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手入れ



この本丸を運営する上で、最も重要だった対話を終えると、未だ残る緊迫した空気など何のその。

何時までも気にしてられないと気持ちを切り替えると、ゆっくりと立ち上がり、パンパンッ!と手を打った。


『ともかく、話は一旦ここまで…!やらなきゃなんない事、山程あるんだから…ちゃっちゃか済ませていくよ…っ!まずは、始めに言った通り、手入れが終わってない者を手入れ部屋にブチ込むぞーっ。』
「ブチ込むって…。」
「大将って、ちょいちょい乱暴な口調になるよなぁ…。もう慣れたが。」
「え?この短時間でそう慣れるもんなの…?」


突然の切り替わりに付いていけない者達は、皆、唖然と立ち尽くしていた。

そんな中、苦笑しながらも、彼女の流れに付いてこれている清光と薬研が軽口を叩き合っていた。


『こんのすけー、生きてるかぁー?大丈夫か?お前。』
「……………、ハ…ッ!?私は、一体…ッ!?」
『お前、途中から息してなかっただろ…?剣幕にビビって気絶してたんじゃないか?途中からやけに静かだったからな。』
「そりゃ、気も失いたくなりますよぅ…っ!栗原様が無茶な事を平気でなさるんですから…!!此方は、ずっとハラハラ気が気でなかったんですからね!?胃に穴が開いたらどうしてくれるんですか…っ!?」
『え、お前、そんなにストレス溜め込んでんの…?ストレス溜めたら駄目だよ〜。』
「誰のせいだとお思いですか…っ!!」


それまで機能停止していた管狐を突っつくと、途端に息を吹き返したように喋り出す管狐。

驚きのあまりか、毛が逆立っているのが面白い。

宥めすかすように毛を撫で付けていれば、清光が側まで寄ってきた。


「そんじゃ、暫くの間、手入れ部屋使わせてもらうね。」
『あれ…っ。内番着じゃなくて戦衣装だったから、もしかしてとは思ってたけど…。』
「俺も、石切丸さんと一緒で、後回しにしてもらった面子の一人なんだ。俺以外にも、大倶利伽羅や山姥切もそうだよ。」
『んじゃ、ソイツ等まとめて皆手入れ部屋行きだね?了解。恐らく、資源とかあんまり無いだろうから…手伝い札とか使えずに、正規の手入れ時間かかるけど…。』
「良いよ、別に。手入れしてもらえるだけでもありがたいからさ…っ。主は、本丸の浄化作業の続きと結界の修復に精出しちゃってよ。まだ本丸内に邪気が残ってるから、鶴丸さん、病んじゃってるんだろうしね。」
『そうだね…。さっさと終わらせなきゃね…っ!』


気合いを入れた律子は、着ているジャージの袖を捲り上げた。


「邪気の残っている箇所への案内及び、結界の綻び周辺への案内は、この長谷部にお任せください。」
『あっ、長谷部で思い出した…っ。ハイ、上着。借りたまんまで返せてなかったから、今返すわ。貸してくれてありがとね。本当は、洗って返した方が良かったかもだけど…。』
「めっ、滅相もございません…っ!主が俺の為にそこまでなさらなくて良いんです…!お気持ちだけ頂いておきますから…っ。」
『そう…?長谷部が良いなら、それで構わないけど…。』
「わざわざ、ご丁寧に畳んでからのご返却、ありがとうございます。主に大切にして頂けて、上着も幸せな事でしょう。」
『極端…。』


相変わらずの主第一主義に呆れつつも、案内を勝手出てくれた事に感謝して、本丸内の案内を頼む事にした。

主命を賜る事が出来た長谷部は、誉桜を纏わせながら、案内してくれた。

へし切は、主に対し、マジ忠犬。

あれ、何か一句出来たぞ。

思わぬ一作品が脳内で出来上がっていると、場所は本丸内に残りし邪気が最も濃い場所に辿り着いており、その場所とは、例の審神者部屋であった。


『嗚呼…思ってた通り、随分と濃い邪気だね。空気が澱み切ってる…。』
「はい…。この他にも、鍛冶場も同様の有り様なのですが…此方の方が荒れが酷く、我々ではどうにも出来ないのです…。」
『解った。取り敢えず、此方を先に済ませてから、そっちも浄化しよう。』
「痛み入ります…。」
「浄化を行うのに、私が必要だったのではなかったかな…?」


ふと、長谷部の声に続いた声。

振り返れば、先程までは誰も居なかった背後に、石切丸がゆったりとした歩みで近寄ってきていた。


『石切丸…!』
「私の祈祷を所望した事をお忘れかい…?君の手助けになるよう、やって来たよ。」


抜刀沙汰やら前任の狼藉云々で忘れていたが、そういえば、会話の始めの方で頼んだのだった。

すっかり忘れてしまっていた律子は、申し訳なさそうな顔になり、慌て謝った。


『ごめん…っ!さっきの抜刀沙汰やら何やらで忘れてたよ!本当にごめん…っ!!』
「いや、良いんだ。丁度、君にこれを返そうと、取りに行っていたのもあるしね。」
『それは…っ!』
「君が此方に来てから、ずっと握り締めて肌身離さなかった小刀だよ。見たところ、短刀かな…?神聖な気配を感じたから、穢れが移らないよう、お社の方で保管させてもらっていたんだ。君には、これが必要だろう…?これから、大規模な浄化を行う訳だしね。」
『ありがとう…。わざわざ場所を移してくれたりしてたんだね。助かるよ。』
「何の。私は大した事はしていないよ。さぁ…、それじゃあ始めようか?」
『はい…っ!宜しくお願いします…っ!』
「此方こそ、宜しく頼むよ。」


石切丸から刀を受け取ると、たった二日手元から離れていただけなのに、酷く懐かしく…それでいて、不思議と手に馴染む感覚なのであった。

自分は今出る幕ではないと理解している長谷部は、少し下がった位置で慇懃に控えている。

トテトテと小さな足でやってきた管狐が、何やら見覚えのある布を食わえていた。


「浄化作業を行うのでしたら、此方の羽織をお召しになってくださいまし…っ!」
『あっ、それって…あの時の。』
「はい…っ。栗原様が、初めて此方にお出でになった時にお召しになっていた物にござりまする。浄化作業をするのも、霊力を行き渡らせるのも、審神者として引き継ぎを行う大事な行為です。本当は、もっとちゃんとした衣服…正装で行うべきなのでしょうが、栗原様の場合は、急を要していた為に、諸々用意が間に合っておりませんからね…。今回は、仕方ありません。目を瞑りましょう。」
『…そういうもんなのか…?』
「そういうものなのです…。つきましては、正式な衣服等今後必要になる代物は全て、後日、後任の者と共に支給致します故、何卒ご容赦を。」


それだけ伝えたかったのか、「では、私は引き継ぎ作業に戻りますので、何かあれば、またお呼びくださいまし。」と告げて、ポフリッ、と消えてしまった。

何とまぁ、忙しない事か…。

いつか十円禿げなんてものが出来ない事を祈っておこう…。

「南無…。」と心の内で合掌すると、今度こそ浄化作業を始めるべく、荒れ果て澱み切った審神者部屋へと踏み入れた。

部屋の中心辺りに立って、辺りを一通り確認してから、刃を鞘から引き抜き、部屋の中心部に軽く突き立てる。

畳を傷付けないよう、畳と畳の隙間を利用するという気遣いは忘れない。


『本格的な浄化を行うなら、本当は陣とか書いたりするべきなんだろうが…俺、そこまでは知らないしな…。大雑把でも、それなりに形になっとけば良いかな?』


そう一人呟いて、すっくと立ち上がると、パン…ッ、と一度だけ柏手を打った。

そして、前にやった時と同じように、鈴の付いた鞘を構える。

チリン、と一振り鳴らせば、清廉な音が響き渡った。


『天清浄 地清浄 内外清浄 六根清浄と 祓給ふ
天清浄とは 天の七曜九曜 二十八宿を清め
地清浄とは 地の神三十六神を清め…、』


祝詞を口にし始めれば、途端に空気の流れが変わり、清浄たる気が満ち始める。


『…清め給ふ事の由を 八百万の神等 四の聖獣 諸共に 小男鹿の 八の御耳を振立て 聞し食と申す。』


後ろ手では、石切丸が榊を手に振るい、厳かに祈祷が行われていた。

それを部屋の入口付近にて見守る長谷部は、ホゥ…ッ、と溜め息を吐く。

徐々に穢れは浄化され、邪気に満ちて暗くなっていた部屋は、本来の明るさを取り戻していった。


『天清浄 地清浄 内外清浄 六根清浄と 祓給ふ…、』


ふわり、浄化を行う上で生まれた風が、翡翠色をした羽織を揺らした。

審神者部屋の浄化が終わる頃には、何故か、桜の花弁が舞っており、どちらのものかは解らなかったが、それ程気分が良いのだろうと勝手に結論付けた。

続けて、鍛冶場や空いた部屋の浄化を行っていると、息を切らせてまで走ってきた堀川に呼びかけられた。


「主さん…っ!大変…っ、力を貸して欲しいんだ…ッ!!」
『ど、どうした?そんなに慌てて…っ。』
「何があったのか、きちんと説明してくれ。」


余程の事があったのだろう、肩で息をする堀川は呼吸が整う間も惜しいようで、矢継ぎ早に話した。


「僕の兄弟…っ、山姥切国広が…っ!全く手入れ部屋に入ってくれないんです…っ!!」
『ええ……っ!?』


山姥切と言えば、確か、先の戦で重傷を負っていた筈である。

おまけに、これまでの無理がたたって、心身疲労困憊であった筈だ。

そんなまま放置していては、いつ倒れても可笑しくはない状態である。


『解った。此処はもうすぐ終わるから、早めに切り上げて、後の残った分は、そっちが済んでからにしよう。』
「ありがとうございますっ!主さん…っ!!」
『とにかく、一刻も早く手入れ部屋に突っ込まなきゃなんないから、堀川は戻って、兄弟を説得してこい。』
「解りましたっ!」


言い終えた途端、再び猛スピードで駆けていく堀川。

兄弟や兼さんの事になると、途端に人が変わるのは、当本丸でも同じなようだ。


「どういたしますか?主。」
『今言った通りだよ。ってな訳で、急遽主命な。堀川の元に向かい、長谷部も山姥切を説得する事。良いね…?』
「は…っ。最上の結果を貴女に…。では、失礼します。」


流石の機動力を活かして、堀川の元へ駆け付けてゆく長谷部。

うん、速い。

けど、堀川も負けてないってどういう事。


「良いねぇ、速いって。私は大太刀故に、機動力は劣るからね。」
『逆に機動力パナい石切丸とか、恐過ぎるからやめて。何があったんだ、としか言い様が無いから。』


変に想像してしまって、薄ら寒気がしてしまった律子なのであった。


執筆日:2017.11.07