豆まき合戦、鬼を討て!

とある2月の某日。

子供組二人と何やら楽し気にわちゃわちゃする若き女が一人、片手に升を持っていた。

その升には、これでもかという程の豆が入っていた。


「へぇ〜、ユニヴァナード様の国では、節分の日に炒った大豆を投げる風習があるのですね。」
「この豆を投げて邪を祓う…というのは、なかなか趣のある面白そうな行事だな!」
『昔から伝わる、この季節の伝統行事です。私の住む国では、節分の日が暦上の一年最後の日となっているんです。それで、次の年を気持ち良く迎える為に、その身に溜まった悪いものや厄を落とす意味で鬼に向かって豆を投げ、家内安全等を祈るのですよ。』


一粒の豆を摘まみ、キラキラとした目を向けるのは王太子殿下アルスラーンである。

子供相応に好奇心旺盛で、知らない事を知る度にその蒼き瞳を輝かせている。

その隣に居るのは、彼の宮廷嫌いの軍師ナルサスの侍童エラム。

アルスラーンより常に大人びた雰囲気を持ってはいるが、やはり子供なところ…。

異世界から来たという彼女から耳にする、自身のまだ知らない未知の話を興味津々に聞いていた。


『では、まず…豆を投げるにあたって、鬼役を決めたいと思います!』
「鬼を…という事は、誰かが鬼となって、私達はその鬼に向かって豆を投げる、という事か………?」
『勿論、その通りでございますっ。』
「それ…鬼役になった人、痛くないですか…?」
『加減はするから大丈夫だよ!』


そう言って、偶々近くを通りかかったギーヴをひっ捕まえて鬼役を頼むユニヴァナード。

訳も分からず鬼の面を渡されたギーヴは困惑の表情を浮かべた。


「あの…私は、これを頭に付けて何をしたら良いので……?」
『んっとね。取り敢えず、其処ら辺を適当に走ってくれたら良いよ♪』
「はぁ…よく分かりませんが、走るだけで良いのですね?」
『うんっ。時々、ギーヴに向かって豆投げるけど、そんなに痛くないから…!大丈夫、ギーヴならやれるよ!何をやっても格好良い貴方なら…っ!!あと、頑張ってくれたら後でご褒美あげるね♪』
「ユニヴァナード様からのご褒美とあらば…っ!誠心誠意、努めさせて頂きます。」
『ありがとう、ギーヴ…っ!やっぱり貴方は素敵ね!!』


如何にも演じが入った台詞で小芝居をする彼女。

“ご褒美”という名の餌で、いとも簡単に釣れた獲物。

単純である…。

画して、始まった楽しい楽しい豆まきTime。

三人揃って一握りの豆を持ち、構えた。


『それでは〜、鬼はー外…っ!』
「「鬼はー外…っ!」」
『福はー内…っ!』
「「福はー内…っ!」」


ポポーイッ、と投げられた緩き豆は、少し離れた所に立つギーヴへと当たった。

大した威力もないので、然程痛みを感じぬものであった。

「これなら幾らぶつけられても平気だな…。」と思ったギーヴは容易く考えたが…その思いが、後に間違っていたと思い知るのは、これから数分後の事である。

楽し気に掛け声を上げながら、豆まきを行っていると、それを耳にした大人組とアルフリードが興味有り気にやって来た。


「おぬしら、何やら楽しそうにしておるが…何をやっているのだ?」
「豆まきですよ、ナルサス様…!」
「豆まき……?それで、大豆を投げているのか…?」
『今日は節分と言って、暦の上では、一年を締め括る日になってるの!だから、こうやって…炒った豆を鬼に投げて、厄を祓ってるんだっ。』
「成程のう…。確かに、豆には悪しきものを祓う力があると言われておるからな。おぬしの国は、誠行事の多き国じゃなぁ…。」
『伝統あるものや昔からある習わしを重んじてるだけだよっ。』
「へぇ〜!何だか面白そうだねぇ。…私達にもやらせておくれよ!!」
『良いよ〜。豆はたくさん用意してるから!どうぞどうぞ…!!』


楽し気な空気に惹かれたアルフリードが興味津々といった目で訊いてきた。

朗らかに笑ってOKしたユニヴァナードは、これまたいっぱいの豆の入った升を渡す。

其処である事を思い付いた彼女は、「そうだ…っ!」と声を張り上げた。


『ヒルメス達も呼んじゃえば、もっと盛り上がるかも…っ!!せっかくなら、サームやカーラーンにも楽しんでもらいたいよね…!』
「え…。あの陰気な男を呼ぶのか…?イベント事とは無縁そうな、あの男を……?」
『人数多い方が楽しいじゃん!あの人達も偶には息抜きも必要だし、良い機会だよ…!!』
「いや、あの…っ。私はそうなったら、タダでは済まない気がするのですが…っ!」
『安心してギーヴ、貴方は強い!簡単にはヘコたれない精神力があるわ…っ!!』
「そういう意味ではないのですが…ッ。」


真っ先に「え〜?アイツ連れてくんの?」的不満げな声を上げたのはダリューン。

ついで、不安げな声を上げたのは鬼役を務めるギーヴである。

面子が面子なだけに、シュールな絵図になるだろう。

若干一名が、とある騎士とやり合いそうで恐ろしい。

血を見る事になりそうな予感だ…。


―という訳で、連れて来られたヒルメス一行。

真っ先に目に付いた光景に、唖然と立ち尽くした。


「鬼はー外…っ!!」
「福はー内…っ!」
「鬼はー外っっっ!!」
「痛っ!?ちょ…!い、痛い…っ!!ちょっと、ダリューン殿!?少しは力加減というものをしてくださ…って、ギャアッ!?」
「はははっ!おぬしのような者が何を言う?これくらいで音を上げるなどある訳が無かろう…?」
「それでも、これだけまとめて投げられては痛いです…っ!!もっと離れてから投げてください!!」


大の大人が二人揃って何やら楽し気に豆を投げている様子が窺える。

その光景をいきなり見せられ、「参加しないか?」とにこやかに誘うユニヴァナード。

一体、どうしろというのだろうか…。

無言で事の説明をお願いする、苦労人達である。


「―成程…。それで我々は呼ばれたのですね…?」
『うむっ!日々溜まりに溜まったストレスの発散にもなると思って…♪』
「だが…何故、俺まで呼ばねばならなかったのだ…?」
『え…?単純にお前とも楽しみたかったからだけど……?』
「………。」


天然たらしな発言をするユニヴァナード。

思わず無言で見つめ返す銀仮面卿ことヒルメス。

仮面で素顔を隠しているが、明らかに今の彼女の言葉に動揺した様子である。

隣に立つザンデは、内心「良かったですね、殿下…っ!!」と歓喜していた。

敢えて口にはしないが、他の二人も同様の反応をしていたのだった。

軽く説明を受けたヒルメス達の手には、早速豆の入った升が手渡された。


『これを、あの走り回るギーヴに掛け声を上げながら投げ付けるのっ。』
「痛がっているようだが…良いのだろうか…。」
『大丈夫♪アイツただじゃヘコたれないんで!』
「思いっ切り投げて宜しいので…?」
『Yes!!(*`>ω・)b(グッ!)』


ザンデがワクワクした様子で問うと、ノリの高いテンションで受け答えた彼女。


「ほぉ…鬼はあのへぼ楽士か。成程な。如何にも邪ある者で投げやすそうだ…。」
『適任者だと思うでしょ?(笑)』
「おぬしの分の厄まで落としてきてやろう。」
『え……っwww』


鬼役ギーヴの地獄の豆まきTime、開幕である。


「鬼はー外ぉっっっ!!」
「だから、痛いっつってんでしょ…ッ!!」
『ギーヴ〜!今からヒルメス達も参加するね〜!!』
「な…っ!?そんな無慈悲な…っ!!」
『頑張ればご褒美が待ってるよ…!とにかく全力で走って逃げてくれ♪』
「それ、最早豆まき違うwww」
「では、投げるとするか。」


―カーンッ!!


今、試合開始のゴングが鳴らされた。


※ここからはダイジェストでご覧ください(笑)。


既に、楽しい豆まきの度合いを越えた、豆まき合戦。

真剣馬鹿力で豆をちん投げるダリューンとザンデ。

それに加えて、高笑いしながらまとまった豆をちっつけるヒルメス。

そのサイドにて、これまた緩くもない豆をぶつける、苦労人二人。

意外にも楽しいと感じたのか、その表情には笑みが浮かんでいる。

一方ギーヴは、悲鳴を上げながら豆の攻撃から必死に逃げ惑っている。

豆の集中砲火である。

大人気ない男達の凄まじい豆の投げ合いにより、いつの間にか、ナルサスによって避難させられていたお子様組。

あんな威力を持った豆の流れ弾を食らっては、ひとたまりもないし危険との事。

そんな訳で、大人しくナルサスの元で待機する殿下達。

男達に混じって豆を投げていたファランギースが、たった今、どさくさに紛れて矢を放った。

完全に息の根を止める意味で射られた矢は、彼の楽士の首筋を掠めていった。


「ちょっと、ファランギース殿ぉおお!?何どさくさに紛れて矢を射ってるのですかぁッッッ!!」
「安心せよ、これも余興じゃ。おぬしが身体を張った、な…。」
「いや、あまりにも張り過ぎでしょぉおおーッッッ!!!??」
「殿下の為じゃ。少しの間、耐えてみせよ。」
「どんな無茶ぶりぃいいいいーーっっっ!!?」


絶え間無く降り注ぐ豆の嵐。

時折、その中に混じって弓矢が飛んでくる始末である。

其処に悪どい笑みを浮かべたヒルメスが、ダリューンに劣らぬ豪速球の豆で追撃を食らわした。

ザンデも楽し気な雰囲気でそれに続く。


「テッメェ…ッッッ!!少しは力加減しろっての!?このデカブツ…ッ!!」
「ふん…っ!こんな事で音を上げる貴様なんぞ、恐るるに足らぬわ…!!」
「おいっ!!其処の親父…!息子の暴走止めろよ!!」
「おぬしには悪いが、丁重に断らせてもらおうっ。何気に楽しくなってきたのでな。なっ、サームよ…!」
「おう…っ!日々溜まった鬱憤が晴れていくようだ…!!」
「ふざけんなぁあああーーーッッッ!!!!!」


叫び散らしていたギーヴ、あまりの怒りにブチ切れた。

その背景で、節分お決まりの歳の数だけの豆を食べつつ、成り行きを愉快に傍観するユニヴァナード。


『あー、面白ぇ(笑)。』


お巡りさーん、此処に薄情極まりない奴が居ますよー。←

ふとチラリと見遣った先では、豆まきに飽きたヒルメスが余った豆を見つめてポツリと漏らした。


「…ちまちま投げるのにも、良い加減疲れたか………。」


そう呟いたヒルメスは、何を思ったのか。

豆ではなく、升ごと構えた。

どうやら、ちまちま投げるのが面倒になったようで、標的鬼役ギーヴに向けて振り被った。

そして、その豆の入った升は、ギーヴの顔面へクリティカルヒット。

勢い良くぶっ倒れるギーヴ。


「あ…っ!ギーヴ卿が倒れちゃったよ!?」


アルフリード、思わず驚きの声を上げる。


『うわ…っwwwまさかの升ごと投げるとか、物理的に痛くね?www』


笑いを堪え切れないユニヴァナードが、腹筋を引く付かせながら言った。

ヒルメスの渾身の一撃によりギーヴが沈没した為、豆まきという名の合戦は幕を閉じた。


―期待の頑張りましたのご褒美Time…。


『お疲れ様、ギーヴ…!貴方が凄く頑張ってくれたおかげで皆が楽しむ事が出来たよ!!ありがとう…っ!!それで、これはご褒美の歳の数だけの豆“お口あーん”ね♪』
「え………あれだけ頑張ってご褒美ってこれだけ…?」
『私が特別にご奉仕するんだよ…?滅多にない機会なんだから、存分に味わって食べてね!』


“ご奉仕”という言葉に反応したギーヴは、「まぁ、良いか…っ。」と諦めを付け、今を楽しむ事にした。

彼女にご奉仕される姿に羨ましく思ったヒルメスは、ちょんちょん、と彼女の袖を引っ張った。


「おい…俺には“ご奉仕”してくれないのか?」
『え?』
「え?」


ギーヴ・タコ殴りの刑まで、あと5秒。


◇END
加筆修正日:2019.07.12
prev back next
top