他意は無いと言い張る


 とある日の事だ。
 通りすがりに会った村正より茶に誘われ、丁度休憩でも挟もうと思っていたところだったのもあって快諾の返事を返し、そのまま彼の後を付いていく。そうして連れて来られた場所は、村正の部屋こと囲炉裏庵であった。
 サーヴァントの部屋は、それぞれの個性が出ていて面白い。彼の場合は、日本生まれだからか、昔懐かしの囲炉裏のある純和風の作りで構成された部屋だ。此れがまた己の生まれ故郷を想起させて居心地が良く、落ち着く。
 部屋に来るなり、村正自身が淹れたお茶を差し出されたマスターは、短く感謝の言葉を口にして此れを受け取った。尚、マスターが猫舌である情報は事前に入手していたので、一応少し冷ましてから渡したつもりだった……のだが。マジの猫舌な彼女にとってはまだ熱く、ズズッと一啜りした途端に舌を火傷してしまったらしい。直後、「アチッ!」と声を漏らして湯呑みから口を離す。
「すまんっ! お前さんにはまだ熱かったか?」
「ぴぃ……っ、舌火傷したかも……」
「赤い弓兵アーチャーの奴から、マスターは猫舌だからってんで温かい飲み物出す時はある程度冷ましてから出すように言われてて、一応オレなりに冷ましてから出したつもりだったんだが……まだ冷まし足りなかったか〜っ。大丈夫か?」
「舌先がピリピリしゅる……っ」
「あ゛ーっ、悪い……。念の為、状態の確認をしておきてぇから、こっち向いて舌べって出してみろ」
「あ゛いっ……」
 慌てた村正は心配して見せてみろと言い、これまた素直なマスターは其れに従って無防備にも口を開けて見せた。すると、最初こそ普通に確認の為との理由で見るだけで居た村正だったが、何を思ったのか、唐突に口付け舌を絡ませてきた。彼の突然の奇行に驚きのあまり固まったマスターは、混乱の極みから宇宙猫状態に陥る。時間にして数秒程だが、体感的にはもっと長く感じる口付けが終わるなり、すぐに口を離した村正は、改めて状態を確かめるように見つめてこう言った。
「大したこたねぇが、ちと赤くなっちまってるみてぇだから、念の為冷やしておいた方が良いだろう。後から腫れてきちまってもお前さんが辛いだろうしな。今氷持って来てやるから、此処で待ってろ」
 其れにポカン……ッとして、遅れて今起こった事実を理解した脳味噌が弾き出した素朴な疑問を口にする。
「なっ……何で今、火傷確認するのにキスしたの……っ??」
「何でって、そりゃあ……その方が手っ取り早いと思ったのもあるが、お前さんがあまりにも無防備なツラして真っ赤に熟れた舌先を差し出すんでなぁ。ちと焼きが回ったというか……まぁ、そういうこった。オレ相手だからこんくらいで済んだんだろうが、他が同じとは限らねぇって事を頭に入れとけよ。んで、次は無ェから、また今度同じように無防備曝け出したりなんかした時は、容赦はしねぇーからな? よぉーく覚えとけ、ド阿呆」
 意味深なお叱りを受けた直後、呆然としていたマスターの額にデコピン(手加減済み)を食らわす村正。その痛みに一瞬囚われている内に、彼は年嵩の者らしい含み笑みを漏らしながら一旦視界から捌けた。加減されているとはいえ、油断し切っていたところの仕打ちだった為に、寸の間痛みに悶えて額を押さえて蹲るマスター。
 再びおもてを上げた頃には彼も戻ってきており、手にしていた氷を口に含ませてやると言って此方に向かって再度口を開くよう指示した。此れに、彼女は若干の涙目ながらも素直に従い、小さく口を開いてみせる。しかし、先程のすぐだからか、少しばかり恥じらいを持ちつつの躊躇いの姿勢を見せての対応であった。そんな彼女の様子に、一瞬邪な考えが浮かびかけるも、かぶりを振って霧散させ、今度は普通に言葉通りの意味で口の中へ入れてやろうとした。
 だが、此処で問題が起きた。思ったよりも氷のサイズが大きく、マスターの小さな口には入り切らない物だったのだ。完全に失念していたと申し訳なさそうに謝罪の言葉が口を突いて出ていく。彼女自身は気にしていないと首を振るが、折角せっかく用意したからにはこのまま無駄にするのも勿体無い気がして……。
 ふと閃いた考えに、彼はちょっと待ってろの言葉の後、深く考えずにすぐに自身の口の中へ氷を放り込み、ガジガジと少しだけ噛み砕き始めた。そして、丁度良さげな大きさになった事を確認するや否や、彼女へと有無を言わせる間も与える事無く再び口を塞ぎ、舌先で抉じ開けた唇を割って噛み砕いた氷を口移しで与えた。
 彼からしてみれば、単なる親切心とかからの行為であって、他意は無かった。しかし、先程の事があった直後での事だった故にマスターはあからさまにビクリと震え、盛大に肩を跳ねさせて彼を引き剥がそうと試みる。だが、体格差から見ても圧倒的に彼の力の方が勝り、びくともしない。おまけに、彼からしてみれば、抵抗のつもりで胸元を押した行為が逆に縋っているようにも受け取れたからか、年甲斐もなくムラッと煽られてしまったらしく。そのままグッと口付けを深くして、互いの舌の温度で氷の粒が溶けるまで貪った。
 次に唇が離れたのは、すっかりマスターの腰が砕けてしまった後である。哀れにも息も絶え絶えな様子のマスターに、此れは流石にやり過ぎたと反省の意を見せた彼は素直に懺悔の言葉を口にする。
「ッ〜〜〜、その……すまんっ、つい……魔が差しちまったというか……あ゛ーっ、依代の肉体に精神が引き摺られるたぁ俺もまだまだって事だなぁ〜。すまん、今のは本気で悪かった……っ。許してくれ、なんて甘いこたぁ言わねぇよ。マスターに無体を働く野郎なんざに遠慮は要らねぇからな。罰は受けるよ」
 彼はそう言ったが、結局何も返せぬままで居れば、彼は気まずそうに視線を逸らして、自身が渡した湯呑みを指差し。
「其れ、飲み終わるまでは好きにしたら良い。オレはちょっと頭冷やして来るんで……その間に部屋を出て行きたきゃ好きにしな。そん時は、わざわざ声かけずとも構わねぇからよ。飲み終わった後の湯呑みは、そのまま適当に置いといてくれりゃあこっちが後で片しといてやる。んじゃあ、そういう事なんで……っ」
 そう言い残して、そそくさと奥の工房の方へと姿を消した村正。その後、彼は煩悩を打ち消すべくが如くに鎚を揮い、暫くの間トンテンカンと刀を打ちまくるのであった。

日常でありがちな舌を火傷するネタ。初めこそ戯れのつもりで揶揄っていたが、その後不埒で邪な考えが思考を埋め尽くし、また素直で無防備なマスターちゃんに思わずムラッと来ちゃったお爺ちゃんがやらかすお話でした(笑)。
村正の爺様は沼ぞ……っ(爺様に限らず士郎顔は皆漏れ無く沼化www)。


執筆日:2023.07.11
公開日:2023.07.13
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