小ネタ帳
此処は、お話に昇華出来なかった小ネタや、これからお話に昇華するかもしれないネタ達を書き留めた、所謂ネタ置き場です。主に、管理人の覚え書き処。名前変換物は*で表記。鍵付きについてはインフォページ参照。
▽深淵を覗いた先で見たもの。
先に書いた物の後、珈琲を飲んである程度眠気が覚めたので。興が乗ったのもあり、続きっぽい物を書いてみた。一人と一匹が織り成すお話、その二。どうやら、
※ちな、カスタードプディングやフラップジャックは、英国の伝統的お菓子なる。カスタードプディングは、所謂日本でもお馴染みのタイプのプリンなる物だが、その他“プディング”と名の付く物は、実は全く想像と異なる食べ物だったり。フラップジャックは、ザクザクとした食感の食べ物で、日本で言うところのシリアルバーみたいな物。英国では、“家庭の味”というくらい日常的に食べられている物だそう(未だ食べた事は無いけども)。
▼以下、追記にて本文。
【追記】
目には視えないもの――其れは、本来ならば認識してはならない存在のもの達である。視てしまったら最後、
其処に“何かが居る”と認識し、あまつさえ“彼処に何かが居るよ”と口にしてしまったら、取り返しの付かない事の始まりだ。故に、何処の国でも、どんな界隈に居ようとも、禁忌の如く――触れてはならぬ、見てはならぬ――と、戒め言い伝えてきた。侵したが最後、その者の運命は尽きてしまうからである。
かの有名な著者は、こう書き遺した。
『――深淵を覗く時、深淵もまた此方を覗いているのだ』
――、と……。全く以てその通りなのである。
しかし、或る娘は違った。あろう事か、自ら認識しようとし、
けれど、娘は其れを端から望んでいたかの如く受け入れ、反対に
其れは、何故か。娘が、ただの世界からは爪弾かれた外れ者だったからである。
その娘は、人の世に留まり続ける事を痛く嫌った。何もかもに縛られた生活に嫌気が差していたのであろう。
或る時、娘は異形の者へ乞うた。
「ワタシを、
面倒事に振り回されるのが煩わしくなったに違いない。自由を望んだ娘は、しかし、ある種の縛りのある生活を望んだ。其れは、異形の者の望みを叶えるが故の交換条件であった。
何かを成すには、其れなりの対価を支払わねばならぬ。此れぞ、等価交換の掟なり。
娘の望みを叶える代わりに、異形の者は自身の望みを叶えよと対価を望んだ。娘はあっさり其れを受け入れ、約束は交わされた。この約束事こそ、一人と一匹の契約と相成るのである。
石畳に覆われた道の先、石垣に囲われた庭が見える向こうに、その場所は在った。
庭には、常に四季折々の草花が生え、その時その時の季節の彩りを咲かせては、見る者を楽しませてくれた。
――そんな人気の少ない、田舎外れみたいな場所に、彼等は住んでいた。
辺りは非常に長閑で、穏やかさしか無いような、自然豊かな田舎外れの町角にひっそりと佇む一軒家。其処が、彼方と此方との境目であり、中立に仲介するが為に存在している。
元は空き家だったその場所を買い取り、住処としたのは異形の者側であった。其処へ、初めの内は客人として、
一人と一匹は、そんな長閑な土地で、時間の概念など気にした様子も無く、自由にのびのびと暮らしていた。互いが互いを尊重し合い、生を慈しみ、頼り頼られてを繰り返し。愛しさを折り重ねて煮詰めたみたく、手を取り合い、ひっそりと息をするように生きる。
時に、娘の口から小言が飛ぼうとも、異形の者は笑みを浮かべて受け止め娘を愛した。己が貰った分を返すように、己の求めに応えてくれる娘を愛しく思い、また、愛した。
そんな穏やかな生活の一幕である、とある昼下がりの事だ。
本を片手に、窓辺で陽の暖かさに微睡み首をこくりこくり、
すると、不意に舟を漕ぎかけていた事実に気付いた娘が、半寝惚けみたいなぽややんとした顔を上げて呟いた。
「…………ん、……ついうっかり舟を漕ぎかけてたなぁ……っ」
「目が疲れて眠たくなった?」
「ふわぁ……っ。ん〜……だと思う……」
「少し前からずっと読書に励んでたものねぇ〜。君がそんなに夢中になって読む位なんだ、きっと胸が踊る程に面白い噺なんだろう? どの位まで捗ったんだい?」
「んっと……大体、全体の三分の二位は読み進めたかなぁ」
「そりゃ凄いや! 流石は、本の虫なだけはあるね! 短時間でもうそんなに読み上げちゃうだなんて……っ! 君には才能があるに違いない!」
「たかが此れ位の事で大仰過ぎるよ……。そういうの、こっちじゃ“オーバーリアクション”って言うんだよ?」
「へぇ! 此れは、また一つ賢くなれたよ。いつも有難う、ロビン!」
「だからァ……ワタシ、“ロビン”とか言う名前じゃないって何度言えば分かるの? ワタシには、ちゃんと◆◆◆◆っていう名前が――、」
突然、真向かいといった距離にまで詰めてきた異形の者が、娘の言葉を遮る如く口を塞いだ。その先は言わせまいと人差し指を突き付けて、あからさまに“待った”の制止を掛けたのだ。此れに、娘は口を閉ざさるを得ない。
大人しく口を噤んだ様子の娘に、異形の者は笑みを浮かべたまま口を開いた。
「駄目だよぉ、僕みたいな奴なんかにそんな軽々しく本名を名乗ろうとしちゃあ。前にも言ったろう? 名前というものは、個を表し、其れ足らしめる為の、この世で最も短く強い
「ハイ……すみませんでした……」
「うんっ! 素直で宜しい!」
「でもさぁ……初めの最初は普通に許してたよねぇ? 寧ろ、そっちが訊いてきた位だし……っ。あんま意味無いんじゃないの、その忠告……」
「初めだけね! でも、実は、そうでもないんだよなぁ〜此れが……っ! 人は、繰り返し言わないと、度々忘れてしまったりだなんて事が多々ある事だろう? だから、念を押すみたく、その都度繰り返し言うのさ! そうでないと、君みたいな子は、すぐ簡単に他所の奴等に拐かされたり、最悪は取って喰われちゃったりするかもしれないんだから……っ! そうならないようにとの戒めも込めての忠告だよ、此れはね。其れに……何度も言うようで煩わしいかもしれないけれど、名前ってものは、如何様にも扱えるものだからこそ危険が孕むものなんだ。だから、気を付けて扱わないと、痛い目を見る事だってある……。僕は、君がそうならないようにって祈りを込めて言葉を紡いだまでさ。君がその口で語ろうとした名前は本名で、其れ即ち魂の器に刻まれた真名なり。真名とは、君を君足らしめているものだ。故に、扱い方を間違ってはならない。……特に、僕達みたいな
「まぁ……一応は、ね」
「んふふっ、君は本当に素直で良い子だ……! そんな良い子で素敵な人の子が、どうして
異形の者は、そう言って不可解そうに首を傾げた。
だが、其れも一寸ばかりの事で、すぐに思い直すと、笑みを浮かべて娘に声をかける。
「まぁ、そんな事はどうでも良いとして……っ。読書に勤しんでばかりで喉渇いたでしょう? 丁度、三時のおやつの頃近くだし、少し早いけどお茶にしよう! お茶は何が良い? 好きなのを選びなよ!」
「じゃあ……眠気覚ましがてら、珈琲でも淹れようかな」
「ゲェッ! またそんな不味い物飲むのかい!? 物好きだねぇ〜! あんなのの何が良いのか、僕にはさっぱりだよ!」
「飲み慣れてきた頃には理解出来る様になるさね。物は試しに飲んでみる?」
「嫌だよ! あんな黒いだけの苦い汁、何の旨みも無いじゃないか!!」
「そんな事無いと思うけどなぁ……。ワタシだって、飲めない内は苦手意識あったけど、薫り自体は好きだったし。飲める様になってからは、好みの物を探し求める様になった位で。案外、飲まず食わずで知らないままで居た方が、変な先入観や固定観念に縛られて、真実に辿り着けなかったりするかもよ……? まぁ、無理してまで飲む事は無いから、好きにしたら良いけど。珈琲が嫌なら、他何飲むの?」
「うーん、取り敢えず……紅茶にでもしとこうかな!
「紅茶って
ふと思い当たった疑問を口にしてみれば、異形の者は至極嬉しそうに語って聞かせるのである。
「んふふふ〜っ! 昨晩、君が眠った後にこっそり、ね……っ! あっ、プディングは至ってシンプルな作り方だから、朝食を作った後にパパッと作って冷蔵庫で冷やしてあるよ! 直前まで内緒にしてたのは、君を驚かせる為さ! ふふふっ、驚いたでしょ?」
「成程……其れで、今朝起きて台所に行ったら甘い匂いが漂ってた訳か。アンタも大概サプライズ好きね」
「君の喜ぶ顔見たさにやってるだけさ……! さっ、君の為に用意した飛びきりのおやつが待ってるよ! 読書に勤しむのはその辺にして、お茶にしよう! 君の大好きな甘いスイーツが、君の口に入るのを待ってる……っ!」
まるで、舞台の上で踊り出すかのような軽やかさでクルリと一回転し、王子が姫を舞踏会へ誘うように手を取って、甲へと口付けを贈る。絵本の中から飛び出てきたみたいな優雅さを纏いし其れに、娘も流れに乗るように、椅子から腰を上げるなりスカートの裾をちょこんと摘まみ上げてお辞儀をして応えた。そうして、お互いに笑みを浮かべて見つめ合った後、仲良くお茶会を開く準備に取り掛かるのであった。
執筆日:2023.03.16
2023/03/18(05:12)
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