小ネタ帳

此処は、お話に昇華出来なかった小ネタや、これからお話に昇華するかもしれないネタ達を書き留めた、所謂ネタ置き場です。主に、管理人の覚え書き処。名前変換物は*で表記。鍵付きについてはインフォページ参照。


▽深淵を覗いた先で見たもの。

先に書いた物の後、珈琲を飲んである程度眠気が覚めたので。興が乗ったのもあり、続きっぽい物を書いてみた。一人と一匹が織り成すお話、その二。
どうやら、彼方側・・・のもの達へ名前を名乗る行為は、お勧めしない事らしい。あと、異形の者は、珈琲という飲み物が苦手な様だ。そんな物を飲む位なら、紅茶の方を飲むんだそうな。まぁ、好き嫌い分かれる飲み物だからね。斯く言う俺氏も、少し前まで飲めなかった人種。いつの間にか飲める様になってたみたい。此れが、俗に言う“大人の階段を上った”事になるのかな? 人間て不思議……。あんなに苦手意識の持ってた物をあっさり飲める様になるだなんてね。本当に不思議だわ〜。

※ちな、カスタードプディングやフラップジャックは、英国の伝統的お菓子なる。カスタードプディングは、所謂日本でもお馴染みのタイプのプリンなる物だが、その他“プディング”と名の付く物は、実は全く想像と異なる食べ物だったり。フラップジャックは、ザクザクとした食感の食べ物で、日本で言うところのシリアルバーみたいな物。英国では、“家庭の味”というくらい日常的に食べられている物だそう(未だ食べた事は無いけども)。
▼以下、追記にて本文。


【追記】

 目には視えないもの――其れは、本来ならば認識してはならない存在のもの達である。視てしまったら最後、彼方側・・・のもの達は、自分達を認識したとして、否応無しに干渉してきてしまう様になる。だから、視えたとしても、“見て見ぬフリ”をしなくてはならない。
 其処に“何かが居る”と認識し、あまつさえ“彼処に何かが居るよ”と口にしてしまったら、取り返しの付かない事の始まりだ。故に、何処の国でも、どんな界隈に居ようとも、禁忌の如く――触れてはならぬ、見てはならぬ――と、戒め言い伝えてきた。侵したが最後、その者の運命は尽きてしまうからである。
 かの有名な著者は、こう書き遺した。
『――深淵を覗く時、深淵もまた此方を覗いているのだ』
 ――、と……。全く以てその通りなのである。彼方側・・・のもの達に、此方のルールは通用しない。何せ、棲まう世界そのものが異なるのだから。故に、普通は、見え・・ても最初から其処には何も無かったかのように振る舞うのが定石なのだ。
 しかし、或る娘は違った。あろう事か、自ら認識しようとし、彼方側・・・の世界を覗き見てしまった。そして、深淵に棲まう者共に気付かれ、干渉を受けてしまう。
 けれど、娘は其れを端から望んでいたかの如く受け入れ、反対に彼方側・・・のものを手招き、また深淵の世界へ引き摺り込まれる事すら手を叩いて喜んだ。
 其れは、何故か。娘が、ただの世界からは爪弾かれた外れ者だったからである。
 その娘は、人の世に留まり続ける事を痛く嫌った。何もかもに縛られた生活に嫌気が差していたのであろう。
 或る時、娘は異形の者へ乞うた。
「ワタシを、其方そっち側へ連れて行って……!」
 面倒事に振り回されるのが煩わしくなったに違いない。自由を望んだ娘は、しかし、ある種の縛りのある生活を望んだ。其れは、異形の者の望みを叶えるが故の交換条件であった。
 何かを成すには、其れなりの対価を支払わねばならぬ。此れぞ、等価交換の掟なり。
 娘の望みを叶える代わりに、異形の者は自身の望みを叶えよと対価を望んだ。娘はあっさり其れを受け入れ、約束は交わされた。この約束事こそ、一人と一匹の契約と相成るのである。


 石畳に覆われた道の先、石垣に囲われた庭が見える向こうに、その場所は在った。
 庭には、常に四季折々の草花が生え、その時その時の季節の彩りを咲かせては、見る者を楽しませてくれた。
 ――そんな人気の少ない、田舎外れみたいな場所に、彼等は住んでいた。
 辺りは非常に長閑で、穏やかさしか無いような、自然豊かな田舎外れの町角にひっそりと佇む一軒家。其処が、彼方と此方との境目であり、中立に仲介するが為に存在している。
 元は空き家だったその場所を買い取り、住処としたのは異形の者側であった。其処へ、初めの内は客人として、何時いつしか共生するように住人として招かれたのが、娘の存在である。
 一人と一匹は、そんな長閑な土地で、時間の概念など気にした様子も無く、自由にのびのびと暮らしていた。互いが互いを尊重し合い、生を慈しみ、頼り頼られてを繰り返し。愛しさを折り重ねて煮詰めたみたく、手を取り合い、ひっそりと息をするように生きる。
 時に、娘の口から小言が飛ぼうとも、異形の者は笑みを浮かべて受け止め娘を愛した。己が貰った分を返すように、己の求めに応えてくれる娘を愛しく思い、また、愛した。
 そんな穏やかな生活の一幕である、とある昼下がりの事だ。
 本を片手に、窓辺で陽の暖かさに微睡み首をこくりこくり、かしぐ娘。その様子を眺めていた異形の者は、大層微笑ましそうに口端を緩めて笑む。
 すると、不意に舟を漕ぎかけていた事実に気付いた娘が、半寝惚けみたいなぽややんとした顔を上げて呟いた。
「…………ん、……ついうっかり舟を漕ぎかけてたなぁ……っ」
「目が疲れて眠たくなった?」
「ふわぁ……っ。ん〜……だと思う……」
「少し前からずっと読書に励んでたものねぇ〜。君がそんなに夢中になって読む位なんだ、きっと胸が踊る程に面白い噺なんだろう? どの位まで捗ったんだい?」
「んっと……大体、全体の三分の二位は読み進めたかなぁ」
「そりゃ凄いや! 流石は、本の虫なだけはあるね! 短時間でもうそんなに読み上げちゃうだなんて……っ! 君には才能があるに違いない!」
「たかが此れ位の事で大仰過ぎるよ……。そういうの、こっちじゃ“オーバーリアクション”って言うんだよ?」
「へぇ! 此れは、また一つ賢くなれたよ。いつも有難う、ロビン!」
「だからァ……ワタシ、“ロビン”とか言う名前じゃないって何度言えば分かるの? ワタシには、ちゃんと◆◆◆◆っていう名前が――、」
 突然、真向かいといった距離にまで詰めてきた異形の者が、娘の言葉を遮る如く口を塞いだ。その先は言わせまいと人差し指を突き付けて、あからさまに“待った”の制止を掛けたのだ。此れに、娘は口を閉ざさるを得ない。
 大人しく口を噤んだ様子の娘に、異形の者は笑みを浮かべたまま口を開いた。
「駄目だよぉ、僕みたいな奴なんかにそんな軽々しく本名を名乗ろうとしちゃあ。前にも言ったろう? 名前というものは、個を表し、其れ足らしめる為の、この世で最も短く強いしゅだって。だから、僕達みたいな輩には、仮の渾名や呼称位が丁度良いのさぁ。分かったら、迂闊に本当の名前言っちゃ駄目だからね? お返事のハイは?」
「ハイ……すみませんでした……」
「うんっ! 素直で宜しい!」
「でもさぁ……初めの最初は普通に許してたよねぇ? 寧ろ、そっちが訊いてきた位だし……っ。あんま意味無いんじゃないの、その忠告……」
「初めだけね! でも、実は、そうでもないんだよなぁ〜此れが……っ! 人は、繰り返し言わないと、度々忘れてしまったりだなんて事が多々ある事だろう? だから、念を押すみたく、その都度繰り返し言うのさ! そうでないと、君みたいな子は、すぐ簡単に他所の奴等に拐かされたり、最悪は取って喰われちゃったりするかもしれないんだから……っ! そうならないようにとの戒めも込めての忠告だよ、此れはね。其れに……何度も言うようで煩わしいかもしれないけれど、名前ってものは、如何様にも扱えるものだからこそ危険が孕むものなんだ。だから、気を付けて扱わないと、痛い目を見る事だってある……。僕は、君がそうならないようにって祈りを込めて言葉を紡いだまでさ。君がその口で語ろうとした名前は本名で、其れ即ち魂の器に刻まれた真名なり。真名とは、君を君足らしめているものだ。故に、扱い方を間違ってはならない。……特に、僕達みたいな曰くもの達・・・・・に対しては、ね。今ので分かったかな……?」
「まぁ……一応は、ね」
「んふふっ、君は本当に素直で良い子だ……! そんな良い子で素敵な人の子が、どうして彼方・・で馴染めず弾き出されたりなんてしたんだろうね? 常日頃から思ってはいるけれど、人間という生き物は、どうして同族同士で争い傷付け合うのだろう? 生産性の無い事に時間を費やすより、もっと有益な事に時間を費やした方が、きっと素晴らしく快適な暮らしが出来ると思うのになぁ。そういった部分だけは永遠に分かり合えそうにないや」
 異形の者は、そう言って不可解そうに首を傾げた。
 だが、其れも一寸ばかりの事で、すぐに思い直すと、笑みを浮かべて娘に声をかける。
「まぁ、そんな事はどうでも良いとして……っ。読書に勤しんでばかりで喉渇いたでしょう? 丁度、三時のおやつの頃近くだし、少し早いけどお茶にしよう! お茶は何が良い? 好きなのを選びなよ!」
「じゃあ……眠気覚ましがてら、珈琲でも淹れようかな」
「ゲェッ! またそんな不味い物飲むのかい!? 物好きだねぇ〜! あんなのの何が良いのか、僕にはさっぱりだよ!」
「飲み慣れてきた頃には理解出来る様になるさね。物は試しに飲んでみる?」
「嫌だよ! あんな黒いだけの苦い汁、何の旨みも無いじゃないか!!」
「そんな事無いと思うけどなぁ……。ワタシだって、飲めない内は苦手意識あったけど、薫り自体は好きだったし。飲める様になってからは、好みの物を探し求める様になった位で。案外、飲まず食わずで知らないままで居た方が、変な先入観や固定観念に縛られて、真実に辿り着けなかったりするかもよ……? まぁ、無理してまで飲む事は無いから、好きにしたら良いけど。珈琲が嫌なら、他何飲むの?」
「うーん、取り敢えず……紅茶にでもしとこうかな! 折角せっかくおやつにクッキーやカスタードプディングに、フラップジャックを用意したんだもの!其れに合った飲み物にしようっと!」
「紅茶ってひとえに言っても、種類は沢山あるからね。自分が飲みたいのを好きに淹れなよ。ワタシも、自分の物は自分で用意するから。……というか、おやつにクッキーとかプディングとかまで用意してたんだね? クッキーは、まぁ分からん事も無いけども……フラップジャックは? いつの間に用意したの……?」
 ふと思い当たった疑問を口にしてみれば、異形の者は至極嬉しそうに語って聞かせるのである。
「んふふふ〜っ! 昨晩、君が眠った後にこっそり、ね……っ! あっ、プディングは至ってシンプルな作り方だから、朝食を作った後にパパッと作って冷蔵庫で冷やしてあるよ! 直前まで内緒にしてたのは、君を驚かせる為さ! ふふふっ、驚いたでしょ?」
「成程……其れで、今朝起きて台所に行ったら甘い匂いが漂ってた訳か。アンタも大概サプライズ好きね」
「君の喜ぶ顔見たさにやってるだけさ……! さっ、君の為に用意した飛びきりのおやつが待ってるよ! 読書に勤しむのはその辺にして、お茶にしよう! 君の大好きな甘いスイーツが、君の口に入るのを待ってる……っ!」
 まるで、舞台の上で踊り出すかのような軽やかさでクルリと一回転し、王子が姫を舞踏会へ誘うように手を取って、甲へと口付けを贈る。絵本の中から飛び出てきたみたいな優雅さを纏いし其れに、娘も流れに乗るように、椅子から腰を上げるなりスカートの裾をちょこんと摘まみ上げてお辞儀をして応えた。そうして、お互いに笑みを浮かべて見つめ合った後、仲良くお茶会を開く準備に取り掛かるのであった。

執筆日:2023.03.16

2023/03/18(05:12)

←prev | next→
top