焦がれし者は逸りて

※時系列でいうと、ペシャワール城が出て来る辺りの設定のお話になります。


 ペシャワールへと向かっている最中、何だか身体に異変を感じ始めていたラル。
 まるで鉛が乗せられたように頭が重く、ぐらぐらして落ち着きがないようだった。心なしか、身体もフラフラしてきた気がする……。
 城に着いて真っ先に暇を貰った彼女は、すぐに部屋へと籠ったが、慣れぬ旅路と強行的に此処まで進んできたせいか、熱を出し、床に就いてしまった。その様子に心配したエラムが、看病に付いた。寝込んで辛そうに咳き込む様子を見て、アルスラーンも心を痛めた。
「……すみません、殿下……っ。情けないところを晒してしまい…………」
「気にしなくて良い。今は無理をせず、ゆっくりと休んでいて欲しい。そして、早く良くなって元気な笑顔を見せておくれ」
 心優しさ溢れる彼の労り様に、ラルは申し訳なく思うも、お言葉に甘えてゆっくり休ませてもらう事にした。
「恐らく……戦続きの長旅で、碌に身体を休める事が出来なかったのが原因だろう」
 彼女の事を気遣い、そそくさと退室した彼と入れ違いに様子を見に来たナルサスは、部屋へと入ってくるなりそう告げた。看病するエラムや共に寄り添っていたダリューンも、それに頷く。
 己を救ってくれた命の恩人である彼女が床に臥せった姿を見て、スルーシは不安げなか細い声で鳴き、励ました。片時も離れなさそうに側に寄り添い鳴き声を上げるスルーシに、力の出ない手で優しく身体を撫でてやりながら、「大丈夫……死にはしないから、安心しな……っ」と声をかけてやった。
「さて、と……様子を見るという用事も済ませた事だし、我々は出ていくとしようかな? 何時いつまでも此処に居ては、ラルの気が休まらぬだろうからな。……ラルよ、今はしっかり養生し身体を大事にするのだぞ? 無茶は駄目だからな」
「……うん。皆、心配してくれてありがとう……」
「当然の事だ。気にしなくて良い。エラム、お前も少ししたら休め。ここのところ、働き詰めであっただろう? おぬしまで無理をして体調を崩してしまっては、洒落にならないからな。それに、ナルサスの奴が五月蝿くなるぞ?」
「ダリューンよ……っ、余計な一言が多いぞ」
「お気遣いありがとうございます、ダリューン様、ナルサス様。ですが、私なら大丈夫です。きちんと休みは取っていますし、私は男ですから。それなりに鍛えておりますし、ラル様よりも身体は丈夫ですよ……!」
 ダリューンを筆頭に次第に皆が出て行った後、途端に一人になった彼女はしんどい身体を横たえた。


 ――夜になり、夕飯時になって、皆して食事をしている間に、ダリューンは一人ラルの眠る部屋へ訪れていた。
 エラムの作ったお粥を乗せた盆を片手に、一言声をかけて部屋へ入る。
 眠る彼女は相変わらず熱に浮かされていたが、今は少し落ち着いたのか、静かに眠っている様子だった。ぴと……っ、と額に乗せられた手拭いに触れてみると、だいぶ熱を吸収し生温くなっていた。
 一度、額から外してやり、冷たい水に浸してから乗せ直してやると。そのひんやりとした感触に目を覚ましたのか、ラルが目蓋を開いた。
「おっと……起こしてしまったか。すまない。具合はどうだ……?」
「ん……っ、ちょっとはマシになったかも……」
「そうか、それは何よりだ。……飯は食べれそうか? エラムがおぬしの為にとお粥を作ってくれたんだ。生憎、本人は今は忙しくてな、(アルフリードのせいで)手が離せないと言われて、代わりに俺が持ってきたのだが……大丈夫だったか?」
「そうだったんだ……わざわざ、ありがとう。……うーん……食欲はあまり無いけども、何かお腹に入れなきゃ良くなるものも良くならないし……何より、せっかくエラムが私の為を思って作ってくれたんだもん……っ。ありがたく戴くとするよ」
「うむ……その方が良いだろうな。起き上がれそうか……?」
「……んっ、……ッ、あ゛ー……ちょっと無理そうかなぁ……っ。まだふらふらして、危ないと思う……っ」
「なら、このまま上体を起こすだけにして、背中は凭れ掛かっていれば良い。辛いようなら、俺が身体を起こすのを手伝ってやろう」
 そう言って、ラルが半身起こすのを手伝ってやり、寝台の壁に凭れ掛からせた。
「自分で食べられそうか……?」
「ぅ゛っ……お恥ずかしながら、ちょっと無理そうかもしれない、かな……っ」
「なら、無理せずそのままで居ろ。俺が食べさせてやるから。俺の手を煩わせる事については、別に気にしなくて良いぞ。こういう時ぐらい、甘えておけば良い」
「……っふ、あはは……っ。何だか擽ったいけど……ありがとう、ダリューン。今は、その気遣いが凄く嬉しいよ……」
 熱に浮かされて潤む瞳に見つめられ、理性が暴れてどうにかなりそうだったダリューンであったが、何とか抑え込んだ。
 弱々しくも笑う彼女に、庇護欲の増したダリューンであった。


 ――その翌日、体調が少し落ち着き幾分マシになったラルは、大人しく部屋でスルーシの毛並みを整えてやっていた。
 そんな穏やかだった刻の流れも残酷に過ぎ去ってしまい、また一度と争いの渦中に巻き込まれてしまうのだった。
 一人過ごしていたアルスラーン殿下の元に、銀仮面卿ことヒルメスが憎しみの焔を燃やして姿を現れたのである。まだ体調の優れぬ身で安静にしておかねばならなかったが、「そんな事は言ってられない、ヒルメスを止めねば…!」と、無理を強いて駆け出した。
 スルーシも、突然の事に飛び上がり羽をばたつかせたが、我が恩人の急事であると勘の鋭い鷹は気付き、彼女の後を追って飛んだ。
 そうして、彼の元に合流後、エクバターナへ無理矢理連れてこられたラルは、再び体調を悪化させた事で倒れ、床に臥せってしまうのだった。
 幸い、大事は無いが、事情を知らずに連れてきた本人であるヒルメスは、寝込んでしまった現状におろおろと戸惑ってしまう。そんな折に、少し前から臣下となり己に仕えるようになったサームが、我が主の様子を見兼ねてやって来るのだった。


初出日:2020.06.28
再掲載日:2023.04.02
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