願いは幾つあれど、行き着く先は同じ

とある現世に、仲睦まじい男女一組が居た。

その二人は、とても親しく、見ている此方がほんわかしそうな雰囲気を放っていた。

例えるなら、ふわふわと花が二人の周りを飛んでいるようである。

しかし、端から見て、二人は恋人のようであり、親子とも見紛うような年齢差であった。

その男女というのは…。

嘗て、戦乱の世を駆け抜け、必死に生き闘い続けていた万騎長の一人…サームであり。

同じく彼の主と共に付いていき、異世界の迷い子ながらも乱世を生き抜いた、王族の生まれ変わり…ラルである。

彼女は、彼の昔、とある王子と結ばれるかと思われたが…その運命を選ばず、彼の幸せを願って別の人間と添い遂げたのだった。

この男もまた、非業の死を迎える筈だった運命から外れ、心寄せる者が居たにも関わらず、独り身を通したのであった。

何方も今や過去の話。

それぞれの前世の記憶にあるものであって、平和なこの世に至る話ではない。


―刻は、元旦…。

初詣で参拝客溢れる神社の境内に、二人は居た。


『うわぁ〜…やっぱり正月は人が多いねぇ〜っ!』
「そうだな…。まぁ、せっかくの正月という目出度い期間であるのだし、何処かへ出掛けたくなるのは当然であろうな。」
『あと、元旦だしね…!初詣は行っとかないと!…あ、参拝する列ってあれかな?早く並ばないと混んじゃう……!』
「そう焦らずとも、時間はゆっくりあるのだから…。それに、こうも人が多ければはぐれてしまうぞ?手を繋いでおこう。そうすれば、はぐれずに済む。」
『……サームしゃん、それって…何気に周りへのアピール?』


ぱたぱたと忙しない彼女を宥めるように、大人の威厳オーラを放つサーム。

会話からも分かるであろうが…彼女等は、今や恋仲にあるのである。

とうに三十路も過ぎて、四十に差し掛かろうかという齢になる彼…。

現世で再び彼女と出逢えた事で、漸く結ばれた二人であるのだが。

ラルの歳は勿論、まだ二十歳を過ぎたばかりという若さだ。

親と子程の年齢差なのであった。


『…あ。順番、もうすぐだね。お賽銭用意しとかなきゃ…っ。』
「ラルはもう願い事は決まっているのか…?」
『勿論!今は言わないけど。願い事って、お願いする前に口にしたら効力下がりそうだし…。』
「確かに、そうかもしれぬな。」


参拝する為に並んだ列がゆっくりと進んでいく。

そして、徐々に動き、彼女達の順番となった。

賽銭箱の前に立ち、お賽銭を投げ入れ、鈴を鳴らす。

がらんがらん…っ、と荘厳な音が耳朶に響いた。

正式な順を踏んで礼をし、柏手を打つ。

そうして胸の前に掌を合わせ、奉られる神様へと祈りを捧げる。

瞳を閉じて真剣に祈る彼女の姿を…一瞬だけ、チラリと横目で見遣ったサーム。

隣に居る愛しき存在を感じながら、己も同じように祈った。


―参拝を終えると列から外れ、お守りなどを買う為、人の集まる社務所の方へと足を向けた。


「なぁ…先程は、何やら真剣に祈っておったようだが…どんな願い事をしたのだ?」
『え〜?…う〜ん、内緒っ!』
「教えてくれぬのか…?」
『乙女の秘密〜っ!あ、でも…サームの願い事の内容は知りたいな…。聞かせて…?』
「それは、卑怯なのではないか…?」
『えへへ…っ、だって気になるんだもん。ねぇ、教えてよ?それによっては、私も教えるから!』
「仕方がないな…っ。」


苦笑を浮かべつつも、元々隠す気の無かった彼は、寒さで冷えた彼女の手を取りながら、口を開き、歩く。


「俺が祈った内容はな…。おぬしと…ラルとこの先、死ぬまでずっと共に幸せで居られますように、だ。」


柔らかな笑みを浮かべ、彼女の両の手を包み込む。

ラルは、彼の思いもよらぬ言葉に目を見開き、足を止めた。

大人の余裕で、その若さ故の反応にクスリと笑った。

彼女は、惚けた顔でポツリと言葉を零した。


『………さ、流石、サームしゃん…。負けるわ〜……。つか、一生勝ち目無いかも…っ。』
「顔が赤いが、照れたのか…?」
『う…っ、うるさいなぁ…!未だに、こういうのは慣れてないから…ちょっと恥ずかしかっただけだよ……っ。』


最初こそは捲し立てたが、最後の方は尻萎みな小声で話したラル。

心なしか、頬は赤みを帯びており、視線はちろちろと恥ずかしげに彷徨っていた。


「そう恥ずかしがらずとも良かろうに……。…っふ、」
『むぅ…っ、笑わないでよ…!』
「ははは…っ、いや、すまんすまん。あまりに可愛い反応をするから、少し揶揄ってやりたくなったのだ…っ。機嫌を損ねたのなら、悪い。」


そう言うものの、少しも悪びれている様子は窺えないのだが…。

別段、怒っている訳でも嫌だった訳でもないので、ふん…っ、と鼻で息を鳴らすだけにした。


「して…おぬしの願い事の内容は、教えてくれないのか…?」
『……教えるよ…。どうせ、サームのを聞いた後に言うつもりだったから…。』
「そうか。それは良かった。」


和やかな笑みを浮かべて、冷えた彼女の頬にそっと触れる。

まだ恥ずかしがりながらも、ボソボソと受け答えるラル。

サームの時折見せる大人の余裕や空気は、彼女にとって免疫の無いもの。

それ故、付き合い始めてから結婚した今でも、慣れない事が多かった。

それこそ、夜になると見せる男の表情となれば余計に…だ。

―今は、それはさておき…。

彼は話したのに、自分が話さない訳にはいかないので、順を追って話していく。


『えっとね…私がお願いしたのは、まず…“今年も健康でいられますように”、でしょ?次が、“仕事が上手くなり、会社仲間と仲良く出来ますように”、で……。』
「まだあるのか?たくさん願ったのだな…。」
『うん。だって、やりたい事がいっぱいある分、それだけたくさんある訳だし…。えと、三つ目は…“サームが健康でいられますように”……。』
「俺は、まだそんな歳じゃないんだがな…。」


指折り数えつつ歩いていく彼女。

その隣を歩きながら、彼女の些か失礼な言葉を聞き、サームは顔を顰めた。

彼女曰く、「去年一回だけだけど、ぎっくり腰やっちゃって腰痛めたじゃない。」だそうだ。

確かに、それは事実であるが…心外である。

腰を痛めた理由は、何処ぞの同僚が仕事をサボり、その分の大量な仕事が己に回ってきたせいであって。

睡眠不足に過労で疲れが溜まり、ロクに休みも取れぬまま動き続けていたら、ある時、かなりの重さの荷を運んだ際にグッキリいってしまったのだ。

正直アレは、自分でもやらかしたな、と思っているので良いのだが…。

彼女に言われてしまうと、まだ自分は若い方だと複雑な思いで嘆息吐くサームだった。

まだ願い事のある彼女は、順に折っていく指を見つめながら話す。


『あと…“サームともっと一緒にいれますように”!、とか…。』
「…ん、それは…その、すまん……っ。努力はするよ…。」
『まだあるから。“サームともっとイチャイチャ出来ますように”、とか。』
「…それは、さっきの願いと内容が似ていないか?というか、おぬしにしては、珍しいな…。」
『黙ってて。静かにしてて。あー…あと、これはサームが言ってたのと一緒だけど…“これからもサームと幸せでいられますように”、で…。』
「……………。」


ふと耳に入ってきた言葉が自分と同じ願いだった事に、急に無言になるサーム。

社務所近くに来た事で顔を上げた彼女が先を見据えた。


『最後は、“いつもいつも想ってる大好きな気持ちが、ちゃんとサームに届き、伝わりますように”…かな。』


言い終えた途端、彼の手から離し、離したそれを後ろ手に組んだ彼女がくるりと背後に居たサームを顧みた。

そして、にこりと幸せそうに微笑む。

すると、何も発っせなくなっていた彼に前触れ無く思い切り抱き締められた。

腕の中に閉じ込め、離さぬように、強くぎゅうっと…。

突然抱き締められた彼女は一瞬驚いた表情をしたが、寒い中でも少し火照っている彼の頬に擦り寄り、彼の温もりを求めるように抱き締め返した。

身長差のある二人では、小柄な彼女を彼女より大きな彼が包み込むようになる。

たくさんの人が行き交う中、一時だけ抱き締め合う二人。

「もうそろそろ離して欲しいな…。」と思い始めたラルがポンポンと背中を叩くまで、サームは彼女を抱き締め続けたのだった。

名残惜しげに身を離すと、愛おしそうに見つめてくる真っ直ぐな視線と交錯した。


「…俺と共に在るという願いを祈ってくれて、ありがとう……。」
『え…?あ、いや…その、どういたしまして………っ?』
「おぬしの気持ちは、俺の胸へとしっかり届いているから…安心しろ。」
『え?あ、う、うん…っ。届いてるなら、良いんです…。』


さっきから周りの目が痛くて居た堪れないラルは、恥ずかしくなってしどろもどろになる。


(―早くお守りやらおみくじを買ってこの場から去りたい…っ!)


内心、そう思う彼女は「取り敢えず話は済んだよね…!」と言い終えるが否や、彼の手を掴むと足早に目的の場所まで小走りに歩いていった。


―刻や現世…。

叶う事の無かった願いは、今生にて果たされ、幸せを紡ぐ二人。

例え、年齢の差があろうと。

何時の日か別たれる日が来ようと。

この世に巡り合わせた御霊は、共に繋がり、寄り添い合う事だろう。

嘗ての者達に祈りを。

今を生きし者達に祝福を。

この地に住まう土地神より、幸せな二人へ神の御加護があらん事を。


―彼と彼女、二人の間に子が宿るお話は…。

また、別のお話。


◇END
加筆修正日:2019.07.09
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