お困り臣下

※時系列的に言えば、年越しを終え、想いも告げられた後設定です。


ラルがヒルメス陣に来て暫く刻を経た頃。

とある日、次の動きを取る上での軍議を開いていた時の話である。

ラルはいつになく緩めなラフな格好をしていたのだが…。

緩く開いた襟からは、女らしい細く白い首を覗かせていた。

会議に集まった重臣であるザンデやサームといった者達は、些かこの場には不釣り合いな成りをしているラルに、目の遣り所に困っていた。

皆が気不味い中、勇気を振り絞った若き猛将・ザンデが、


「…こんな事を申すのは、不躾で失礼であるとは存じておりますが。」


…と、遠慮がちに、厳つい巨体である見た目とは相反して小さく口を開いた。


「何だ、ザンデ。言ってみろ。」


ふいに問われた主君は、つと短く言葉を切る。

その傍らで、声を窄めて、「おい、ザンデ!よさぬか…っ!」と小声で制するような声を上げたサーム。

その様子を不思議そうに傍観する彼女は、小首を傾げる。

気を取り直したザンデが一つ咳払いをし、背筋を伸ばして、いつになく改まった口調で次の言葉を告げた。


「…その…っ、…大変申し上げにくい事なのですが、そのぉ…ラル殿の襟元から見え隠れする首元に関してなのですが…。」
『…ふぇ?』
「それがどうしたのだ…?」


胡乱気に向けられる鋭い視線に、冷や汗を垂れ流すザンデは思い切って事を告げた。


「ッ…!何やら赤く、虫にでも刺された後がお見受けられるのですが、如何なされたのかと…っ!!」
『へ…っ?…赤い、痕?』
「…あぁ、何だ。そのような事か…。」


「あまりにも畏まって堰を切るように申すから、もっと深刻な事かと思うたではないか…っ。」と、小さく愚痴を零すヒルメス。

サームは、慌てたように青ざめた顔でザンデの横を小突いていた。


「今そのような事を申しておる場合か…っ!不謹慎であるぞ…!!」
「し、しかし…チラチラと目に入り、気が散って軍議に集中出来ぬので……っ。」
「ほぅ…。貴様、そんな浮わついた目で俺のラルを見ておったと言うのだな…?」
「めめめっ、滅相もございませぬ…っ!!」
「ザンデよ。後で灸を据えてやるから、覚悟しておけ。」
「ひいぃ…ッ!!」


ふっと不敵に笑ったのも束の間。

当の本人である彼女から、ヒルメスの頭へ肘鉄が下されたのである。


「ぐ…っ!なっ…!?イキナリ何をするのだおぬしは!?」
『何をじゃねぇだろうがよ…!!ッテンメェ、いつ付けやがったんだこの痕ぉっっっ!!昨日寝る前、あれだけ釘刺したってのに…っ!まだ懲りてなかったのか!?』


コンパクト型の持ち歩き用手鏡で確認したらしい彼女が怒りと恥ずかしさに肩を震わせて此方を睨み付けていた。


「い、いや…っ!あれは魔が差してだな…っ!!」
『言い訳は結構だ!!問答無用で、今すぐ引き摺り回してやる…っ!!来いッッッ!!』
「まっ、待て!落ち着け…!俺が悪かった!だが、今は大事な軍議の最中だ。それを終えた後にでも…ッ、」


その後、会議は途中で中断され解散となり、後日改めて収集される事となったのだった。

バカップル空気、乙。


執筆日:2019.07.29
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