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引き継ぎ



管狐の発言により、皆の視線が集中する中、彼女は重く口を開いた。


『…後任と引き継ぎって、どういう事だ。クビになるって事か…?』
「今、申した通りにございます…。クビではありませんが、似たようなものです。」
『つまり、左遷されたって事か…。ただこの本丸を担当していただけで。』
「管理が行き届いていなかった事は事実です…。」
「監督不行き届きで担当を外された、そういう事か…?」
「どちらにせよ、話は後だ…。今は食事中だし、主も皆も食べ始めたばかりだ。話は、食事が済んでからにしよう。」


管狐の言葉に長谷部が問いかけていると、話の内容的にも、この本丸のこれからに関わる重大な話だけに、長くなりそうだと見込んだ歌仙が提案し、皆昼餉を再開した。

が、先程までの和気藹々とした空気は無く、ピリピリとした険悪なムードが漂っている。


(―それもそうか…。今まで放ったらかしにされてたんだもんな。政府の狗である管狐でさえも、寄せ付けたくない対象か…。)


同じく食べ始めたばかりだった律子も、さっさと食べあげるべく箸を進めたが、皆の空気を見て、状況分析し、内心で一人ごちた。

楽しい気分は終わり、棘が刺さるような空気で食事を終え、片付けも終えると、再び集まった皆。

律子と管狐は、皆全員を見渡せる上座に改めて座す。

そして、部屋全体を見渡してみた。

まるで、武士が一同に揃った会議みたいな光景だった。

そんな中、緊張した面持ちで、清光が声を出した。


「それじゃあ…さっきの話の続きを話してもらおうか。」
「はい…。では、まず、私のお役目解任に至った経緯をお話し致します…っ。」


皆の鋭い視線が突き刺さる中、硬い表情で話を始める管狐。

律子は、何となく姿勢を正して、管狐の方を見つめた。


「へし切長谷部様が申しましたように、私がお役目解任になった原因は、当本丸の監督不行き届きが原因となります…。事態がここまで悪化するまで手を尽くさなかった事、本丸内を瘴気塗れにしてしまった事、穢れを浄化出来なかった事、刀剣男士達を危険に晒した事、刀剣男士達を闇堕ちさせかけた事…等々、罪状は言い募ればまだまだあります。」
『そんな…っ。そもそも、ここまで悲惨な状態になったのは、今の今まで、全く手を貸さなかった政府側にあるだろう…!?』


理不尽極まりない政府の言い渡しに、憤りを隠せない律子は声を荒げた。

悲しげにしょんぼりと身を縮こまらせる管狐の姿は、ただでさえ小さいのに、更に小さく見える。


「今回の件にも、私本体が介入出来なかった事も、大きな要因です…。私の力不足が故に招いた事態です。面目もございません…。」
「ちょっと良いか…?何故、こんのすけは、今回の戦時、式神の方でしか介入出来なかったんだい…?」


ス…ッ、と手を上げて発言するは、蜂須賀虎徹だ。

管狐は、彼の方へ首を向けながら、話す。


「答えは簡単にございます。この本丸内にて発生した件の異形のモノが、私含めた政府の者共の直接の干渉を拒んだからです。」
「だから、手を出そうにも出せなかったと…?ふざけないでくれないか。」


膝の上に置いた拳を握り締め、ギロリと睨み付けてきた蜂須賀。

美人は怒ると恐いと言うが、そんな次元の話じゃない。

これは、ガチだ。

睨まれた側ではないが、立ち位置が似ているが為に自身が睨まれたような気分になって、血の気が引いていく。

すぐ側に居た今剣に小声で心配の声をかけられたが、これだけの事でビビっていたら、審神者など勤まらないだろう。

そう思い、虚勢を張って、「自分は大丈夫だ」と返す。

話は、まだまだ続いた。


「ほいで…今の今まで放ったらかしにしちょったこん本丸に、今更何の用じゃ?」
「担当を変えたところで、ソイツを介して、政府がまともに取り合ってくれるのか…?また、同じ事の繰り返しじゃないのか?」
「そもそも…彼女を新しい主とするのか否かも、まだはっきりとしていないんじゃないかい?」


陸奥守吉行に続いて、山姥切国広と歌仙兼定が管狐を質問責めにする。

突如、自身の話題を振られた故に、緊張が走った律子。

審神者の話題が出た事で、皆の視線が、今度は彼女に向く。


「栗原様を新しい審神者とする正式な手続きは、これからとなりますが…政府は、彼女をこの本丸の審神者とする事を容認致しました。」
「では、引き継ぎの手続きを済ませれば、主はこの本丸の主になれるのだな…?」
「はい。彼女の意思も合意であれば。」
「それは、どういう事だ…?」


訳が解らない話に、長谷部が眉間の皺を寄せる。


「栗原様は、政府が直々に連れてきた訳ではないとの事なのです。」
「え…っ?それじゃあ、どうやって此処まで…?」
「栗原様と逢ったのは、この本丸の入口から少し離れた林の付近です。近々、新しい審神者が派遣されるとは聞いておりましたので、本丸周辺の新たな反応をキャッチしてすぐに駆け付けたのでございます。」
「ほいたら…主は、何の説明も受けちょらんまんま、あの晩の戦に放り込まれたっ言うんか?」
「そういう事、になりますかね…。」
「政府は一体何をやってるんだ…!何も知らない人の子を、こんな過酷な状況にただ放るだなんてっ。他人事なのも、大概にして欲しいね…!!」
「もっ、申し訳ございません…っ!一刻を争う事態だった為に、私も事細やかな説明を致しませんでした…!一秒でも早く本丸へと来て頂かなくてはと、説明する手間を省いた私にも責任がございます!!それに加え、前任や今までの不当な扱いで、人間への不信感は拭えぬどころか、憎悪の対象である事も怒りを溜め込んできた事も、重々承知しております…!!ですが、どうか…っ、どうか栗原様を斬り捨てる事だけはしないでください…っ!!私の事なら、煮るなり八つ裂きにするなり、気の済むようにお好きになさってくださって構いませんっ!!しかし、彼女だけは…!どうかご慈悲を…ッ!!」


驚く清光の声に続いた陸奥守の声は批難めいていて、更に続けられた歌仙の言葉には、明らかな憤りが滲み出ていた。

必死に頭を下げ続ける管狐は、畳に頭を擦り付ける程に謝罪する。

だが、それだけで怒りを収める程、彼等は容易くはなかった。


「無様だな…。政府の遣いの癖に。」
「お、大倶利伽羅様…っ。」


それまで黙って話を聞いていた一振りが、無言を貫き通せずにいられなくなったのか、ゆらりと腰を上げ、上座の方まで歩み寄ってきた。


「たかが人間一人の力とはいえ、主と称して従わなくてはいけなかった俺達が、何れ程の痛みを味わってきたのか…解らない訳じゃないよな…?」
「もっ、勿論…!何度も政府へと問いかけた私は、存じておりまする…!!」
「なら…俺達の仲間が、目の前で何振りも蹴られ、殴られ、挙げ句の果てには折られて破壊されたのも知っているだろう。俺達は、付喪神である前に刀剣男士だ。一度、主と称した者には、何があっても逆らえない…。それが、どんな命令であってもだ。政府がどんな基準で審神者を選んでいるかは知らないが、奴のせいで、こんなになるまで荒れ果てたんだ。そんな状況で、長年惨めな思いをしながら屈辱に耐え続け、暴行に曝され続けた俺達に、新たな人間を迎える事が出来ると、本気で思っているのか?狐風情が…ッ。」
「落ち着け、伽羅坊…。」


一度火の付いたものは止まらず、今にも噛み付かんとする彼の双眸には、憎しみの焔が激しく燃え盛っていた。

帯刀していた刀を抜かんとする彼の肩を抑え、前へと歩み出たのは鶴丸である。


「なぁ、管狐さんよ…。見ての通りだろう?俺達は、前任の行いのせいで、精神が疲れ切ってるのさ。怒りに任せちまえば、簡単にお前さんなんかは灰塵とかせるぜ…?ただ、そうしないのは、ギリギリのラインで理性を抑えているからだ。何故だか解るか…?幾ら人の子と言えど、俺達とこの本丸を救ってくれた、その娘が居るからさ。何れだけ人間を嫌っていようとも、俺達は付喪神だ。結局は、人の手を求めてしまう…そういう性なのさ。だから、その娘を斬ったりはしないし、襲ったりもしない。久方振りに、“人としての温もり”を教えてくれた、というのもあるからな。殺すなんて不粋な真似、出来る訳無いだろう?」


クッ、と可笑しそうに笑った鶴丸は、ひらりと身を翻し、彼女の前に身を屈めると、至近距離で問うてきた。


「君だって、この場から去っていないところを見て、この本丸を見捨てる気なんて無いんだろう?」
『え…?あ、あぁ…、そう、だけど……っ。つか、そもそも端から見捨てる気は無いし…。』
「ほらな。元々政府の許可など下りなくったって、彼女の意思さえ揃えば、この本丸は機能しちまうのさ。」
「しっ、しかし…っ、今のは、少し無理矢理出させた答えでは…っ!」
「俺の遣り口に口を挟むのかい…?」
「ひ…っ!!めめっ、滅相もございません…っ!!」


ひたすらに怯える管狐は、とうとう律子の背の後ろに隠れてしまった。

目の前の刀剣男士の問い方も尋常じゃないが、彼の怯えようも尋常じゃない。

頼むから、私を挟まないでくれないか…?

そう思わずにはいられない彼女は、場に添ぐわず、呆れた笑みを零すのであった。


執筆日:2017.10.22