守りたいと思った手は、今はもう亡い

※元々は続き物みたいに2ページで書く予定だった物。
※サーム視点なのは変わりないが、元タイトルは『小さなお手て』と『守りたい手』という物でした。
※尚、時系列としては、夢主の過去編という感じになります。


 ――或る日、彼の姫君であらせられるユニヴァナード姫の養育係を申し付けられた。
 任された御子はまだ小さく、天真爛漫で無邪気奔放な年頃であった。
 まだ若い方だとはいえ、小さな幼児の体力には付いていけない。
 半ば、世話係のような任に付いてから暫く経った後……。
 その小さき幼子の手を握れば、なんと小さな事か。まるで、紅葉のように小さく柔らかい手は、いずれこの国の妃になる御方なのだとしみじみと思いつつ、まだ幼き童子である内は自分が守り、日々成長してゆく様を見守る事に勤めよう……っ。そんな事を思い抱いた、若き頃の将だった。

 ――また、或る日の事である。
 のちに、の国を背負わんとするアルスラーンが、内密に城にやって来るとの事で、正真正銘の姫君であったユニヴァナードは今居る宮廷から離れなくてはならなくなっていた。
 深き業に渦巻く国の継承問題故の事であった。
 まだ十にも満たない内に、母親のタハミーネから引き離されてしまう事を知った彼女は、とても悲しんだ。
『嫌だ……っ!! お母様、行かないで! 行っちゃやだぁーっっっ!!』
 子供故にそう泣いて叫ぶが、母親は冷たくも振り向かずに去って行ってしまう……。そんな悪夢に魘されるようになってしまうまでに心を病んだ。
 まだ小さな身なのに、そんな弱い姿は見せまいと気丈に振る舞う幼子の姿に……側で見ていた彼の心には、大人の複雑な気持ちが重苦しく乗し掛かっていた。
 しかし、幼くも生まれながらに聡明で、物事をよく理解出来る子であった為、彼女は大人達が何も言わずともその小さき身に抱えるには重過ぎる運命を背負い、そして受け入れていた。
 そんな姫に、まだ若き頃のサームは、短き間とはいえ、まるで親代わりのように様々な事を教えていた。
(何とも辛く、身を切られる思いだが、陛下の意思には逆らえない事を許してくれ……っ)
 聡い幼子は、健気にも傍らに跪く騎士に向かって、儚く微笑みながら言った。
「――これは、私に課せられた運命であり、宿命であったのです。ただそれだけの事なのです。……だから、サームが悲しんだりする必要は無いのですよ。さあ、顔を上げて。これは受け入らざるを得ない出来事と受け止めて、私が此処を去らねばならない最後の日まで、私に仕えてくださいね」
 その言葉に、胸を突き動かされた彼は、こう告げたそうな。
「例え離れていたとしても……私、サームは、貴女様に生涯忠誠を尽くす事と誓いましょう……っ。ですから、どうか貴女様に幸多からん事を――っ」

 ――そう誓ってから一月後……。
 隣国へと一人飛ばされてしまった身の彼女が居る国で戦が起こり、争いに巻き込まれた幼き姫は小さく儚い命を散らしてしまうのだった。
 悲しきかな……の姫に仕えていたとされるサームの元へ彼女の訃報が知らされたのは、その隣国の戦争が終わって半年後の事であった。遂には、二度と手の届かぬ場所へと逝ってしまったのである。
 世とは、非情にも無情なり。離れていても生涯護り抜くと誓った筈の彼女は、もうこの世には居ないのである。
 若き頃の彼は、その事を知って、暫くの間誰にも逢わず、一人己の部屋で涙に明け暮れた。
 どんなに声をかけたって、祈ったって、それを届けるべき相手はもう居ないのだから。
 そうして誰にも言えぬ悲しみを一人抱えたまま、彼は長き時を過ごし、今の世まで生き抜いた。
 生き抜いた先で、再び彼の人の御霊を写したような彼女と出逢うのは……此れから先のお話である。


初出日:2020.06.28
再掲載日:2023.04.02
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