は初対面に等しい。故に、私は初対面の人間らしき立場を装って貴女と接触しました。本当は、人間には安易に関わってはならないと、規則により天界に止められていたんですがね……っ。あんな危なっかしい場面に出会でくわしてしまえば、手を差し出さざるを得ないでしょう……! だって、誰も助けなければ、最悪貴女はあの場で大変な怪我に見舞われていたかもしれないのですから……!」
「もしかして……其れで、二度目に逢った時にあんないきなり激昂というか、怒鳴り声を上げたの……?」
「あの時は本当にすみませんでした……っ。まさか、連日、其れも二度にも渡って危うい場面に出会すとは思っていなかった為、居ても立っても居られず……っ。加えて、貴女が自分の身を省みないような発言をするものですから、つい、己の琴線に触れまして……其れで、大声を発して怒鳴るように言ってしまったんです……。その節は、本当にすみませんでした……」
「あっ、や、良いってば……! その点については、もう気にしてないからさ……っ! 私なりに、あの時の事は、貴方の反応を受けて、“嗚呼、この人はもしかしたら過去に何かあったのかな……だから、そんな反応しちゃったのかな?”って感じに思ってたから。その、私の方こそ、諸々の事情知らなかったとは言え、大変心臓に悪い真似しちゃって本っ当に御免なさいね……ッ」
「本当にね! れだけ私が肝を冷やしたとお思いですか!? 幾ら貴女が神の怒りを買ったせいによる代償という名の呪いをその身に宿していようとも、もう少し慎重に行動出来る筈でしょう!? ただでさえ、我々天界の者と違い、人間として生まれてしまった貴女の身は脆いのです!! 大事にしてもらわねば、ずっと探し求めてきた私が困るのですよ!! 例え、貴女自身・・・・には無関係であろうとも…………っ!!」
 その一言で、彼がこれまで一応の線引きをしてきた事を理解した。彼は、一応は理解していたのだ。自身が追い求めたのは彼女……“クロノア”の魂その物であって、私という人間は彼女の生まれ変わりでしかない事を。故に、現実と夢との狭間で、彼は揺れ動いていたんだろう。愛しき彼女を手に入れたい、けれども、私の意思を尊重したら、其れはあまりに身勝手且つ残酷だ。何故ならば、前世の魂の事など、今を生きる・・・・・私には全く関係が無いから。 だから、せめてもと彼は線引きをし、夢枕に立ち、夢の中でだけ関係を再構築した。しかし、恐らく何千何万という長年蓄積してきた想いが暴走して、諦め切れずに現実の私をも求めるようになってしまったのだろう。何と複雑で重い話なのだろう……。
 けれど、彼の言葉と態度に嘘八百を並び立てている様子は見受けられなかった。もし、此れ等全てが演技で、ただの重度で電波なストーカーの作り上げた物語ストーリーだとしたら、何て馬鹿げた話で迫真の演技であろうか。そんな能力があったら、んな無駄な事に発揮してないでもっとちゃんとした事に使えと罵っただろう。だが、今の話は全て真実である事は分かっていた。そうでないと、辻褄が合わない出来事が山程あるからだ。
 第一に、連続して同じ夢を、またその続きを見る事なんて、普通有り得ないだろう。夢の話も現実の話とリンクしていたならば、頷ける事が沢山あるし、今に至るまでの説明が付く。つまりは、初めからそういう事だったのだろう。
 話の合間に食べ終えたサンドイッチを、コップにいでいたお茶で流し込んで、作ってもらった事の感謝を告げるべく手を合わせて“御馳走様”をした。
「何はさておき、御馳走様でした……! ミカエル手作りのサンドイッチ、とっても美味しかったよ! 急な事とは言え、わざわざ私の為に作ってくれて有難うね」
「あぁ……いえ、喜んで頂けたのでしたら、作った身としては嬉しいですから。此方こそ、綺麗に完食して頂き、御粗末様でした……っ」
「来栖真希である私にとっては、今のこのサンドイッチが、貴方が作ってくれた料理で初めて口にした物だけれど……話を聞くに、貴方が好いていたって言うクロノアさんは、きっともっと沢山の味を知ってたんでしょうね……」
「という事は……今までの話全てを信じてくださるんですか……?」
「ミカエルは、今の会話の流れでずっと嘘いてなかったもん……。これまでの接触の際の時の事は、全部本当の事が言えないからこその遠回しの言葉であり態度であったとするなら、頷けるしね。此処に来て最初、色々と暴言吐いちゃって御免なさいね? もし、最悪なパターン、マジのガチで質の悪いストーカーだった場合の事考えたら、私なりの最大限の厳戒体制を取らざるを得なかったから……っ。傷付けてしまってなら、謝るわ……っ」
「ッ…………!! 貴女って人は……どうしてこうも優しいのでしょうね……っ。死して尚、私を怨むでも無く、転生する事を受け入れ、再びこの世に生を受けた……。そして、またとなく私に優しい言葉をかけてくださるのですから……っ、先程のような些細でちっぽけな事くらい、とっくに許しているに決まっているじゃないですか……! 寧ろ、嘗ての罪をも告白し、また更に貴女へも犯した許されざる罪をも告白した上で、貴女は私を許し受け入れてくださると言うのですか?」
 彼の必死な問いに、私は真摯に向き合って告げた。
「許すも何も……私は初めから貴方の事を拒んではないよ。そもそも、今しがたの話を聞いて、貴方を軽蔑したりとか責めたりとかの感情も湧かない。だって、一応は私と彼女に対する線引きはしてくれていたんでしょう……? だから、貴方はこれまで無理強いを図る事は無く慎重に接してきた……違う?」
「……いえ、大方合っています……」
「だから、私は私として判断して、貴方は貴方だという事を尊重します! 逆に、本当の本当に長い間探し求めてきた相手が、私みたいなんで申し訳なくなるくらいなんだけどさァ……っ」
「何を仰いますか……! 今も昔も、貴女という人は、とても素晴らしき人です……っ!! 申し訳なく思う必要はございません! だって、今も変わらず貴女はこんなにも私の胸を締め付けて離さないのですから……!!」
 テーブルへ勢い良く手を付いて身を乗り出して言う彼の盛大な告白に、驚きを通り越して憚らずに顔を赤らめてしまった。そんな情熱的な台詞、生まれてこの方一度も言われた事など無いのだ。羞恥のあまり咄嗟に顔半分を手で覆い隠したが、今更遅いだろう。
 すぐ側へと近付いてきた彼が静かに問いかけてきた。
「あの……今一度、貴女をこの身で抱き締めても良いですか……?」
「え…………っ、な…で今……?」
「今しがたの貴女の反応を見て、希望という名の可能性を見出だしたからです」
「か、可能性て……何の…………っ」
「おや、敢えて言わせるのですか……? 貴女が聞きたいと仰るのなら、構いませんよ。改めて言いましょう……。私は、今も昔も変わらず貴女という魂を愛しています。そして、今私は、魂だけにではなく、来栖……貴女自身にも恋をしています。私の愛を受け取って頂けますね……?」
 極上の笑みというやつなのだろう、確信を持っての問いかけに、私は首を小さく縦に振るという返事しか返さざるを得なかったのだった。途端、幾度と夢で見てきたように熱い抱擁を受けた。私よりも遥かに大きな体いっぱいで包み込まれるみたいに、全身全霊で抱き締められる。最早、言葉なんて要らなかった。彼という存在その物が、全身で愛を伝えてくるのだ。『貴女が愛しい、貴女が恋しい、貴女の側に居たい、貴女が好きだ、貴女を離したくはない』と言う風に。
 堪らず胸がいっぱいになった。こんな風に誰かに想われた事など、人生において一度だって無い。きっと、今も尚生きていたならば、彼女もこうして彼に熱く抱き締められていたのだろう。そう思うと、何だか切なくなり、胸が苦しくなってきて、ついホロリと涙が溢れて頬を伝った。その事に目敏く気付いたらしき彼が、少しだけ身を離して腕の中の私の表情を窺い見た。
「泣いて、いるのですか…………?」
「ご、ごめ、なさっ…………。泣くつもりなんて全く無かったのだけど、どうしてだろう……っ。彼女の事を思うと、何だか無性に切なくなってきたというか、悲しくなってきてしまって…………っ」
「……貴女は、私の話を聞いて、クロノアの事を思って泣いてくださるのですね……。有難うございます。今は、そのお気持ちだけで十分ですよ」
「な、何か本当に御免なさ…………っ、」
 思った以上に溢れてきた涙に、泣き止もうと必死に拭っていたらば、その手を優しく握られて、謝罪を口にする唇を封じられた。温かで柔らかな熱が、私の唇を優しく塞いでいる。その事実に遅れて気付いて、私の脳内はオーバーヒートした。
 まるで石像のようにピタリと固まって動けなくなった私の唇から離れて、彼は悪戯な笑みを浮かべて笑った。
「其れ以上謝罪の言葉を口にしようものなら、今以上の事で貴女の口を塞ぎます。良いですね……?」
 良い子に分からせるみたく唇へ人差し指を押し当てて言ってきた彼の台詞に、私はただひたすら首を縦に振らざるを得なかった。その必死な反応に、彼は少しだけ残念そうにクスリと笑って指を離した。
 そして、改めて口を開いて言う。
「来栖……貴女を一目見た時から、私は愛おしいと想いました。神に誓って言います……私、ミカエルは、この身全てを以てして、貴女の事を愛します。ですから……どうかこれからも、私をお側に置いてくださいね?」
「ッ…………ハ、イ…………私、も……少なからず、貴方の事を、想っています…………っ」
「嗚呼っ……! その言葉をずっと私は聞きたかった……!! 嗚呼、愛しの人来栖……いいえ、真希、私は貴女の事が大好きです……! もう二度と手放しはしません……っ!! 貴女が死ぬ最期の時までずっと一緒です……!! 今度こそは、二人共に幸せになりましょう……っ!!」
 彼の言う愛の告白の一部分が、ちょっとアレな感じでツッコミたいところではあったが……今其れをしては、水を差してしまう事になるだろう。そう思って、内心滅茶苦茶ツッコミたい気持ちではあったものの、そのまま彼の腕の中に大人しく収まっておくに留めるのだった。
 少しばかりの間、彼の腕の中で彼の体温を感じる事、数分間。そろそろ流石に動いても良いだろうと思い、彼の胸を押し返そうとしたのだがびくともしない。よって、代わりに何時いつぞやの如く背を叩いて訴えると、肩口にうずめるようにしてくっ付いていた彼が漸く顔を上げて応じてくれた。
「あの……ミカエル……? そろそろ離れてもらっても構わないかしら? いい加減私も動きたいというか……端的に言って恥ずか死にそうなので、マジで離して頂きたいのですが……っ」
「申し出は分かりましたが、丁重にお断りさせて頂きます」
「何故ゆえ!?」
れだけの間、私が我慢し続けたと思っているんです……? その期間に比べれば、少しくらいの抱擁など構わないでしょう?」
「いや……もうかれこれ数分間はずっとこの状態だから……いい加減私は体勢を変えたいのだけど……」
「では、こうしましょう。私が座った上に貴女を抱きますので、そうすれば今の体勢と比べて楽になるでしょう?」
「いや、悪化しとるやん?? せめて、食べた食器くらい下げたいのですけど……っ」
「其れは後で私がしておきますので、貴女は今は私を構ってください」
「盛大な甘え……! 唐突なデレにどう対応したら良いのか分かり兼ねるのですが……っ!?」
「貴女はただ、私に抱き締められていれば良いのです……。貴女が今こうして生きている事を全身で以て感じさせてください」
 そんなん言われたら許す他無いですやん……っ。黙って彼に横抱きでお膝の上へ抱え込まれて、再び力一杯抱き締められる。もう抵抗する気力も起きない。恥ずかしいが、仕方なく現状を受け入れるしか無いようだ。私は控えめに溜め息をいて、彼の身へと腕を回した。
「大人しく貴方からの愛を享受してる代わりに、今からする質問に答えて欲しいのだけど……さっきミカエルが言ってた、“神の怒りを買ったせいによる代償という名の呪いを宿してる”って……一体どういう事? もしかしてもしかしなくとも、私ってマジで何かに憑かれてたり呪われてたりするんです……?」
「えぇ、その通りです。神の怒りというものは恐ろしいものです。故に、貴女には、生まれながらに魂に刻み付いた呪いが掛けられています……。十中八九、前世のクロノアに対しての、父君であったクロノス様によるものでしょう……。その呪いがある為に、恐らく貴女はこれまで生きてきた中で様々な困難や不運に見舞われたのではないですか……?」
「うっわ……ここ最近の記憶だけでもめっさ心当たり有りまくるんですけど…………っ。つー事はよ……先日の連続歩道橋の階段から足滑らしての転落未遂案件、アレ全部呪いが原因で起きたって事……?」
「残念ながら、仰る通りです……」
「ひえっ…………アレ、マジで肝冷やしてたんだけど、まさかの本当に呪われてた事が原因だったとは……彼奴の言ってた事、強ち間違って無かったって事じゃない?? エスパーか超能力者かよ、凄ッ……」
「たった今貴女が仰いました“彼奴”とは、一体何方の事でしょう……?」
「あ、誤解無いように言っておくけども、今言った相手の子は女だからね。私の同僚にね、小中からの長年の付き合い持ってる友達が居んのよ。その子に足滑らした時の事話した時に、“もしかして何かの呪いか憑かれてたりするのかもね〜”って言われてたの。まさか其れが事実になろうとは思わなかったけど……」
「ふむ……其れは大変興味深い話ですね……。もし可能でしたら、今度その方と会って話してみたいものですね」
「あー……うん、まぁ……機会があれば……って、私が誰かと付き合い始めたなんて知ったら、絶対“紹介しろ!”って言うだろうからなァ〜……っ。うん、月曜また会社で会う事になるだろうから、その時にでも訊いてみるね」
 一先ず、疑問に思っていた事の一つは解決した。ので、其れに引き続く形でもう一つ気になった件を問うてみた。
「ねぇねぇ、ミカエル……ちなみになんだけど、私に掛けられた呪いって解く事は可能なの……?」
「現段階では、今の私に其れを解く術はございません……っ。誠に心苦しい思いですが……偉大なる神の掛けた呪いを、一介の天使なぞが解く事はまず不可能に近いです……。率直に言って、格が違い過ぎます。幾ら呪術に詳しく相当な実力を持った術者であろうと、神の力は半端な力では跳ね返せません。一応、呪い等の類に詳しい知り合いに問い合わせてみてはいますが、現状は未だ…………。お力になれず、すみません……っ」
「いや、ミカエルは既に色々と尽力してくれてるって分かってるから……! 大天使様であるミカエルの力を以てしても祓えない強い呪いなんでしょ……? 魂に刻み付いてるって程の事だもん……クロノアのお父さんは、よっぽど娘を嫁に遣るのが嫌なタイプだったのねぇ〜」
 半ば他人事のようにそう呟いていれば、ふと、私の身を抱き締めて離さないままの彼がぽつぽつと零し始めた。
「実は……人間として生まれ変わった貴女と初めてお逢いした日、私は確信を持てなかったのです……。彼女と限り無く近い命の気配を感じるのは分かっていました……けれど、本当に貴女が彼女の生まれ変わりであるかは自信が持てなかったのです」
「其れは、どうしてなのか訊いても……?」
「この世界には、幾万幾億もの数の人間が居ます。その中からたった一人の人間を探し出す事は、とてつもなく途方も無い事で、無謀も無謀、且つ果てしなく困難を極めた事でした……。ですが、私は諦め切れずのまま……今日この時まで生き永らえてきました。必ず絶対もう一度愛しき人と逢う為に……其れだけの為に、私はずっと願い続け、任務の度に人間界へ降りては貴女という存在を探し続けました。そして、漸く見付けた存在を目にした時に、私は不安になったのです……。私が探し求めている存在は、本当にこの世に転生しているのか、と……」
「で……結果的には、こうして再び出逢う事が出来た訳だけども?」
「最初の内は、本当に確信が無かったんです……。ですが、二度目の再会時に、貴女の名乗った名前を聞いて、初めて確信を得る事が出来たのです……っ」
 相槌を打って話の続きを促せば、彼は至極嬉しそうに語ってみせた。
「嘗て、私の恋人だった彼女の名は“クロノア”……此れは、時の神である父君の名にちなんで付けられたと聞いています。そして、貴女の名前は、来栖真希……偶然では無いと思わざるを得ませんでした! の時の神の名は“クロノス”です……っ。其処に貴女の姓である“来栖”は音も近く、決して偶々の事ではないと思いました! 最終的に、貴女の口から私の本当の名前を聞いて疑心は確信に変わりました。貴女は、貴女こそが、私がずっとずっと探し求めていた人だと……!!」
「成程……今まで特に何とも思って来なかったけれど、確かにそう考えてみれば、私の姓の音は、時の神様とか言う人の音によく似てるね」
「夢の事も踏まえれば、確実に貴女は私の探し求めていた人物です……! 覚えていますか……? いつも夢で逢う場所の事を」
「うん、覚えてるよ。ここ毎日ずっと同じ夢見てたんだもの……不思議でしょうがなくって、印象に残ってた。えっと……記憶が確かなら、外国情緒に溢れた街中の外れの場所らしき所にある、何かの遺跡が在った跡の残る開けた場所の事だよね? 私、最初あの場所でしか貴方とは逢えないのばかりに思っていたのだけど……実際はそうじゃなかったのよね?」
「彼処は、嘗て私と彼女……クロノアが密会の場に使っていた場所です。夢と表現しますが……実のところ、アレは私と貴女の魂の記憶に眠る場所を再現しただけの、簡易的な精神世界なのです。ちょっとした、魂と精神との狭間の空間程度に思って頂ければ幸いです……。まぁ、貴女にとっては夢みたいなものですから、夢と言っても差し支え無いですがね。夢の中でも、貴女の意思は尊重されるように出来ていましたから……あの日、貴女は興味本意で戯れを起こして、いつもの待ち合わせ場所に来なかった……そうですね?」
「もし仮に私の意思に関係無く見ている夢なら、私の思うような選択肢は取れないんじゃないかと思って……ちょっと試し行為に出てみました。丁度あの時は、色々と複雑で、ちょっと気持ち整理する時間が欲しかったから……夢の中と言えど、一人きりになれる時間が欲しかったの。そのせいで、トラウマ思い出させて不安な思いさせたのは申し訳なかったけれども……っ」
「人として生きる分、貴女は短い時間の中で生きねばなりません……しかし、時間は刻一刻と進み続け、貴女を待ってはくれません。故に、貴女はその短い時間の中で沢山の物事を処理しなければならない……。其れは、当たり前の事かもしれませんが、凄く大変な事です。だからこそ、人は生きるだけで難しく大変苦労するのですよね? 長らく人間界を観察し続けて、そう感じました」
「うん……間違ってないよ。人は生きてくだけでも精一杯なの。でも、生きていく上では働かないと食べていけないし、誰かと一緒に居る空間に居れば、何処かで亀裂が走ったり嫌な思いを抱えたりする事なんて沢山ある。だから、其れが辛くて、時には死んでしまいたくなってしまう事だってある……。人間は強いようで弱く脆い生き物だから、簡単な事で傷付くし、呆気無く壊れてしまう。そんな私だけど……呪いを身に宿しながらも、何だかんだ今日此処まで無事に生き延びてきたよ。そうして、貴方という素敵な人に巡り会えた……! 私を見付けてくれて有難う、ミカエル! 私、今、とっても幸せだよ……っ!」
 途端、またとなく私は彼に全力で抱き締められた。控えめに言ってだいぶ苦しかったけれど、此れは幸せな苦しみなんだと思う事にして受け入れた。きっと、彼の抱えてきた大きな大きな苦しみに比べたら、私なんてのが抱える苦しみはちっぽけなものだ。これからは、彼のそんな苦しみが少しでも癒えるように、なるべく側に寄り添い続けて行こう。
 彼の求めに応じるように、目の前の温かな身に腕を回して精一杯応えた。そしたら、徐に身を離した彼が震えた手で頬へ触れてきた。その手の上へ優しく包み込むように重ね、視線を合わせる。
「何度だって言います……っ。私は、貴女の事を心より愛しています……!」
「有難う、ミカエル……。貴方の気持ちはとっても嬉しいわ。けれど、私、同じ分の愛を返せるか不安だわ……っ」
「そんなの、気にしなくて良いんですよ……っ。貴女は、ただ其処に居続けてくださるだけで良いのです……! どうか、今この時に口付ける許可を、私にくださいませんか?」
「もうっ……其れこそ今更なんじゃないの? さっきは勝手にしてきた癖に……っ、一々訊かなくても良いわよ恥ずかしい……ッ。あと、前以て言っておくけども、さっき御飯食べた後まだ歯磨きしてないから、キスしたらきっとさっき食べたサンドイッチとお茶の味が混じってると思うけど……其れでも良いの?」
「ふふっ……其れを言ったら、私だって今しがた飲んだ珈琲の味がすると思いますよ?」
「あら、珈琲味のキスなんて素敵じゃない? ちょっぴり苦味のする口付けになるんでしょうけど」
「でしたら、お望みのままに……」
 今度はいきなりではなく、ちゃんとお互い了承を得た上でのキスだ。さっきの軽く触れ合わせただけのキスではなく、唇と唇をしっかと重ね合わせた感じの、濃厚なキスである。宣言通り、彼からの二度目の口付けは珈琲の味がした。普段から私が好んで飲んでいる珈琲の味が彼からするだなんて、ちょっぴり興奮したのは秘密だ。
 これまで離れていた分を埋め合わせるように深く重ね合わせた口付けは、脳が蕩けてしまうくらいに気持ちが良かった。夢ではなく、現実でのキスなのだから、当然の話である。次第に激しくなっていく口付けに、段々と息が持たなくなって意識が遠退きそうになる。流石に苦しくなって、夢でした時のように彼の首元を強く引っ掻いて訴えれば、彼は何かを堪えるみたいに一度顔をしかめて唇を離した。しかし、顔の距離は未だ鼻先が触れ合う程に近いままだ。その状態で、彼は些か苦しそうに呟いた。
「すみませんっ……つい、性急に求め過ぎてしまいましたね……っ。ですが、あの……非常に言いにくいのですが、私を制する為にと首元を引っ掻くのは、逆効果というか……端的に言って煽る行為になってますので、出来れば…今度からは別の方法でお願いしても宜しいですか?」
「え…………もしや、今辛そうにしてるのは……」
「今すぐにでも貴女を組み敷きたくて堪らないのを抑え込んでいるんです……っ。無理強いは働きたくないですから……」
 好きな人にそんな事を言われて、黙っている訳が無いだろう。少々はしたない事かもしれないが、私は今制限された行為で以て彼に訴える事にした。
 彼の見つめる視線を受け止めながら、再びカリリッと爪を立てて彼の首元を引っ掻く。すると、彼は「くッ……、」という声を漏らして欲に濡れた目を向けてくる。
 引き金は引いた。後は、彼がスイッチをONに切り換えるのみである。
「ちょっ……来栖、貴女今私の話聞いてました……!?」
「ちゃんと聞いてたから、敢えてやったのだけど……駄目だったかしら?」
「ッ〜〜〜…………!! 後悔しても知りませんからね!? 受け入れたからには、私のこれまで堪えてきた分全て纏めて引き受けてもらいますよ……ッ!!」
 恐ろしい言葉付きでベッドへと運ばれたが、言葉とは裏腹に優しく降ろされたのちに引き倒された事には、思わず感嘆した。まぁ、すぐに思考を溶かされた為、其れ以上他の事を考える余裕は無くなったのだけれど。
 取り敢えず、言葉通りの意味で数えられない程イカされまくって、途中で意識を飛ばし、次に目を覚ました時には全身酷い筋肉痛でベッドから起き上がるのも困難なくらいな目に遭った。其れだけの沢山の愛を注がれた事は幸せな事だったけれども、彼との体力の差を此れでもかと思い知らされた出来事であった。
 その日から、私の暮らすワンルームには、彼という存在が一緒に暮らすようになり、毎日幸せな日々を過ごしているのだった。
 何ともお伽噺のようにロマンチックで情熱的な天使様の彼をリアル彼氏にお迎えして過ごす日々は、まこと夢のように目映い生活であったのだった。


「来栖ー! お弁当忘れてますよ!」
「えっ!? おわっ、本当だ……! 教えてくれて有難う!! いつもありがとね!」
「いえ、貴女の役に立てるのでしたら、何だって頑張りますよ!」
「そんじゃ、行ってきまぁーすっ!!」
「はい、本日も気を付けて行ってらっしゃいませ……っ!」
 愛しい人の作った愛妻弁当を携えて、今日も私は慌ただしく会社へ出勤していくのである。
 普通逆の立場なのではないか……?
 今の時代、逆転した関係なんてザラにあるのだから、私達はこのままで構わないのである。二人それぞれ幸せに生きられているなら、其れで。

2022/06/26(12:06)

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