忍び寄る足音は悪夢か、それとも正夢か


―其れは、きっと、夢だったに違いない。


「ごめんください」
「はーい…っ、」


 来客を告げる呼び声がして、いつも通りにパタパタと駆け足で玄関へと向かった。

 玄関先へ出れば、見知らぬ客人が入ってすぐの入口に立っていた。
見も知らぬ名も知らぬ古風な出で立ちの男の人のように見えた。

 男は、下を俯いたまま癖のある低い声で問うてきた。


「すみませんですが…此方、吾妻さんのお宅で間違いありゃせんですろうか?」
「はい、間違いないですけど…何方様でしょうか?ウチに何の用で……、」


 何処の出だろうか。
何処かで聞き覚えのあるような、方言の強い口調で男は喋りかけてきた。
こんな知り合い、ウチの知り合いに居ただろうか。

 そう頭の中で思い巡らせていたら、突然に男が動いた。


「お初にお目にかかります…じゃあ、」


 男の腰元からスラリ抜き出された物は、ギラリと鈍く光を照り返す鋭き刃物だった。
男は其れを静かに引き抜くと、切っ先を私の目前に突き付けてこう言った。


「――死ね」


 そんなのあんまりだ。
客だと思って玄関の戸を開けた先で逢った者は、人殺しの男だったなんて…。
 顔を合わせて間も無く刀を向けられた私は、当然として呆然とその場に立ち尽くし、まるでドラマのワンシーンでも切り取ったかのようにその様を客観的に他人事の如く眺めた。
走馬灯なんてありゃしない。
あるのは、ただ一瞬で以て流れゆく時の流れだけ。
 目の前に迫った刃の切っ先を避ける間も無く、私は見も知らぬ謎の男に殺されるのだ。
痛みは襲ってこない。
だって、此れはただの夢だから。
見知らぬ男にいきなり刺されて死ぬという、何とも中身が空っぽだが簡単で滑稽なオチの悪夢なのだ。


「――…るじ…、あるじ……ッ、主………ッ!」
「ッ――…!?」
「ようやっと起きたかえ…?何度か呼びかけたんがやけんど、おんし、なっかなか起きんかったけんのお〜。大丈夫ながか…?なんちゃあ魘されちょったようじゃったけんども……っ、」
「………ぇ……あ、…む、つ……?」
「おん…?何じゃあ主、どういたがよ…?もしかして、おんし…まだ寝惚けちゅうがか?それとも、本丸に帰ってもんて来ちょったんも忘れちょったぐらいの夢でも見たんかの?」


 むくりと半身を起こして、起こしてくれたのであろう相手を呆然と見遣って首を傾げる。
起こしてくれたのは、私の持つ刀剣の一振りである陸奥守吉行だった。
辺りを見渡して、此処が本丸の自身の執務室である事を思い出す。
 どうやら、日課の仕事をこなしている最中に睡魔に襲われ、そのままうっかり横になって居眠りしてしまっていたようだ。
目の前の文机の上には、まだ片付け途中で放られたままの書類が散らばっていた。

 そうか、やはり夢だったのか。
何とも目覚めの悪い悪夢ではあったが…。
目が覚めると同時に、今自分が居る場所と時間軸を思い出して、先程の夢の内容を掻い摘んで彼に話した。


「――悪い夢を見た…?」
「うん…其れも、何故か突然自分が刃物で刺されて殺されるっていう類の夢を…」
「う〜む……そいつは、審神者として殺されるっちゅー類の夢かの…?」
「いや…たぶん違うと思う…。何となくだけど…審神者の立場とかは関係無くで、って感じに殺されたような気のする夢だった」
「…おんしは審神者としての力も持っちゅーきのぉ………予知夢とかじゃなかったらええんじゃが、念の為、石切丸辺りにでも御祓いしてもろうちょくか?」


 今日の近侍に任命していたのだったむつが、話を聞いて難しい顔をして唸り、胡坐をかいたまま腕を組んで云々うんうんと頭を捻り出した。
我が本丸の主に仕える刀として、純粋に心配してくれているのだろう。
有難い事ではあるが、今はほんの気持ち程度に受け取っておくとしよう。
 だがしかし…立場を考えると、やはり御祓いくらいはしておいても損はしなさそうだ。
備えあれば憂い無しとは、よく言う諺である。


「うーん…恐らくそこまでする必要は無いとは思うけど、一応やっとくべきかなぁ……?…にしても、誰だったんだろうな、あの男の人…っ。何か、むつと似た喋り方してた風に思えたけども…」
「は…?わしと喋り方が似ちょったじゃと…?その、夢ん中で主を殺したっちゅー男がか?……っちゅー事は、方言が強い喋り方で、土佐者やったち言うんか」
「た、たぶんだよ…?でも、むつとは、声も姿形も似ても似つかんような人やったのは確か」
「……考えとうは無いけんども、まさか肥前の奴やったちなんてらぁて事ぁ言わせんよな?」
「最近入ってきたばかりとは言え、肥前君ではないよ…。同じ土佐の子とは言ってもね?」
「けんども、主…土佐の者で“人斬り”言うたら、彼奴しか居らんのじゃ……、」
「――あ…?俺の事、何か呼んだかよ」
「っ…!――あぁ、いや…君の事呼んだ訳じゃないから、気にせんとって?」
「はぁ…。まぁ、用も無ェし、そっちが気にすんなって言うなら気にしないでやってやるけどよ」
「うん…っ、何か御免ね。変に呼ぶような感じになっちゃって」
「別に、気にしてねぇって。…んじゃ、俺仕事に戻るから」
「うん、内番当番の途中だったとこ邪魔しちゃって御免ね。わざわざ気にかけてくれて有難う。後で何か差し入れ持ってくね」
「おう…腹減ってるから、何か食い物で宜しく頼む」
「分かった。もうじき八ツ時だから、厨に行って今日の御八ツ貰ってくるね」
「主はまだ仕事中じゃし、わしが持って行ってあげよう行っちゃお
「有難う、むつ。助かるよ」
「なぁに…っ!主は色々あって疲れちょるみたいじゃきのぉ、ちくっとくらい休んだってえいちや。雑事ならわしに任せてくれ任せとうせ!」


 ひょっこり顔を覗かせてはすぐに去り行く肥前君の後ろ背を見送り、内心で思った。


(――まさかだとは思うけど……まさか、だよね…)


 変に汗握る手が、嫌な予感を過らせた。


 ―そんな変な悪夢を見て数日経過、特に何も起こらずに平和で平穏な日々を過ごした。
 そして、スケジュールにあった審神者としての仕事を大方片付け終えて、現世へと戻り、出掛け先から帰っている道中の事であった。

 薄暗い夜道をぽつりぽつりと一人寂しく歩いていた。
すると、道の端、街灯の灯りの下、蠢く何かを視た・・気がした。
職業柄故か、変な勘が働いて動きを制止し、視線の先に映るモノが何かをよく見極めようと暗闇の中、目を凝らした。
街灯の下で蠢いていたモノは、よく分からぬモノで、およそこの世のモノとは思えぬ謎の生物をしたモノのように思えた。
そんな謎のおぞましき物体と目が合ったと直感した途端、異様な悪寒がしたのを感じて、咄嗟の如く後ろを見向きもせずに走り出す。
 アレは、きっと、“人為らざる者”であるのは間違いない…!
変な確信だが、そう確信して、ヤツが居たと思しき元の進行方向とは逆の方向へと進路を変え、走る。
人の形をかたどっているようにも視えたが、恐らく異なる者…おまけに、時間遡行軍とも別のモノであるように思えた。
 ついでに言えば、足音が此方を追いかけて来ているように聞こえるという事は、恐らく追いかけられているという事なのだろう。
内心冷静を保とうとして、そう現状分析してみるが、咄嗟の事ゆえに、何が最善策なのかを考える頭は働かなかった。
 大して体力の無い文系体質の完全短距離派な者からしてみては、こんな危機迫る命を賭けたチェイスなんて出来る訳がなく、持久力の持たない私はすぐに走る速度を落とした。
審神者なんて言っても、どうせただの人間には変わりない。
故に、死ぬ時は死ぬ。
 一瞬だけ、そう脳裏で覚悟を決めかけた時であった。
足が縺れて何にも無い場所で蹴躓き、転けた。
 絶望的瞬間だと、誰しもが思った事だろう。
私自身、本気で死を覚悟した瞬間だったと思う。

 だがしかし、その時、私の目の前を何かが横切ったのだ。
次の瞬間には、視界が血飛沫らしき紅色で染まった。
どす黒い塊を介した刀を払って、紅い鮮血のような滴りの伝う切っ先を払う。
霊力的なものが働いて、普通の人よりもよく視える目に、彼は映った。


「――何ともないかなんちゃーないがか、おまん」


 闇夜に紛れれるような暗い色の外套を羽織った男の人だった。


「おまんが、わしのマスターになる人かえ…?」


 よく聞き覚えのあるイントネーションの方言に口調、だがその容姿と声は見知った者とは異なるものであった。


「あ…?なぁに呆けちょるがじゃ…さっきのがそんなに恐ろしかったのかほがにおとろしかったんか?さっきのは、もうわしが斬り殺しちゃったきに、安心せえや。わしは、剣の天才じゃからな。あんなのは朝飯前ぜよ」


 にやり、不敵に笑んだ男の瞳が、赤く光ったように見えた。
男は刀を仕舞って、立ち上がれないままで居る私の元へ近寄ってくる。


「何ぞ貧弱い奴じゃのう…。ほれ、わしが手ぇ貸しちゃるき、掴みや。さっきので腰抜けたんじゃろ…?いつまでんこがな処に女子おなご一人居らす訳にはいかん。早うぬるぜよ。…おまん、家は何処じゃ?わしが家まで送っちゃるき、教えてくれ教えとうせ


 一見怖い人かと思ったが、案外優しい人だったようだ。
…口は悪いようだが。


「えっと…助けてくれて、有難うございます……?」
「別に気にせんでえいちや。仕事でやっとる事じゃき」


 お言葉に甘えて、差し出された彼の手を快く借りる事にし、彼の手を借りて立ち上がり礼を言う。
黒いウェーブ掛かった長めの前髪に片目を覆い隠した彼は大した事の無いように軽々と私の手を引き上げ、立ち上がらせてくれた。
 職業上、常に戦場と隣り合わせ、死と隣り合わせの環境に身を置いているとは言え、あまりにも突然に起こった出来事に思考が追い付いてきていないが為か。
頭が上手く働かない上に、先程の恐怖に膝が笑って力が入らず立っているのがやっとの状態であった。
こんなザマでは、いざ緊急時が起こった時、本当に対応し切れるのかという疑問と不安が押し寄せてくる。
審神者をやっていながら、此れではお笑い草になってしまう。


「おまん、歩けるがか?歩けんようなら、わしがおぶっちゃるけんども…」
「え…っ?いや、その……、」


 確かに、今の現状を思うと正直おぶってもらった方が良いとは思ったが、どう返答したものかと迷って視線を右往左往させていると、何かを勘違いしたのか、彼は俯き加減に目を眇め私を見た。


「嗚呼…何じゃ、もしかしてぇ……わしの事が恐いがか?異形のモンを斬ったわしが、刀を持ったわしが恐いがか?まぁ、そりゃ恐いわなぁ…何せ、わしは“人斬り”じゃからのぉ」
「は…、え………?」


 ギラリ、赤く光った目が、妖しく歪んだように笑んだ。
暗闇の中、暗がりに紛れるように佇む彼の鋭い視線に射抜かれて動けなくなる。


「知らんかの…?わしの名前……“人斬り”としては、ちっくと有名なんじゃぞ。助けたついでに教えちゃるぜよ」


 ゆらり、一歩歩み寄ってきた彼に掴まれた腕ごと引かれて顎を掴まれた。
一層近まった彼との距離に、知らず知らずの内に私は息を飲んだ。


「わしは、土佐の岡田以蔵じゃ。…人斬り以蔵の方が通りがえいかの?おまんでも、この名くらいばぁ知っちょろう?」


 噎せ返るような血みたいな匂いが、彼の衣服から滲むように香った気がした。
何だか、眩暈がしてきたような気もする。


「…まぁ、ほがな事はどうでもえいか。おまんは此れからわしのマスターになるんじゃきの。さっさと此処から去ぬるぜよ」
「――は……っ?ま、マスターて………、」
「ほれ、早うわしの背に掴まれ」


 よく分からぬまま、彼の背におぶられて、行く先を教えて帰路に着く。
実家の家前に着く頃になって、ふと夢で見た男の事を思い出して、ハッとした。


「おい、着いたぜよ。さっさと降りんか」
「…あの、以蔵さん…、と仰いましたか」
「あ…?さっきそう言うたやか。其れがどういたがよ…?」


 そろりと彼の背より降り、地に足を着けて、彼が此方を振り向いてから言う。


「以蔵さんは…私を斬ったり殺したいと思いますか?」
「は……っ?」
「私は、今日、貴方と初めて逢う前に…貴方に斬り殺されるという夢を見ました…。今日、貴方に逢うまで見知らぬ人と思っておりましたが…アレは、確かに貴方…以蔵さんでした。――私は審神者です。霊力…特殊な力を持つ以上、職業上、予知夢なるものを見たりする事も多々あります。お役目を担っている身故に、私はまだ死ねません。死ぬ事は出来ないのです。守らねばならぬもの、守らねばならぬ歴史がある為に…。故に、もし今私を殺したいという思いがおありなら、仰ってください。全身全霊を以てお相手致しましょう」


 震える手足をなして負けん気を目に宿らせて彼を見据えた。
彼は、私の発言を聞いて、呆けた顔で口を半開きにして立ち尽くしていた。


「な、なんちゃー知らんが…わしはおまんを殺したいっちゃー思うちょりゃせんっ!さっき言うたんは、ちっくとした脅しやら謳い文句の類ぜよ…!おまんを斬りたいとかじゃないき、誤解すな…っ!!」
「…そう、だったんですか?」
「んな阿呆な真似する訳あるか…っ。そもそも…此れからマスターになるゆう人を斬る訳ないちや」
「…あの、さっきからちょいちょい思ってたんですけど、そのマスターってのは何の事で……?」
「はぁ…?マスター言うたら、マスターやか。なぁに寝惚けた事を言うちょるがか…?マスターっちゅーたら、わし等サーヴァントを従える主…主人を指す人の事じゃろうが。そがな事も分からんのか?」
「……………どういう事なのぉ………ッッッ」
「いや、わしの方かて同じ状況なんじゃが…。どういて自分のマスターたる人が出来た思うたところで、自分に殺される夢見たき殺されるんかとか疑われるんか、果てには一触即発になりかけるしのぉ…訳分からんぜよ」


 自分の知らないところで、何故かマスター業と審神者業を兼業する事になっていて、頭の痛くなる話であった。
そして、以蔵さんは何故か私のサーヴァントの一人として契約が成されていて、アサシンの一人として雇っている事になっていた。

 ねぇ、どうしてこんな事になってるの。
教えてよ、こんのすけ。


「――い、いやぁ…其れに関しましては、私からは何とも〜………ッ」
「おーい、マスター、迎えに来たぜよー。早よわしに仕事くれや」
「そんで、知らん内に勝手に本丸にまで来ちゃってる以蔵さん何とかして」
「まさか主が肥前とこの元主ん人を連れて来るとはにゃあ…世の中何が起きるか分からんのお」
「おい…どうでも良いけど、彼奴此処に入ってきて良いのかよ…?結界とかどうなってんだ」
「其れは私が聞きたいよ…。政府どうなってんの、ゆるゆるのがばがばセキュリティーかよ。そんなんだから、他所の本丸とかで襲撃とか起こったりするんじゃないのかよ?」
「何の話じゃ?おまん…。それよか、早うカルデアに戻るぜよ」
「そう急かすなちや」
「あまりの出来事が重なり過ぎて、とうとう主様のキャパがオーバーヒートして以蔵様の口調に…!」
「しゃあしいぞ、狐。余計な事喋って騒ぐようなら斬って狐鍋にするぞ?」
「ひい…っ!其れだけはご勘弁を………!!」
「おまんの元主、凄くしょう物騒な人じゃな?」
「放っとけ」

当時、この作品を書いたのはスランプ時期だった為に色々と拙く、こっそり何度と修正を入れていたんですが…今回改めて加筆修正の手を入れるに当たって一部大幅に手直し致しました。その多くが、むっちゃん(陸奥守吉行)や以蔵さんの台詞についてになります。当時はまだ土佐弁についての理解度・勉強が足らず、微妙な知識で書いておりました。ので、後から見返した際に節々に見られる拙い部分が目に付き、気になりまくった為、今回の加筆修正となります。土佐弁独特の言い回し部分に現代語に変換した場合の意訳を付けましたので、以前のものよりも読みやすくなり、内容も理解しやすくなったのではないかと思われます。今更な修正ですみません。嘗ての訳ワカメな文をフィーリングで読んでくださっていた方、有難うございます。今後も以蔵さん夢は書いていくと思われますので(予定は未定ですが)、次に新たなお話を書く際は土佐弁への理解を深めれていれば良いなと思います。


執筆日:2019.05.12
加筆修正日:2021.10.03
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