
それはまるで眠り姫
それは、時折の羽休めをしている時である。ユニヴァナードは、慣れぬ長旅生活や追手と剣を交える事に少し疲れていた。
些かゆっくり過ごしたいと、最近覚えたばかりだが大分読めるようになってきたパルス語で書かれた書物を読んでみる事にしたのである。
内容は其れ程難しくはない薄めの厚さの物を選び、寝台をソファーに座り、読み耽る。
『―ん……。ふわぁ〜あ…っ、…何だか眠くなってきたな…。』
暫く経つと眠気が来て、ユニヴァナードは欠伸を上げた。
半分程、読み終えたぐらいだった。
時刻は、丁度昼下がりの長閑な時。
最近は気を張り詰めていたばかりだったので、どうも疲れる身である。
久し振りにゆっくり休める日だ。
存分に気を緩め、羽を伸ばしたいもの…。
読んでいた本に栞を挟み、枕元に置いた彼女はそのまま寝台に寝転んだ。
部屋は静かである。
窓から吹き込む風が心地好く、次第にうとうとしてきて、目蓋を閉じた。
偶には昼寝くらいしても大丈夫だろうと心の片隅で思い、もうそこまで来ていた睡魔に身を預けた。
―刻を同じくした頃。
日に日に逞しくなられる、我が主ことアルスラーン殿下は、仲間の一人一人の様子を見て回っていた。
皆がどのように過ごしているのか気になり、出来れば何か話がしたいと思っていたのである。
「皆、久し振りの羽休めだからな…。ゆっくりと休んで、英気を養ってもらいたいものだ。」
いつも結っている髪を下ろし、ゆったりとした装いをする殿下は、廊下を一人歩きながらぽつりと呟いた。
ふと、一つの扉の前を通り過ぎかけた時だった。
「…そういえば、まだユニヴァナードの所へは行っていなかったな。よし、少し話でもしに寄ってみるとしよう…!」
そうして、彼女の居る部屋の扉をノックした。
「ユニヴァナード、ちょっと良いか?」
入る前に一声かけねばと呼びかけたは良いが、中からの返事は返ってこない。
「…ユニヴァナード?居ないのか?……失礼するぞ。」
見て回った時、姿を見かけなかったので部屋に居る筈だと思った殿下は、少し心配になって扉を開けた。
鍵は掛かっておらず、扉はすんなりと開いた。
静かに足を踏み入れると、殿下は再び呼びかけた。
「ユニヴァナード、私だ。アルスラーンだ。部屋に居るのか…?」
あまりにも静かな空間に首を傾げて、寝台の側にある小さな文机の近くまで歩み寄った。
「ユニヴァナード……?…あ…っ、何だ…眠っていたのか。」
窓から射し込んでくる、あたたかい陽射しに微睡む姿が、其処にあった。
寝台の上で本を読み、眠たくなったのだろう。
柔らかな髪を枕に横たえ、規則正しい寝息を立てていた。
「…ふふっ、随分と愛らしい寝顔だ。普段はあんなにも勇ましいというか、男勝りなのに…。寝顔はやはり、女性なのだな……。」
寝台の側へ屈み込み、無防備に眠る仲間の姿に寄り添った。
「こうして眠っている姿は、まるで私と同じくらいの年頃の女の子に見えるな…。こんな事を本人の前で言っては、怒られてしまいそうだが。」
彼女を起こさぬよう、小声で呟く殿下。
そっと、ユニヴァナードの頭に触れ、その柔らかな髪を撫でてみる。
絹のような手触りに、心擽られ、暫くの間は静かにこの感触を楽しんでいようと思ったのであった。
(…眠っている姿は、本当に可愛らしいものだ。しかし、こんな無防備な姿を、安易に晒していて良いものだろうか…?ユニヴァナードはとても勇ましいが、女人である事に変わりはない。むさ苦しい男達に囲まれる中、襲われたりしないだろうか…。)
あまりにも無防備過ぎる寝姿に、殿下は少し頭を抱えた。
ただでさえ、男の多い環境だ。
このようなあられもない姿を晒していては、何時か何処かで輩に襲われ兼ねないのではないか。
そう思った殿下は、彼女が目を覚ますまで己が護ってやる事にした。
すやすやと眠##り続けるユニヴァナード。
上下する胸が、確かに其処に生きていて存在している事を感じさせる。
(―まるで、お伽噺に出てくる眠り姫の如く美しく見える…。その透き通るように美しい仄赤い頬は、きっととても柔らかいのだろうな…。……触れて、みたいな…。)
そう心の中で呟いてから、自分は一体何を考えているのかと頭を振った。
しかし、今目の前で微睡んでいる彼女は、実に無防備である。
純粋な少年心に邪な思いがふと頭を過る。
少しくらいなら、触れてみるだけなら良いのではないのか…?、と。
ごくり…っ、と唾を飲み込む殿下。
緊張した面持ちで立ち上がり、そっと彼女の眠る寝台に手を付いた。
そして、少し寝顔を覗き込むようにして、その柔肌に触れる。
緊張に震えた手が、彼女の頬を包んだ。
(ッ…。ほ、本当に…女人の頬とは、男とは違って柔らかいのだな…。って、私は何をやっているのだ!安らかに寝入っているユニヴァナードに許しも得ず………っ。)
一人、自分の心と悶々していると、ふとふわりと彼女の髪が揺れた。
思わずビクリッと肩を揺らし、一歩身を引く。
『―…ん……、ぅ゙ゔ〜ん………っ。』
小さく唸り声を上げ、横向きに眠っていた身体を仰向けに寝返ったユニヴァナード。
起きた訳ではないと分かった殿下は、ドキドキと高鳴る心臓を押さえ、息を吐いた。
「…な、何だ…寝返りを打っただけか…。驚いた…っ。」
とはいえ、まだ名残惜しい殿下は、まだ眠っているのを確認して、再び頬に触れた。
今度は直に寝顔を見れる位置になったので、ついまじまじと眺めてしまう。
(…こんなに私が近くに居るというのに、全く目を覚ます気配がないな…。もう少し、触れても大丈夫だろうか?)
彼女の至近距離に居る為か、髪の匂いなのか…花のような甘い香りが鼻腔を擽る。
余計に邪な感情を煽られ、少し葛藤する殿下。
しかし、少年の純粋な好奇心には勝てず、抑制心が緩み、先程よりも近くに顔を寄せた。
薄く開かれた唇に吸い寄せられるように、己の唇を触れるだけ、口付けた。
そっと近付けていた顔を離すと、火が出るのではないかという程真っ赤になり、無意識に止めていた息を一気に吐き出した。
「ッッッ〜〜〜!!…何をしでかしておるのだ、私は………ッ!」
口から漏れた第一声は、己のしでかした行為に対するものだった。
両手で顔を覆い、悶絶する。
多感な少年の好奇心に負けてしまったようだ。
況してや、あの純粋過ぎる程純粋な殿下である。
経験した事の無い感情に、どう対処して良いものか戸惑い、混乱していた。
(うわぁぁあああっ!!うわぁあああああーっっっ!!)
ぐるぐると頭を抱えていると、もそりと衣擦れの音がした。
盛大にギクリッとし、動きを停止した殿下。
冷や汗をダラダラと垂らしている。
『………あれ…、殿下……?』
ユニヴァナードが転寝から目を覚ましたのだった。
絶体絶命ピンチな殿下。
ギギギィ…ッと音が鳴りそうなくらいぎこちない動きで顔を上げる。
すると、まだ僅かに眠気の残る表情の彼女が此方を見つめていた。
「……やっ、やぁユニヴァナード…。目が覚めたのだな…っ。調子はどうだ?」
『…あ、あのぉ…もしや、殿下が…?』
「ん…?…な、何の事だ?」
『…いえ、今しがた何か口に…柔らかく生温かいものが当てられたような気がして、目が覚めたのですが……。』
ボソボソと不思議そうに呟くユニヴァナード。
それを聞いた殿下は、ボンッと爆発し、真っ赤な顔で必死に否定した。
「ちっ、ちち違うぞユニヴァナード…ッ!!私は断じて手を出してはおらぬっ!!た、確かに…っ、傍目からして見てもあまりに可憐で愛らしく、あられもない無防備な姿だったからとはいえ……!決して、口付けたりなどはしておらぬからな!?」
『…殿下?何故そんなに必死なので……?…もしや…っ、殿下が私に口付けを………?』
「っえ?」
『え?』
無言で見つめ合う事数秒。
全身真っ赤になって湯気を立ち上らせ始める殿下。
状況を理解し、徐々に顔を赤く染めるユニヴァナード。
二人して俯き、視線を逸らした。
『………えっと、何故殿下が私の部屋に…?』
「……………すまぬ。」
『え…?』
「許可無く勝手に口付けなぞしてしまって悪かった…っ!すまない……ッ!!」
『えっ!?で、殿下…!?』
突然立ち上がると、顔を覆い隠し足早に部屋を出ていった。
「ぅわぁああああーッッッ!!!」と叫びながら廊下を駆けていく殿下。
途中、ダリューンと擦れ違い、声をかけられたが、気付かずにそのまま駆けていってしまった。
「…?どうされたのだろうか、殿下は…。」
ぽつんと一人残されたダリューンは、呆気に取られて立ち尽くしていた。
一方、口付けされたらしい彼女は、殿下が去った後もぽかーん…っ、と呆けていた。
『………殿下が…私に口付け…。あの、あの純粋無垢な殿下が…テラヤバス。』
寝込みを襲われたという事に、ユニヴァナードは恥ずかしげに頬を押さえていた。
◇END
加筆修正日:2019.07.09
加筆修正日:2019.07.09