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キャンドルナイト



季節は過ぎ去り、早くも師走といった月になり、一年の締め括りがやってきた。

一年最後の月というのもあり、お互い仕事で忙しい身ではあったが、前々からスケジュールを合わせ、とある日に二人一緒の予定を入れ込んでいたのだった。

そのとある日というのは、クリスマスの日である。

二人で暮らし始めて初めてのクリスマスだから、せっかくなら休みを取って二人きりでゆっくりしようと話し合っての事だった。

クリスマスであるのだから、当然、互いのプレゼントという名の贈り物も用意してある。

光忠お手製のクリスマスディナーを食べた後に見せ合いっこするのだ。

勿論、クリスマスには付き物のケーキも光忠の手作りだった。

一年の内で特別な日という事もあってか、いつもよりも腕によりをかけて作られたディナーは、それはもう頬っぺたが落ちてしまう程に絶品だった。

毎度思うが、本当に良い旦那を持ったものである。

こんな良い旦那、そうそう世に居ないと思うのは、果たして一人だけだろうか。


「璃子ちゃん、今夜のディナーはどうだった?いつも以上に張り切っちゃったから、凄く自信はあったんだけど…。」
『もう、めちゃくちゃ美味しかったです…。大満足。これ以上無いくらいお腹満たされてます…っ。もうこれ、“お店行く必要無くない?”って思うね。』
「本当…?良かったぁ〜っ。璃子ちゃんにそう言ってもらえるなら、頑張って作った甲斐があったよ!」
『こんなに美味しい御飯をいっぱい食べれて、私幸せだ…。』
「それは僕も同じかな…?だって、好きな人と大切な時間を過ごせるんだもの。僕も、今幸せだよ。」
『でも、ちょっと思った…。美味しい御飯はとても嬉しいのだけど、光忠は私を太らせたいのかな…?最近、体重気にし始めてるんだが…。』
「そんなに太ってるようには思えないけど…。寧ろ、まだ軽いんじゃないかな?もし、僕のせいで太っちゃった時は言ってね?僕もダイエット付き合うから。でも、僕はどんな璃子ちゃんでも大好きな気持ちは変わらないから、ちょっと太ったくらいじゃ気にしないからね!」
『何だ、この男前…っ!口説き文句かよ…!!惚れる!!』
「もう惚れちゃってるの間違いじゃないかなぁ…?」
『そうでした。旦那が良い男過ぎて辛い。嫁の存在マジ霞むわ。』


両の手で顔を覆い隠していると、そっと下から差し伸ばされた手に絡め取られて、隠していた手を退けられる。


「もう…、璃子ちゃんったら恥ずかしがり屋さんなんだから…っ!そんな事してたら、璃子ちゃんの可愛い顔が見えないでしょ?」
『おい、そこで殺し文句で追撃してくんの止めて。死ぬ。』
「少しは慣れてくれないかなぁ…。」
『慣れる訳がない…っ!』
「ちょっとは慣れてくれないと、この先大変じゃない…?例えば、夜の二人の…、」
『はい、その先は言わせねぇよ…っ!?っていうか、何こっ恥ずかしい事をサラッと言おうとしてんの!?幾ら、二人きりのクリスマスの夜だからって手加減無しは有り得ないからね!!』
「まぁ、今夜は聖夜だからね!勿論、ベッドメイクも完璧にこなしちゃうよ!!」
『下ネタは挟まなくて良いから…っ!!』


変な方向に話がズレ始めたのを強制回収して話の軸を修正する璃子。

偶に、こういった冗談を挟んでくるから困りものだ。

これでお酒が入っていたら、更に面倒な事になっていただろう。

今夜のディナーの時、大した度数のシャンパンは出ていなかったのが不幸中の幸いといったところか。

内心、「せっかくの良い雰囲気が台無しじゃないか…。」と溜め息を吐いていたら、ずいっと寄せられた彼の顔。


「今ので変に張ってた緊張、解れたんじゃない…?」
『…バレてたんかい。』
「そりゃ分かるよ。璃子ちゃんの事は、いつも見てるからね。それに、付き合い始めてどれくらいの時間が経ったと思う…?見ただけで、“璃子ちゃんは今何考えてるのかな?”って事が分かるようになっちゃったくらいには長い時間が経ってるんだよ。」


久し振りにゆっくり二人きりで過ごす事もあり、何故か緊張してしまっていた彼女は、光忠の顔の近さに照れてそっぽを向く。


「じゃ…っ、そろそろプレゼントの渡し合いでもしよっか!」
『…変に話を脱線させるんじゃなくて、最初からそっちにしとけば良かったんだよ…。』
「はいはいっ。ちょっとご機嫌斜めになっちゃった璃子ちゃんには、これだよ。」
『へ…っ?ペンダント…?』
「そっ。リングタイプのペンダントネックレスだよ!前、伽羅ちゃんが付けてるネックレス見て、“ペンダント系欲しいなぁ〜”って言ってたでしょ…?せっかくだし、璃子ちゃんによく似合いそうなリングの付いたネックレスにしたんだ!女性への贈り物にネックレスだなんて、ちょっと有りがちかなって思ったんだけど…ネックレスを好きな人に贈るのには、“君に首ったけ”って意味があったから…ちょっとだけ乗っかってみよっかなぁ〜って。事実、僕は、璃子ちゃんに首ったけな程大好きだからね…!」


光忠から渡されたプレゼントは、綺麗でお洒落な包装を施された細長い箱で、中身はペンダントリングのネックレスだと言う。

彼女の為とはいえ、彼一人単体でアクセサリー専門店を見て回ったとなれば、さぞかし女性から好奇の視線を向けられた事だろう。

レジへ買う品を持って行って会計を済ますだけでも、レジへ並ぶ高身長のイケメンのその姿は目立った事だろうし、さぞ注目を浴びた事だろう。


『…ねぇ、これ会計する時、レジの店員に何か言われなかった…?恐らく、それも女性店員に。』
「うん、言われたよ?“素敵なプレゼントですね〜っ!彼女さんに贈るんですか?”って。だから、僕笑顔で…“はいっ、とても大事な人に贈る予定なんです!”って答えたよ?」
『たぶん内心で、“何惚気てんだコイツ、リア充爆発しろよ。”とか思ったんだろうなぁ…その時の店員。光忠はただでさえイケメン高身長のスタイル抜群で格好良いから、めちゃくちゃ注目されただろうし…。周りからの視線痛かったんじゃない?』
「うーん…。確かに、女性ばかりのお店だったからかな、結構たくさんの視線を浴びた気はするよ。」


思わず苦笑を浮かべてしまう程、周りに居た女性陣にガン見されたらしい。

きっと、ガン見していただろう女性陣は、彼が彼女持ちでないという事だったならば確実に狙っていた事だろう。

それ程までに彼女の旦那は良い男過ぎるのである。


「あ、ちなみにね、リングの内側にイニシャルを彫ってもらえるサービスもやってたから、せっかくだしと思って彫ってもらったよ!」
『コイツ、やりおる…。』
「実は、ちゃっかり僕の分も作ってもらって、ペアリングになるようにしたんだっ。璃子ちゃんには、僕のイニシャル入りのを。僕は、璃子ちゃんのイニシャル入りのをね!」
『ん…?普通、自分のイニシャル入りのなんじゃないの…?』


ごく普通に首を傾げた璃子に、光忠は悪戯めいた目をしてこう言った。


「恋人に贈るんだから、そこはお互いの名前が入ってる方が良いんだよ。まぁ、簡単に言ってしまえば、牽制の一つにもなるおまじないってところかな?“彼女は僕のものだよ”ってね!」
『光忠って…本当、何処までも格好良いよね…。これで落ちない女性が居たら、逆に逢ってみたいよ。』
「お褒めに預かり光栄だよ。僕は既に身に付けちゃってるから、璃子ちゃんにも今付けてあげるね?」


そう言って、サラッとイケメンな行為をそつなくこなす光忠。

休みの日だからと緩めに結われた彼女の髪を避けて、シャラリと首から下げられた、彼とのお揃いのペンダントリング。

それだけで何だか特別な気分になれる不思議なもの。

意識せずとも緩む口許に、花を飛ばすが如くオーラを纏った璃子を見て、嬉しげな光忠。

存外、彼女は分かりやすいところがある故、今彼女がまるで子供のようにはしゃいでいる事はモロバレだ。


「気に入った…?」
『…うんっ。大事にするね。』


リングの内側に彫られた彼のイニシャルを愛しげに見つめていれば、またもや不意打ち。


「えっと、今回はただのペアリングだったけど…その内、ちゃんとしたリングも用意するから…待っててね。」
『え……?』
「結婚指輪…まだちょっと早いかなって思ったから。その時が来たら、ちゃんと渡すから。それまでは…このペアリングでも良いかい?」


クリスマスドッキリか何かか。

衝撃の告白に、彼に好きだと告白された時以上に顔を赤らめる璃子。


『…わ、わか、った……ま、待ってる…………っ。』


ぎこちなく、それだけを何とか絞り出した彼女は、見るからに真っ赤だった。

それを愛しげな眼差しで見つめる光忠は、彼女の頬に手を伸ばしながら呟いた。


「有難う、璃子ちゃん…っ。きっと、もっと素敵な指輪をプレゼント出来ると思うから、楽しみに待っててね?」


スッと顔を近付けると、ちゅっ、と軽く触れる程度に彼女の額に口付ける。

恥ずかしさに涙が出てきそうになった彼女は、必死に誤魔化すように、傍らに置いてあった彼への贈り物を彼の顔面に突き付けた。


『はいっ、これ!私からのプレゼント…!』
「わっ!?吃驚した…っ。これを、僕に…?」
『うん…っ。開けてみて。』
「うん。じゃあ、開けてみるね?」


渡し方に難があったにせよ、彼女の照れ隠しと分かっている彼は素直に受け取り、中身が何なのか開けてみる事に。

ガサゴソと袋の中を漁る音が部屋へと響く。


「璃子ちゃんからのプレゼントって何かな…?んん…っ、あれ…?一つじゃない…?」
『うん。見てみれば分かるよ。』
「えっと…っ、この小さな袋の方は…手袋?」
『そうだよ。光忠…ついこの間、手袋片方失くしちゃったって言ってたよね…?これからどんどん寒くなってくのに、手袋無いと寒いかなって思って、それで。デザインとか色合いとか、一応光忠に似合うような物を選んだつもりだけど…どうかな?』


二つある包みの内、小さな包みの方を開けてみると、濃い紺色をした手袋が一組出てきた。

以前、彼が使っていた物は、黒地にシンプルなデザインの物だったが、今回選ぶ際も似たようなデザインの物を選んだようである。


「有難う…っ。近々買いに行こうと思ってたから、嬉しいよ。何気無い僕の言葉を覚えててくれたんだね…?」
『そりゃまぁ…付き合いも長いし…。寒い中手袋無しじゃ、霜焼けとか出来て大変だろうしね。』
「うんっ、それでも嬉しいよ!じゃあ…、今度はこっちの包みを開けてみようかな?」


残っていた大きな包みの方を開けてみると、何やらもこもことした服が出てきた。

冬にはぴったりな暖かそうな服のようだった。


「これは…?」
『パジャマ。光忠ってあんまり暖かそうなパジャマ持ってなかったし、何か最近雑誌かテレビ見ながら“こんなの欲しいなぁ〜”って言ってたよなぁと思って…。光忠が好むようなデザインじゃないかもしれないけど、それなりに似合いそうなのを選んだつもり。…もし、万が一いらないって言うなら、私が貰うけど…。』
「いらないなんて、そんな事言う訳ないじゃないか…っ!璃子ちゃんが僕の事を想って一生懸命選んでくれた物でしょう?いるに決まってる!」


自信無さげに上目遣いで言ってきた璃子に、彼は捲し立てるように返した。

迫る勢いだった光忠に、若干引いてしまったとは言わないでおこう。


「僕がここのとこ寒くて、もこもこなの着てる璃子ちゃんに引っ付いて寝てたのを気にしてくれてたんだね…?有難う。まぁ、璃子ちゃんにくっ付いていたいという口実に、敢えて少し薄手のパジャマを着てたってのもあったんだけど…。せっかく璃子ちゃんから貰ったんだもの。有難く着させてもらうよ!何なら、今夜から着よっかな?」
『喜んでもらえたのなら、良かった。けど、パジャマを贈ったのには…もう一つ理由があるんだ。』
「もう一つの理由…?」
『うんっ。実は…、光忠とお揃いの何かを着てみたくて…。でも、ペアルックにしたくても、私と光忠とじゃ体格に大きな差があるから、したくてもなかなか出来なくって……。それで、偶々私が着てもデザインもサイズも大丈夫なヤツを見付けたもんだから、思わず…っ。』


もじもじと恥じながら告げた彼女に、光忠はただ悶絶するように顔を覆い、上を向いた。


「君って子は…っ!ちょっと可愛過ぎやしないかい!?」
『え…っ!?』
「どれだけ僕を喜ばせれば良いの…ッ!!よし、今から着替えよう。今すぐ着替えよう。そしてお揃いになろう。」
『み、光忠…っ?大丈夫か…?』
「全然大丈夫だよ。寧ろ、オールオーケーだよ。」


取り敢えず、光忠が何かを拗らせる前に、早々に互いにお揃いのパジャマへと着替える。

着替える最中は後ろを向き、いっせーので互いに向き合った。


『…その……っ、どう、かな…?』
「うん…っ、凄く似合ってるよ!少し大きめなサイズ感が、逆に良い感じに璃子ちゃんの魅力を引き立ててて最高だよ…っ!!」
『そ、そう…?何か嬉しい…っ。やっと光忠とお揃い出来た…!』
「ん゙ん゙ん゙〜…ッ!!今のは反則的に可愛いよ璃子ちゃん…!!今、物凄く璃子ちゃんを抱き締めたい衝動に駆られてるんだけど良いかなぁ…ッ!?」
『ど、どうぞ…っ。』


先程からちょいちょい恥ずかしい台詞を言われ、照れる璃子はどもりながら顔を赤らめて視線を逸らす。

そんな仕草すらもツボにハマったらしい光忠は、ひたすら心の声をダダ漏らした。

衝動的に彼女を抱き締めると、むぎゅむぎゅと手触りの良い互いのパジャマの感触を確かめるように、彼女の肩口に顔を埋めた。


「あぁ〜っ、あったかい…。そして、璃子ちゃんから良い匂いがする…。シャンプーかな?お花みたいな甘い匂いがするね。」
『お風呂入ったからじゃないかな…?光忠好みの匂いだったのなら、何より。』
「う〜ん、璃子ちゃんが可愛過ぎてどうしよう…。僕の好みに合わせてくれようとするなんて、素敵なお嫁さんだね。これ、凄くあったかいよ。手触りも気持ち良いし、何よりも璃子ちゃんとお揃いだし…っ。今日はよく眠れそうだよ!」
『それは、プレゼントした甲斐があったってモンだね。』
「ははは…っ。鶴さんじゃないけど、まさかプレゼントが二つも用意されてるだなんて驚いたよ。有難う…っ。でも、実は僕からのプレゼントもこれだけじゃないんだよ…?」
『そうなの…?』


未だ緩くむぎゅーっと抱き締められていた璃子は、彼の胸元で小首を傾げる。

再び、悪戯めいた笑みを浮かべると、人差し指を彼女の唇に押し当てて言った。


「今、此処では内緒…っ。寝室に用意してあるから、案内してあげるよ。」
『寝室に?何だろう…。』


するりと自然な流れで彼女の手を取ると、一度だけ手の指に口付けて、重さを感じさせない動きで彼女を抱き上げた。

敢えて横抱きではなく、抱っこする形で抱えられる璃子。

好奇心と彼女の興味が今寝室の方へと向かっているからか、普段なら恥ずかしさから抗議するところも大人しく光忠に抱っこされるがままだ。

今日が特別な一日というのもあって、心密かに歓喜していたとは、彼だけが知るところである。

彼に抱えられて入った寝室は、当然の如く明かりは消えていて、中は真っ暗だった。


『ねぇ、何があるの…?』
「まぁ見てて。」


カチッ、と電気のスイッチをONにすれば、パッと明るくなる部屋。

見れば、床の上やベッドのすぐ側のテーブルの上に、小さな色鮮やかなキャンドルが幾つも並べられていた。


『…これって、もしかして…?』
「ふふ…っ、そうだよ。気に入ってもらえるかな…?」


そっと優しく彼女をベッドへと降ろすと、置いてあるキャンドル達に火を灯していく。

全てのキャンドル達に火を灯せば、部屋の明かりを消す。

すれば、淡くも温かみのある明かりが灯って、幻想的な光景が広がるのだった。


『わぁ…っ!凄い…、綺麗…!!』
「ふふふ…っ、気に入ってもらえたようで何よりだよ。」


光忠も彼女の隣に腰掛け、二人して温かい明かりを見つめる。

ゆらゆらと揺れる灯火が影を作って、それがまた幻想的な雰囲気を生み出すのだ。


「君にバレないよう、こっそり用意したんだよ…?素敵でしょ?」
『何時準備したの?これだけのキャンドル、私一度も見た覚えないよ?』
「内緒だよ。強いて言うなら…君の知らないところで、かな?」
『むぅ〜っ、教えてくれないの…?』
「驚かせたかったからね!どう?僕の言った通り、ベッドメイクも完璧だったでしょ…?」


クスリ、と笑む光忠は、ただただ愛しい彼女を喜ばせたかっただけに、彼女の反応が嬉しくて、いつも以上に甘い空気を放つ。

それに満更でもない風な璃子は、純粋に受け止め、その空気に混ざり合うかのように寄り添った。


『私…最高の旦那様を持てて、幸せです。』
「僕も、こんなに素敵で可愛らしいお嫁さんを貰えて、幸せだよ。」


キャンドルの淡い光が、互いの瞳に映り込んで煌めく。

甘く蕩けるような金色の光に、交わった視線のまま、そっと触れ合うだけの口付けを交わす。

クリスマスの夜は、淡く柔らかなキャンドルの光に包まれて、素敵な一日となったのだった。


執筆日:2017.12.27
加筆修正日:2020.04.03