肩口に残る匂い

ある時、ラルを抱き締め、肩口に顔を埋めて彼女の匂いを吸おうと思ったヒルメス。

しかし、別の人間の匂いがして、訝しんだ彼。


「…誰だ。おぬしに近付いた不届き者の輩は…っ。」


有無を言わせぬ低い声で問い掛けるヒルメス。

少し厄介だな…と思いつつも、素直に受け答えるラル。


『あ〜…たぶん、ナルサスかもしんない…。』


気まずい空気に、彼女は堪らず顔を背けた。

匂いが付いた原因は、彼女が男に対し無警戒であるからで…(その理由を述べたら、この世界の人物は、元々アニメや本で知っているから、となる)。

そんな彼女の無自覚さに苛立ちを覚えたヒルメスは、其処が他の者も通り行く廊下であったとしても、気にせず人目を憚らずに彼女の肩を壁に押し付けた。


「…ほぅ?あのへぼ画家の匂いが、一体どうすれば其方の肩口に移ると言うのだ…?」
『え…、えっと……ダリューンとナルサス二人が、どうでも良さそうなくだらない事で口喧嘩おっ始めて…。それを五月蝿いから諫めてやろうとしたら、“自分とコイツのどっちが優れているか”とか、あんまりにもしつこく訊いてくるから…拗らせたら面倒だったし、そこはおだててでも…と。両方の良いところを褒めてやってたら、気分を良くしたナルサスに肩組まれちゃって。たぶん、その時じゃないかと…。』


言い終わると同時に、ラルは「そんなに匂いするかな…?」と言われた肩口の匂いを嗅いでみる。

まぁ、付いていたとしても、絵の具の匂いだろうが…と思った矢先であった。

突然、頭の片側にドンッ!と音を立てて、ヒルメスの拳が突き付けられた。

思わず、首を竦めて、怯えた目で彼を見やるラル。


「ふん……っ。あのへぼ画家風情が俺のモノに手を出すとはな…良い度胸だ。…して、おぬしは、何故それを許したのだ…?」
『え………や、別に…。特にこれといった理由は無いけど…。』
「特に理由も無く、俺ではない他の男に肩を抱かれたと申すのか…?」
『何かその言い方じゃ誤解が生まれる…!まぁ、強いて言うなれば…見知った仲だったから……かな?』
「……………。おぬしの言い分はよぉく分かった。」
『………うん?』


何か可笑しいぞ、この展開…っ。

何かやばいヤツじゃね…!?

と思ったのも、束の間。

ヒルメスの顔が、鼻先が触れそうになる程に至近距離に距離を詰め、凄んだ声で耳元へ寄せるとこう告げた。


「…おぬしは、俺だけを見ておれば良いのだ。」


そう低く唸られたと認識した直後、容赦無く塞がれる唇。

呼吸をするのも許されず、息をする間も無しに次々と角度を変えられ、唇を強く食まれた。

息が出来ない事に、ラルは苦しさで眦に涙を浮かべる。

生理的に流れる涙を見て、満足気に喉を鳴らすヒルメス。

己に翻弄される姿に、


(もっと…もっとだ……っ。俺に翻弄されろ。俺だけしか見れぬようになれば良いのだ………っ!)


と、歪んだ感情を渦巻かせた。

彼女の口端から零れ落ちる唾液を、愛しげに啜り飲み込むヒルメス。

全てを食い尽くさんばかりに、荒ぶる感情の勢いのまま、彼女の唇に貪り付く。

目尻に生理的に浮かぶ涙を溜めたラルは、あまりの苦しさに無意識にヒルメスの外套に縋り付いていた。

その愛らしい姿に、余計に胸を高鳴らせると、夢中で彼女の口を蹂躙した。

酸素を求めて薄く開かれた隙間を見付けると、この時を待っていたかのように狭い隙間を舌で抉じ開け、口内を侵す。

初めての深い口付けに、その身を強張らさせ、肩を震わせるラル。

必死で絡み付く舌から逃れようと、自身の舌を引っ込め、身を捩らせて、彼から自身を引き離そうとするも。

彼女の考えを読んでいた彼がそれを許す気など毛頭無く…。

逃げる腰を引き寄せ、後頭部を固定し、崩れ落ちても良いように腰を抱き寄せて支える。

そして、より深く口付けるのであった。


―酸欠になった彼女が気を失いかけたところで、漸く唇を解放したヒルメス。

ずりずりとその場に座り込むと、恨めしげに彼を睨み上げたラル。

その表情は羞恥に満たされており、赤く染まり、目には涙が溜まり潤んでいた。

そんな姿で威嚇されても、誘っている事他ならないと感じたヒルメスは、彼女と口付けた事で潤った自身の唇を満足気に舐め上げた。

艶の孕んだ彼の姿に、一瞬目を剥いたラルであったが、先程の行為に腹を立てていたので、動揺した事を悟られぬよう、顔を思いっ切り顰め、そのまま斜め下へと逸らす。

隠しているつもりなのだろうが、バレバレであるその態度に気を良くしたヒルメスは、彼女の前へ屈み込み、顎をクイッと持ち上げ、逸らされていた顔を己の方へと向かせた。


「どうだ…?口の中を蹂躙された屈辱は。」
『ッ……………。』


答えられないと分かっていて訊いている彼は、確信犯だ。

案の定、真っ赤な顔で無言の解答を返すラル。

「どうせ分かり切っている癖に…っ、」とでも言いたげな視線を投げ掛けている。

それを鼻で笑い飛ばすと、すっかり腰を抜かし切っている彼女の身体を横抱きにして抱え、己の部屋まで運ぶヒルメス。


「取り敢えず、仕置きはここまでにしておいてやろう…。今の口付けだけで、おぬしは骨抜きになっているようだからな?これ以上は、この場でやるのも憚られるし…何より、おぬしの艶ある姿を他の者に見せたくはないからな。一先ずは許してやる。」
『……とか言って、心底楽しんでる癖に…ッ。』


ボソリと反論の声を上げたが、今は隠した仮面の裏で光る鋭い視線に射抜かれ、縮こまるラル。

あまり余計な事を申せば、彼の機嫌を更に損ねさせてしまうだろう。

そう思った彼女は、「いいえ、何でも〜…。」とその先を噤んだ。

そんな小生意気な態度を取られても特に動じないヒルメスは、稀に行き違う通行人へ、己のモノであると見せびらかすように彼女の髪へと口付けを落とす。

その道中、赤く染まった顔を見られたくないと上半身を捻り、彼の肩口に顔を埋めて隠すラル。

可愛らしい反応を返された彼は、部屋に戻ったら歯止めが効かなくなりそうだと、彼女にとっては恐ろしい事を考えながら歩き進めるのだった。


◆END
加筆修正日:2019.07.07
prev back next
top