
桜泣き
幾度目かの春を迎え、桜の木の下に立った兄とその兄弟である双子。漸く芽吹いた蕾が美しく花開いた事もあり、桜を眺めに花見にやって来たのだ。
ついでに、二人共成人を迎えて暫く経つ故に、兄弟揃って盃を交そうと酒も用意していた。
今宵は、風情にも花見酒と洒落込むのである。
「月も出ているし、良き花見日和に恵まれましたな!兄者…!」
「嗚呼…桜も満開であるしな。」
『誠、美しゅう御座いますね。』
大好きな兄を挟んで片手に杯を持つ双子は、嬉しそうに顔を綻ばせていた。
双子とは、嘗ては雪山に捨てられ、狼に育てられたファルハーディンの事である。
まだ赤子の彼等を拾い、親代わりに育てたのが、彼等の義理の兄となるシャプールだ。
この双子が全うな人として成長する事が出来たのは、何よりも彼の厚き人情と懐の深さにある。
本当の赤子から育てたのも相俟って、シャプールからしてみれば二人の親同然だ。
故に、こうして己と共に酒を飲めるようになった二人を見ると、感慨深く、胸底から溢れ来る熱い感情に心揺さぶられるのだ。
「…あの頃はあんなにも小さかった二人が、今やこんなにも大きくなって………っ。」
と、一人感動して涙ぐむシャプール。
酒が入った事による症状なのだが…。
そんな姿に、如何せん、たくさんの苦労を掛けてきた二人は、あわあわと申し訳無さそうに声をかけた。
「も、申し訳ありません兄者…っ!今までたくさんの苦労を掛けてしまって……。」
『どうか泣かないでくださいませ…!』
「俺は泣いてなどいない…っ!!」
「いや、兄者…そんなに目元と鼻を赤くされて言われても、説得力に欠けますぞ…。」
苦笑いを浮かべて返す、双子の片割れ、イスファーン。
同じく、兄を挟んだ向かいに腰を据えるもう片割れの妹、ユニヴァナードも盃を片手に困り顔だ。
「お前達も、今やもう立派な武人だ。成人も終え、見た目も中身もしっかりとした大人だ。何処へ出したとしても、恥ずかしくはないぞ…!それ程までに大きく成長してくれたお前達には、育て身の俺としては心の底から嬉しく思う!!」
「それもこれも…兄者が拾い、深き愛情で育ててくれたからに他なりません…っ!」
『そうです。兄様のおかげで、私達は失う筈だった命を救って頂いたのですから…。感謝してもし切れませんよ?ですから、この御恩は、一生を懸けて返す所存に御座います。』
「もっともっと武勲を挙げて、兄者に恥じぬような、立派な万騎長になります…!だから、見ていてください!!俺達が兄者の元から巣立つその日まで…っ!!」
「嗚呼…。見守っていてやるともさ。おぬしらが結婚し、立派に巣立つその時までな…。故に、俺にはまだ婚儀など早い…!おぬしらが何処ぞへ嫁ぐなり婚儀を挙げるまで、俺は結婚などせん……っ!!」
「『それだけはなりません。早くご結婚なさってくださいませ。』」
「何故だ…!?何故なのだ…っ!!?」
二人して同時に突っ込むと、酒に酔ったシャプールは異を唱えた。
「二人が巣立っていくのを見届けるまで、俺が結婚するなぞ認められぬ…っ!」とぼやいているが、幾ら反論したとて相手するだけ無駄だと分かっている為、軽く受け流す事と決め込む彼等。
弟が兄の背を叩いて宥め、妹が杯に酒を注ぎ足す。
そうやって飲んでいる内に落ち着いたのか、酔っぱらいの典型的パターンで昔話を始めたシャプール。
それは、懐かしくも可愛らしい、幼子故にあった昔話だった。
兄二人にとっては、姫のように愛らしかった幼き頃の妹の話である。
―“兄さま!私、兄さまといっしょの髪型にする…っ!!”
“いや、しかし…おぬしは女であろう?わざわざ男の俺と揃いにせずとも、もっと女らしい結い方の方が良いのではないか…?”
“やっ!兄さまといっしょがいいの!!兄さまとおんなじみつあみにするの!!”
“だがなぁ…、”
“おそろいーっっっ!!女だからといって、さべつしないでください…っっっ!!”
根負けした兄は、その後、言われた通りにみつあみにしてやると、お揃いの髪型に結ってもらえて上機嫌になった妹は嬉しそうに笑ったのだった。
懐かしい頃の記憶を思い出し、想い馳せて口にすると、「いつの頃の話ですか!!」と恥ずかしげに赤くなり、肩を憤らせた妹が声を荒げていた。
「おぬしが十にも満たぬ頃の話だ。」
『何故ゆえ、そんな頃の話を今持ち出すのですか…!?』
「いや、あの頃は誠可愛らしかったのでな…。なに、今も十分愛らしいぞ、ユニヴァナード。勿論、大人と成長した愛らしさだ。」
「良いじゃないか、ユニヴァナードよ。兄や姉を持つ者は皆、同じ事を思うのだ。兄者と揃いにしたかった気持ちは分かるぞ。俺もそうだったからな。」
『だからって、そんな風に持ち出され、挙げ句の果てに兄様に揶揄されるなんて恥ずかしいです…っ!!』
「俺は揶揄などしておらぬぞ?本当の事を言ったまでだ。おぬしは、俺のような堅物な男に育てられたにしては、見事に美しい女性に育ったじゃないか。兄としては、それを誇りに思…、」
『これ以上恥ずかしさを煽らないでくださいっっっ!!』
酔っぱらった兄は、時に面倒である。
ある程度理性が保たれている為、まだマシな方だが…暫く飲んでいれば、始めに戻ってしまうのだ。
―その証拠に、また涙ぐみ始めた彼の元へ、同じく花見酒しに来たクバードがやってきて、面白い物でも見付けたように。
「何だ、もう酒に酔ったのか?泣き上戸とかウザがられぞ〜。」
と、揶揄われた。
おかげで喧嘩勃発。
いつもの平和な光景(何処が…?)に、顔を見合わせた双子のファルハーディンは、小さく笑い声を上げたのだった。
執筆日:2017.05.14
加筆修正日:2019.07.09
加筆修正日:2019.07.09