偽りの笑顔を消す方法


 我がカルデアに、新しいサーヴァントが加わった。
それも、クラスはセイバーである。
その者とは、の有名な新撰組の三番隊隊長を務めていたとされる、斎藤一…その人であった。
つまりは、和鯖の一人である。
既に元新撰組隊士であった者等はちらほらと来ているが、彼は初めて実装されるサーヴァントという事もあって、これからの活躍が楽しみであった。
 出来れば、友好的な関係を築けたら一番良いのだが…其れはお互いに歩み寄らねば出来ぬ関係であるし、絆を築き年月を積み重ねて行かねばならぬ事だ。
手始めに、一先ずは交流をと、気軽に会話を出来るくらいの仲を目標に、来たばかりの人という事も合わさって積極的に話しかけに行った。

 そうしている内に、ふと気付いた。
彼が、いつもヘラヘラとした笑みを浮かべている事に。
その笑みから、彼の真意を推し測る事は出来ない。
正直に言って、何を考えているのか、分からないのだ。
人によっては、其れを“気持ち悪い”と受け取る者も居るだろう。
しかし、自分はそうではなく、純粋にも、その笑みの裏に隠された本当の彼の顔を知りたいと思った。
 その感情は、“何かを暴きたい”という感情にも似ていた。
半分、怖いもの見たさなところもあったかもしれない。
兎に角、彼の笑みを見ていると、そんな感情に囚われたのだ。
 ので、思い切ってマイルームに呼び、二人きりとなった瞬間に問うてみる事にした。


「一ちゃんって、いつもニコニコ笑ってるよね…何で?」
「ニコニコっつーより、ヘラヘラの間違いじゃないの…?というか、その呼び方止めてって言ったでしょマスターちゃん」
「御免。何か、“斎藤さん”って呼ぶよりは“一ちゃん”って言う方がしっくり来て…。あと、より親しみやすさ出るかなぁ〜って」
「まぁ、どうしてもマスターちゃんがそう呼びたいって事なら、僕も敢えて突っ込まないけどさぁ…。えっと、それで何の話してたんだっけ?僕のこの顔が気に食わないって話だったっけ?」
「いや、気に食わないとかは言ってないから!何となく気になるなぁー、とは思ったけども」
「でも、気になる=気に障った、って事なんじゃないの?だったら御免ねぇ〜!僕、いっつもこんな感じだから。嫌なら、僕みたいな奴と関わるのは止めて、他の人にしとけば?悪い事は言わねぇ、もっと良い相手選びな。マイルーム番ってやつも含めてさ」
「そういう訳でも無いから、勝手に話進めようとしないでよ」
「じゃあ、マスターちゃん自体はどうしたいんだよ…?」


 彼に問われて、改めて自分の気持ちと向き合った。
彼と、どう在りたいのか。
出来る事なら対等な関係で居たいけれども、マスターとサーヴァントという主従引いては契約関係がある以上は、少し難しい話だ。
でも、いずれは其れに近しい関係には持っていきたい…というのが、今の正直な感想である。
だから、その旨をそのまま打ち明けるには時期尚早に思えて、最も言いたい事のみを伝える事にした。


「えぇっと…私が言いたかったのは、そういう事じゃなくって…もっとこう、根本的な話がしたかった訳で……っ」
「うん…?全然要領得ないんだけど…つまり、どういう事なの?」
「だから、えっと…っ、一ちゃんにはちゃんと笑っていて欲しくて…!」
「…僕、今も笑ってるけど?」
「そういう如何にもな薄っぺらい笑みじゃなくて、私が見たいのは本当の笑みの方なの…!」
「へぇ…、なかなかに随分な事言ってくれるじゃねぇの…?」
「あ、やっ、今のは別に、貶そうとかそういうディスる意図は無くてですね…っ!!」
「うん、分かってるよー。ただ単に言ってみただけ。其れで、マスターちゃんがどういう反応するか見たかっただけだからさ…変に揶揄って御免。悪く思わんでくれ」
「う゛ぅ゛…っ、こっちこそ上手く伝えられなくて御免……私、口下手だからさ…おまけに語彙力足りねぇ人間だから、すぐ勘違われちゃうんだよね…」
「うん、知ってる。此処に来て日は浅いけども、既に似たような場面に出くわしてるしね。まぁ、人間そう上手く言葉にしづらい事もあるもんよ〜。僕も過去普通に人間やってた訳だから、分かる分かる…っ。…って、今はサーヴァントだから違うがな!」


 上手く言葉に出来なかった事を責めるでもなく受け入れ、ぽんぽん、と頭を撫でてくれる手に、見た目は取っ付きにくそうに見えて案外優しい人だよなぁ…と思えた。
やはり、自分よりも長く生きたが故の貫禄なのだろうか。
其れか、単に私がお子様に見られているだけなのだろうか。
もしかしたら、その何方も含まれるのかもしれないが、事実なので受け入れるしかない事である。


「ねぇ、何で一ちゃんはいつも笑ってられるの…?辛い事や悲しい事があったって、一ちゃんはいつだって笑ってるよね。どうして、そうやって笑えるの…?」
「んー…笑顔で言ったら、マスターちゃんだって笑ってるじゃない?僕のもおんなじだって」
「違う。私のは…そうならざるを得なかっただけ…。私は、私なんかがへこたれてちゃ、駄目だから……。私は、マスターとして皆を引っ張って行かなきゃいけない、世界を元に戻す為に頑張らなくちゃいけない……だから、私は笑ってないと駄目なの。一度泣いたりしたら、俯いたまま立ち止まって進めなくなっちゃいそうだからさ…っ。毅然として構えてなきゃ、って言い聞かせてるんだ」
「…マスターちゃんはしっかりした糞真面目さんだねぇ〜」
「はははっ…よく言われる。変に超が付く程糞真面目だから、“鬱陶しい”って昔ディスられた事もあったなぁ〜…」
「悪くはないよ、そのままでも。けど、マスターちゃんの場合、肩肘張り過ぎてて力抜けてないから、もうちょっと気ィ抜いても良いと僕は思うよ…?新参者な僕が言えた話じゃないけどさ。歳だけは食ってるからさぁ〜……こう見えて、それなりに長生きした奴よ?僕。だから、人生相談ならまぁ聞いてやらない事もない、ってな」


 ぽんぽんと撫でてきていた手付きが、その内グリグリと押し付けるように変わって、ちょっとばかし痛いと抵抗の意を見せようとして彼を見上げた時だった。


「アンタこそ…ちゃんと笑ってみせなよ、須桜。俺みたいなヘラヘラした感じにさ。じゃなきゃ…こっちの調子狂っちゃうでしょ?」
「はじめ、ちゃ………?」
「僕だって、こんなでもマスターちゃんには一目置いてるんだからさ…そんな弱気になんなよ。別に変に強がらなくったって良くない…?此処の人達みーんな優しそうな奴ばっかだし。泣きたい時には泣いて、怒りたい時には怒って、笑いたい時には笑えば良いの。んでもって、逃げたくなった時には遠慮無く逃げる…!我慢してっと、その内ガタが来るぜ…?その方が面倒っしょ。だったら、偶には思うままに感情爆発させてぶちまけちまってもばちは当たんねぇと思うぞ?」


 何故だろう…いつの間にか攻守逆転したみたく私が諭されてるような図になっていた。
最初は私の方が彼に説いていた筈なのになぁ…。
気付けば、彼の方が私の一枚も二枚も上手を行っていたのだった。
 まぁ、人生経験から言えば、孫も居るくらい生きた人間である彼の方がよっぽど豊富である。
私なんて、精々二十数年とそこらだ。
比べる方が烏滸がましいレベルにひよっこなのである。
 故の現在進行形な状況であった。


「…っていうか、一ちゃん…来たばっかしなのに気付いてたんだね?私がちょいちょい表情かお誤魔化してた事」
「伊達に長生きした訳じゃないのよ〜?これでも昔警官やってた事あるくらいなんだから、人間観察には長けてんの」
「だから、一ちゃんも感情隠すのが上手いと…?」
「そうでもしないと、世渡り上手く行かないだろ?大人ってのはそういうもんよ。マスターちゃんはまだまだ若いから分かんない事だらけかもしんないけどね」
「其れって私の事下に見てる…?もしくは、口ではそう言いつつも内心では嘲笑っておいでで…?」
「ちょっとちょっと…ッ、どんだけ性根ひん曲がってんのよ!?今、僕そんな皮肉る事言った!?」
「いんや、たぶん言ってないと思う。単純に私の受け取り方が悪いだけだと思われる」
「僕も大概捻くれた人間だと思ってたけども、マスターちゃんも結構大概よね…っ。其れでもまだまともな精神で以て真面目貫いてんだから、凄いのなんのって……普通ならもっとグレてたりするもんだろ?逆に何でそこまで歪まずに居られんのかが謎だわ〜」
「さぁ?元々の気質とかによるもんだろうから分かんない。つか、自分の事については、そんな深く考えたりしないから」
「いやいや、軽過ぎだろ…っ!もっと自分の事大切にしろよ!マスターちゃんはまだまだ若いんだから、もっと青春謳歌しときなさいって」
「青春って何だっけ」
「そもそものそっからの定義を教えなきゃいけない訳…?マジかよ」


 思わぬ呆れの笑みを頂いてのこの台詞である。
解せない…。
何がどうしてこうなった。
私はただ彼の本当の笑顔が見たかっただけなのに。
いつの間にか保護者的なポジショニングからの話になっている…。
何でだ。

 そうこう思っていたら、徐に笑みを消した彼に顎を掬い上げられ、顔を上向かされた。


「何だったら…俺が青春の意味、教えてやろうか…?」
「…えーっと、コレは所謂“お誘い”というヤツなのでしょうか…?」
「んー、どういう風に受け取られても構わねぇが…須桜がそう思いたいなら其れでも良いぜ」
「つまりは…一ちゃんと大人なお付き合い始めましょ、って事で合ってます…?」
「そっ。嫌なら良いよ、断ってくれても全然オッケー!」
「うん…まぁ、一ちゃん相手なら、いっかな」
「えっ」
「え?」
「嘘でしょ…?今のでオッケーしちゃうの?」
「あれ、今のもしかして冗談だった?」
「冗談半分、本気半分ってとこだったんだけど…まさかのオッケーしちゃうのかよ……。駄目じゃん、マスターちゃん…ソコはちゃんと“ノー”ってはっきり断らなきゃ…っ」
「何で反面教師的に言われてんのか謎だけど、取り敢えず御免。ぶっちゃけ、一ちゃんならいっかなって思えたから了承したんだわ」
「そういうとこだよ、マスターちゃあ〜ん…っ。本当、アンタいつかマジで騙されるよ」
「一ちゃん相手なら別に構わないけど?」
「だから…っ!――ってもう突っ込むのも疲れたわ…。ハハッ…流石は我等がマスターちゃんだ事」


 またもや呆れの笑みを頂いて複雑な限りである。
でも、いつものヘラヘラした感じの笑顔じゃなくて、彼の本心からの感情が窺えた気がして良かった。
見たいと思っていたものとは違ったけれども。
偽りの笑顔じゃないものが見れて満足だ。


「それで…?一ちゃんは、まず何を私に教えてくれるのさ」
「え…ソレ、マジで言ってんの?」
「え、教えてくんないの?」
「…マスターちゃんこそ、本気で僕相手で良いと思った訳?もっと良い相手他にも五万と居るでしょうに…」
「んー…でも、一ちゃんが初めてだもん。そういう事言ってくれた人…。だったら、任せてみても良いかなって」
「……マジでいつか騙されそうで怖いわ、この子…。純粋過ぎかよ」
「そんなピュアっ子でもないけどなぁ〜、私…。悪い事もそれなりに嗜んでますし?」
「マスターちゃんは十分ピュアっ子ちゃんですぅ〜っ」


 顎を掬い上げていた手がするり…、と下りて、首筋に触れてきた。
その手が耳朶を擽ってきて、思わず肩を竦める。
そんな私の様子に目を細めて僅かに笑んだ彼が言う。


「あー…やっぱ、ナシナシ…!こんな純粋な子たぶらかしちゃ、副長辺りに殺されそうだし…そうじゃなくても、此処には鬼みたいに過保護な連中がゴロゴロ居るから無理!」
「なぁんだ…結局全部冗談にして無かった事にしちゃうのか。残念。…ちょっとだけ期待したのになぁ」
「あのねぇ…こんな胡散臭い大人に騙されちゃ駄目よ?自分で言うのも何だけど。ただでさえマスターちゃんは美人なカワイコちゃんなんだから…そうひょいひょい無防備に付いてっちゃうと、今に後悔するぜ?」


 ニヒルな笑みを浮かべてパッと手を離してみせた彼が距離を取って笑う。
その余裕をかました笑みを崩せるのなら、本当に付き合ったって良いのだけどね。
暗に其れを滲ませたように、離れていこうとする彼の袖を掴んで口を開く。


「私は好きだけどね、一ちゃんのそういう紳士なとこ」
「え…っ、」
「うん?」
「…あ、や、何でもない…」


 そう言って然り気無く口許を隠して顔を逸らす彼の耳元が赤く見えたのは、きっと気のせいではない。


「一ちゃん…?どったの?」
「いや…悪いんだけど、今ちょっとこっち見ないでくれる?とてもじゃないけど見せらんない顔してるからさー…」
「はぁ…、よく分かんないけど…別段変な顔してないと思うけどね?」
「ちょ、っだからこっち見ないでって言ったじゃん…!」
「だって、一ちゃん、珍しい顔してるから気になっちゃって。そんな隠さなくても良いのに…普通に可愛いよ?」
「…ねぇ、男に向かって“可愛い”とかっての、褒め言葉じゃねぇの分かってるよな?ふざけんなよ、マジで。俺だって、マスターちゃんから変な事言われなきゃこうなってねぇから…ッ!」
「え、私そんな変な事言ったっけ?」
「本当そういうとこだよ……この天然タラシめ」
「何やて工藤?」
「僕斎藤だし、誰だよソレ。つか、そんな名前の人このカルデアに居たか?」
「ネタだよ、ネタ」
「はぁ〜……もう、マスターちゃんってば、僕の事こんだけ振り回せるんだから凄い子だよ…本当。マジで調子狂うわ」


 照れ隠しにそんな事を言って拗ねた顔を見せる彼は、存外可愛らしい人だったのかもしれない。
人は見掛けによらないって、本当の事だったのねぇ。

気付けば不意にドボンと一ちゃん沼に落ちてました。再臨前のコート姿も再臨後のスーツ姿も最終再臨後の新撰組衣装姿もどれも素敵です。格好良い…。個人的に推すのは、再臨前と再臨後のスーツ姿の方です。短髪男子好き。目付き悪めなとことか最高、性癖に刺さりまくる…ッ。アレで刀振り回すんだぜ?格好良過ぎだろ…。控えめに言って好きが過ぎる、以上。


執筆日:2021.09.23
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