雨上がりの青天に降った輝石


 朝も早い時刻、雨上がりの歩道橋の階段、不意に足元が滑り、重力に従って落下した。
急ぎ足で駆け降りている最中に、変に考え事をしていたせいだ。
よって、ガクンッと急に感じた足場を失った感覚から、誤って足を滑らせたのかという事実に遅れて他人事のように思い至る。
反射で「うわっ、」と声を上げるも、周りで反応する人は誰も居ない。
咄嗟に、目の前を上がってこようとしていたサラリーマンに目が行くが、あからさまな様子で横へと避けられた。
…が、出来たらそうではなく、ちょっとくらい受け止めようとか助けようとかしてくれる人は居ないのか。
嗚呼、でも、其れは其れで相手も巻き込んでの事故になっちゃうか。
其れは流石に不味いし、避けるのも無理はないよな。
 いつの日か見た光景がデジャヴとなって脳裏に甦る。
取り敢えず、何とか体勢を保ち、無事地面へと着地出来るよう努めるかと内心腹を括った。
万が一、着地に失敗して怪我をしたとしてもその時はその時だと変な男気を発揮して、足先が地面を捉えるのを構える。

 一瞬の間に幾つもの思考を巡らせた、そんな刹那。
ふわり、とだが確りと受け止めてくれた者が、突然目の前に現れた。
「おっと…、」と小さな呟きを零しながら、その人は落ちかけていた私の身を受け止めてくれた。
初めて誰かが受け止めてくれた。
 受け止められた後、しかと地に足が着いた瞬間、その人から声をかけられる。


「大丈夫か?アンタ。足捻ったりとか挫いたりとかしてねぇか?」
「ぇ、え……?あ…えと、はい。大、丈夫…だと思います……っ」


 矢継ぎ早に怪我の有無を問われ、理解が追い付いていない頭でつっかえながらも受け答える。


「何処も怪我してねぇってんなら安心したぜ。…にしても驚いたわ。いきなり上から可愛らしいお嬢さんが降ってくるんだからな。一瞬、可憐な女神様か何かかと思ったぜ!」


 そう言い切った男性は、何処か軟派な空気を漂わせつつも、憎めない表情でにこやかに笑った。
此処まで理想的で受け止めてくれた人は初めてだと思い、思わずポカンと無言で見つめてしまい、変に勘違いさせてしまった。


「ん…?何だ、まだ現状に思考が付いてきてませんって顔してんな。まぁ、気にすんな!他人様に迷惑掛けただとかの面倒事は、この際無しだぜ?下手すりゃ大事になってたかもしれないって状況だったんだからな。礼とかも要らねぇ。ただ危ないところを助けた、ってだけさね。深く考えなさんなや。…まぁ、どうしても気にするし御礼がしたいってんなら、ちっとだけ聞いてやっても良いぜ?」


 そう間近に迫ってニヤリと笑んだ男性の謎の色気に、ついボッと顔を赤くして飛び退き後退する。
その手の類いに慣れてない奴だと丸分かりの反応だったのか、男性は愉快そうに笑い声を上げて「ジョークだよ、ジョーク…!」と笑った。
 青髪の青年はにこやかに笑って、爽やかに私の心を奪っていったのだった。

 去り際にこっそり振り返って、受け止めてくれたその体躯を見遣れば、素晴らしくも無駄の無い引き締まった体躯で、此れは確かにブレる事無く自身を受け止めるのは容易であろうくらいに鍛えられていた。
きっと何かスポーツとか格闘技などを嗜んでいるのだろう。
「其れくらいには鍛えられた体幹をしていたな…」と、急ぎまた動かし始めた足先を見つめながら、一人ごちるように頭の片隅で思った。

過去、出勤途中の歩道橋を降りてく際、急いでいたせいで階段を踏み外しかけた事、数回有り。一度リアルに踏み外して、かなり上の方から落ちかけるという状況を体験したりも。結果は無事何とか自力で地面に着地。その時も実際誰も助けてくれようとする人とか居なかったorリーマンの男性から避けられたという哀しい実談がある(笑)。


執筆日:2019.08.20
加筆修正日:2021.10.03
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