大好きな貴方の懐へ飛び込む幸せ


 ふと、通りすがりに逢ったはじめちゃんへ一言申した。


「ねぇねぇ、はじめちゃん。今、第一再臨の時の格好に戻って、って言ったら戻れる?」
「うん?よく分からんけども…お安い御用で」
「あざーっす」


 言うなり何なり、すぐにご注文通りの姿へと戻ってくれたはじめちゃん。
和装姿からあっという間に洋装姿へと早変わり。
まるで、早業なマジックショーかイリュージョンでも見ている気になるが…其れはさておき。
 私は一言断りを入れて彼の懐へと飛び込ませて頂いた。


「では、ちょいと失礼させて…えいっ」
「あらら、急にどうしたの?そんな大胆にも僕に抱き付いてくるなんて…」
「んー、何か今日はちょっとひんやりと肌寒かったので」
「嗚呼、其れで暖を取りたくてわざわざ第一再臨に戻ってくれなんて言ってきた訳ね。確かに、今日は少し肌寒いからなぁ〜…人肌恋しい季節となってきました、ってか?ははっ、なぁ〜んてね」
「…うん、まぁ、其れも大いにあるのだけども…せっかくの機会ですので、ついでにちょこっとくらい甘えさせて頂こうかと…」
「あんれまぁ。あの甘え下手なマスターちゃんがねぇ。いや、こりゃ参ったね〜!そんな可愛い事言われちゃ、言う事聞かない訳にはいかないっしょ?どぉーぞ、好きなだけ存分に甘えてきな」
「わぁーい、本人からの許可もぎ取った上に堂々と甘えておkの許可降りましたぁ〜」
「うんうん、好きなだけぎゅってしてて良いよ〜。その間に僕も充電させてもらうから」


 小柄な身ながら目一杯背伸びをして思い切り抱き付けば、その身をしっかりと支えてくれるように包み込んでくれるはじめちゃん。
控えめに言って優しいし格好良い。
そうやってナチュラルに何でもこなしてみせるから罪深い男だ。
 ロングコートの内側に入り込む形で抱き付く絵図は、端から見てちょっとシュールである。
でも、そのジャケットを巻き込みつつぎゅう〜って抱き締めてくれる温もりが心地好い。
さっきまで何故かやたら肌寒く感じていたのが嘘のようにぽかぽかとあったかい。
 子供が甘えるみたく抱き付いたままグリグリと額をドリルしていると、小さく笑ったのか、はじめちゃんの懐の筋肉が衣服越しに震えたのが分かった。


「なぁに、今日は随分と甘えたじゃないのよ…?」
「…何か無いと甘えちゃ駄目なの?」
「い〜んや、そんな事無いよ。寧ろ、甘えたい時に好きなだけ甘えれば良いさ。…ただ、普段あんまり甘えない事の方が多いマスターちゃんがこうして甘えた発揮してんのが珍しいなぁ〜、って思っただけ」
「んー…人肌恋しい季節になったからかな…?何となく誰かにむぎゅっとくっ付いていたくなっちゃって」
「へぇ、その誰かってのが僕だった訳だ?いやぁ〜、嬉しいねぇ〜!そんな風に僕のとこに来てくれるなんて!」
「偶々そう思った時に一番最初に逢ったのがはじめちゃんなだけだったのもあるけども」
「えぇ…っ、今の一瞬の僕の感動返してよ…」
「御免。お詫びに沢山ぎゅってしてて良いから」
「え〜、其れだけじゃ割に合わなくない…?お詫びって言うくらいなんだったらさ、コレくらいまでサービスしてくれなくっちゃ」


 途端、米神付近に降ってきた柔い口付けに、反射的に目を瞑った。
その瞑った拍子に、今度は目蓋の上にも淡く優しく触れるだけの口付けが落とされる。
身長差から必然的にも私は彼を見上げる形となるから、躰の大きい彼の方がいつだって有利だし、私の事をいとも簡単に包み込めてしまう。
今だって、懐に抱き付いた私へ覆い被さる如く躰を折り曲げ、キスの雨を降らせている。
そんな優しく甘いキスの雨を嫌がる事も無く享受する私も大概なのだけど。
 偶然にも人通りの少ない通路で、私と彼の二人以外誰も居なかったからと甘やかに戯れている。
他の人の目が無い時だからこそ許される事なのである。


「んぅ…はじめちゃん、擽ったい…っ」
「んー?何てー?」
「うみぃ〜…っ、絶対に聞こえてた癖して聞こえてない振りすんのは狡い人がやる事だぞ〜…!」
「んふっ、だって僕狡い人間ですもの。マスターちゃんが嫌がらない限りはやめないよ〜」
はじめちゃんのデレ感が凄まじい」
「…言っとくけど、今のこの状況を作ってる原因のマスターちゃんだってブーメランだぜ?」
「其れもそうだった…」
「だから、お相子様のお互い様ってヤツですよん」


 お互いにむぎゅむぎゅしながらユルユルとした顔付きで、これまたユルユルとした言葉を交わす。
 ――私達はいつ砂糖製造機と化したのだったか…?
ゆる甘な空気を漂わせながら二人仲良くくっ付いていた。


「こうしてるとあったかいねぇ」
「そうだなぁ〜」
「ずっとこうして居たい気もするけど…此処で其れは流石に憚られるから、自ずから辞退させて頂きますね」
「恥ずかしがるの、今更なんじゃないの…?」
「いや、だってさぁ…部屋でならまだしも、こんないつ人の往来があるかも分からない場所でイチャつくのは、ちょっと」
「じゃあ、今すぐマスターの部屋に行こう。うん、そうしよう」
「何を期待してるんですかねぇ…?」
「そりゃ、“ナニ”じゃないの…?」
「やだ、はじめちゃんのエッチ」
「現在進行形で他人ひと様の懐で暖取ってる人に言われたくありませ〜ん」


 恥ずかしいと言いつつ、離れずのまま彼の懐――腕の中に居座った。
そうしたら、スリリと頬へ頭を擦り寄せてきた彼が言った。


「ねぇ、この後も暫く僕の事占領してて構わないからさぁ…マスターちゃんからのキス、一回だけ頂戴?」
「えぇ…っ、此処で?」
「だぁーいじょぶ大丈夫っ、今は僕達以外誰も居ないし…コートの内側に隠れて見えないから」
「…んもぉー、しょうがないなぁ…っ。……一回だけだよ?」
「うん。一回だけで良いから、お願いしますよ」


 そう欲しがりな顔付きで乞われて、仕方無しとばかりな風に頷き、背伸びをしてつま先立ちとなる。
そんな私がフラつかないよう、しっかりと腰から支えて少しだけ身を屈めながら今か今かと待つはじめちゃん。
よく出来たワンコである。
待てを出来たご褒美に、偶にしか贈らない私からのキスを贈る。
 軽く触れ合わせる程度の柔らかい口付け。
グッと唇を寄せた瞬間、ふわり、と彼の匂いが強く香った気がした。
ちゅっ、と唇を重ね合わせるだけの行為だが、此れがとてつもなく恥ずかしく、また照れの来る行為なのだが…其れ以上に幸福感を得られる事なのだと知っているから出来る芸当なのである。
 唇を離しかけると、まだ足りないとせがむように離しかけた唇を追うみたく今度は彼の方から唇を触れ合わせてきた。
私の唇を柔く食むようにして口付け味わう彼に、咄嗟に待ったをかけて彼の胸を押し返す。
すると、意外にもすんなり引き下がる様子を見せた彼は、名残惜しそうにしながらも唇を離してくれた。


「ちょっと…っ、其れ以上は流石に此処では駄目だって!せめて、がっつくのは部屋に戻ってからにして…!」
「ハイハイ…ッ。んじゃま、此処では出来ない以上の事をしに部屋へと参りましょうかね、マスターちゃん?」
「んもぉー…っ、すぐそういう事言うんだから…っ」
「マスターちゃんだって、そろそろこんなとこでイチャつくよりも部屋でゆっくりのんびりしたくなってきたでしょ?」
「…其れは、否定出来ないけども……っ」
「じゃあ、決まりね〜!まぁ、このはじめちゃんに任せなさいって。部屋までの道中の護りだって何のその…。――お部屋に戻ったら、今よりももっとくっ付いて二人だけでしか出来ない事しましょっか、マスター?」


 抱き付いていた身をそのまま抱え上げられて運ばれる形となる。
部屋に着いたら、もっと甘くくっ付いて頭がふやけるまで蕩けさせられるのだ、きっと。
そんな期待を初めから抱いていた訳では無いのだけれども…其れでも、此処までされては期待せずには居られないのである。
だから、私は抱え上げられた身を目一杯伸ばして彼の耳元で囁いてやった。


「部屋に着いたら…はじめちゃんの好きにして良いから、寒くなくなるまでずっと二人でくっ付いてよ?」
「ッ……、――んっとに俺のマスターは俺を煽るのがお上手だ事…!良いぜ、部屋に戻ったらとことん甘やかしまくってやるから。精々今の内に期待しときな」


 耳元で返される平時よりワントーン落とされた低い声音に、ゾクリと身を震わせながらも、これから先の展開へ期待に胸を膨らませながら彼の腕の中で微笑む。
 勿論、和装姿の時の彼も好きだけれども、今回みたくロングコートの内側へ飛び込む事は洋装時の第一再臨の時にしか出来ないから。
また次に人肌恋しくなった時は、今日みたく甘えて乞うてみようかな…と思った。

 ―後日、私が第一再臨の姿になるようお願いすると、甘えたモード+イチャつきたい時と思われるようになるのであった。

彼のあの第一再臨時の姿を見た時から、きっとこういうシチュエーション出来るよねって考えてました。私は煩悩の塊。且つ欲望に忠実な脳味噌は、誰に需要があるか分からないデロ甘なネタを吐き出しました。強いて言うなら自分にしかないだろうなァ(笑)。若干一ちゃんが誰おま状態な気もしなくもないけど、まぁ惚れた相手にはデレデレの甘々になっても良いかなという事で。だって、史実じゃ愛妻家で有名だったんでしょ…?(うろ情報or知らんけど)だからアリだと私は言うぜ。


執筆日:2021.11.06
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