
寒さゆえの温もり
寒さのせいで鼻をぐすぐすさせる愛しき恋人、ラル。今日は寒いからと外には出ず、家の中で大人しく読書でもしようと思っていたのだが。
あまりにも鼻水が出て鼻を拭いてばかりになり、全く本に集中出来ないのである。
特に出掛ける予定も無いが、一応女性の嗜みとせっかくしていた化粧だが…。
鼻をかむ為に剥げる、と愚痴を垂れても仕方がない。
そんな様子を眺めながら、小さく笑い、彼女の傍らに寄り添うサーム。
嘗てなら仕えるべき相手だった彼女が、今や身分など存在しない現世では自身の恋人となっている。
身近な存在となった今、身分や年齢の差という壁を越えれるようになったのだった。
『………ゔぅ゙〜、寒い…っ!』
「暖房は入れておるのだがなぁ…。」
『あぁ…誰か温めてくれないかな…?』
「…おぬしがお望みとあらば、温めてやっても良いが?」
『いや…冗談ですから。本気にしないでよ…。』
「そうか。それは残念だ。」
寒い日と寝不足の日は、化粧のりが悪い。
唯でさえ、鼻をかむ行為により化粧が崩れまくっているのだ。
真正面から彼からの熱い施しを受けるのは避けたい。
ラルは冗談だと口にしたが、寒そうに足を擦り付ける姿に、本心では温めて欲しいのだろうと感じ取ったサームは…。
長椅子の端っこで小さく踞って本を読む彼女を後ろから抱き竦め、身体を密着させた。
サイドは脚の間に、背中と腹は彼に挟まれ、次第に彼の温もりが移っていくラル。
その温もりに気持ちが和らいだのか、肩に入っていた余計な力を抜き、小さく息を吐いた。
寒さが続くと、どうしても身体を縮こまらせてしまう為、肩が凝る…。
また、筋肉がずっと収縮したままになったりもするので血行も悪くなる。
サームは、彼女が少しでも楽になるようにと、彼女よりも大きな身をいっぱいに使って抱き締め、温めた。
―暫くして、温かくなったラルが本に集中し始めた頃…。
暇を持て余し出した彼から、構ってくれとの声をかけられた。
「………なぁ、ラル…?」
『…ん〜………?』
「俺は、そろそろ暇になってきたんだが…。」
『んぅ………うん。…サームも、本読む……?』
「うぅむ…。出来れば、おぬしに構ってもらいたいのだがなぁ……っ。」
『………ふ〜ん…?』
「…………。」
本から目を離さずに彼の言葉に応答する彼女。
些か、物悲しいものである。
ゆったりと気を緩めた彼女は、いつの間にか、彼の胸へと背を預け切っていた。
(―俺が、何の気も起こさないとでも思っているのだろうか…。)
何とも無防備極まりない姿である。
ちょっぴり意地らしくなったサームは、まるで“どうぞ”と言わんばかりに晒け出された白い首筋に、もすりっ、と顔を埋めた。
『…む……っ。』
首筋に埋められた頭が擽ったい彼女は、少し煩わしそうに乗せられた肩を上下させた。
しかし、ひたすら構ってちゃんな彼は、読書の邪魔をするように目の前の白く細い首筋へ口付け、食んだ。
『ん……っ。』
ふるりと肩を震わせ、不意に襲ってきた感覚に堪える彼女。
その反応が可愛らしくて、つい弄りたくなる。
食むだけでは物足りず、甘噛み程度に歯を立て、噛み付いた彼。
『ふ……っ!んン…っ、』
途端、甘い吐息混じりの鼻にかかった声を漏らしたラル。
名残惜しげに読んでいたページへ栞を挟み、彼を振り返る。
見つめてくるその瞳は、恨めしげに此方を睨んでいる。
ちっとも怖くなんてないのだが、敢えて肩を竦めてみせ、「そう怒るな。」と言い、お詫びの口付けを頬に落とした。
『―もう…っ、構ってちゃんなんだから……!』
そう怒ったような、呆れたような口調で言うラルだったが、その表情は柔らかいものである。
今度は、ちぅっ、と触れるだけの口付けを唇へ落とす。
それさえも擽ったいのか、クスリと笑みを零す彼女。
―あれは何時の事だったか…。
柔らかく、華のような笑みで微笑む彼女に惚れてしまったというのは。
それと同時に、彼女自身も自分に惹かれ惚れていたとは、後に知った事であったが…その時は本当に驚いたものである。
彼女がそのような素振りを一切見せていなかった、というのもある。
要は、“惚れた者勝ち”という事なのである。
彼の構って攻撃に誘われたのか、彼女も普段になく積極的に彼を求めた。
抱き竦められた身を捩り、少し背伸びをすると、自身同様に晒された彼の首筋に口付ける。
一瞬驚いたものの、漸く構ってもらえたのが嬉しくて、彼女の好きにさせるサーム。
すると、ラルは先程の仕返しだと言わんばかりに、そのまま彼の首筋に歯を立て、噛み付いた。
甘い痺れが支配し、少しだけ息を詰めたサーム。
それはまるで…飼っていた猫が、いつもは大人しく弄られていたのに、急に飼い主へ仕返ししてきたように思え、自然と頬は緩んでいく。
しかし、やはり慣れない事だと思ったようで…。
噛み付いた箇所に、優しく労るように吸い付いたラル。
その優しささえも愛しく、彼女の身をより抱き寄せた。
最後にちゅ…っ、と音を立て口を離したラル。
恥ずかしげに見上げてきた上目遣いな視線と合い、サームは年甲斐もなくどきりと胸を高鳴らせた。
滾り来る熱に、彼女を愛撫しようとした時、唐突に彼女から情けない声が上がった。
「うん?どうしたのだ…?」
『ぁ…や、えと……っ。』
「何だ、言ってみろ。」
そう彼が促すと、目の下を赤く染めた彼女は、おずおずと言いづらそうに口を開いた。
『…ゔぅ…っ、ご、ごめんなさい、サーム…。今、キスしたところ…ちょっとだけだけど、口紅付いちゃった……。』
「は……?」
あまりにおどおどとした様子で言うものだから、何かと思えば…。
少しだけ、「自分は何か彼女の嫌がる事でもしたのだろうか?」と危機感を抱いたのだが、どうやら杞憂に過ぎなかったようだ。
安心した彼は、安堵の溜め息を吐き出すと共に言葉を紡ぎ出した。
「何だ…そんな事か……っ。」
『ごっ、ごめん…っ!今日付けてた口紅、ウォータープルーフのタイプじゃなかったから…!い、今すぐ其処に置いてる化粧落としで拭き取るから…っ!!』
「いや…別にこのままでも良い。」
『え…っ!?で、でも………っ!』
申し訳なさそうに眉尻を下げるラル。
大した事でもないのに慌てた様子の彼女が愛らしくて、ついクツクツと喉を鳴らして笑ってしまった。
『ちょっと、笑う事ないでしょ…!?』
「くく……っ、いや…悪い。必死な様子が面白かったのでな。」
『面白くなんかない!もう……っ!!ほら、付いたの落とすから…大人しくしてて。』
「別に良いと言っているであろう…?このままで構わぬ。」
『いや、私が恥ずかしいから…っ。』
「珍しくおぬしが付けてくれたものだ。…せっかくなら、今日はこのままで居たい。口付けた痕を付ける程、俺を好いてくれている証であるのだろう?」
『なん……っ!?ち、違うから…っ!!キスマーク付けるつもりなんて、これっぽっちも無かったら………っっっ!!』
「ふふ…っ。まぁ、良いではないか、ラル。どうせ今日は何処にも行かぬのだ。家の中に居るだけなら、そのままでも問題無かろう…?」
『ゔぅ゙〜………っ!私が構うのにぃ〜……!』
最終的には、彼の良いように丸め込まれてしまうラルなのであった。
◇END
加筆修正日:2019.07.09
加筆修正日:2019.07.09