たぶん、知らず知らずの内に眠気が点元突破していたのだろう。
元々だいぶやばい感じに眠たくなってきていたので、恐らく其れも手伝っての事だと思う。
うっかりすっかり、彼等の出陣報告の記録をチェックしているという最中に、緩慢になっていた瞬きのついでに“スヤァ”状態に入っていた。
まだ仕事中であったというのに、危ない危ない。
顎に手を当て画面に向き合ったポーズのまま目を瞑って固まっていたとか、何だ其れ。
確かに、此処数日あまりよく寝付けなかったというか、一応眠れてはいたんだけども精神的な所在の無さからか若干の寝不足で安眠出来ていなかったのは事実だ。
いや、しかしながら、そんな中途半端なポーズのまま居眠りするとは如何なものか。
我ながら情けなく思う。
せめて、何時ものように充電が切れた如くガクリと完全に首を落としていたなら分かる。
でも、何で今回だけはそうじゃないんだ。
いやまぁ、その分意識落ちてたのも数十秒から数分程度で、あまり仕事の支障にはなっていないだろうけども。
其れでも、個人的にどうかと思ってしまうのだ。
うん…まぁ、うっかり意識が飛んじゃうくらいには精神が安定且つ安堵したんだろう事は何となく分かる。
修行の旅へ出ていた彼が帰ってきたから、行き処を無くしていた不安が無くなったんだろう。
どんだけ私たぬさんに傾倒してるの…、とかって今更ながらに思わなくもないけど、要はそういう事である。
改めて思うけど…私の精神よっわいな!
“ちょっと修学旅行(もしくは合宿でも良い)に行ってくるね”くらいの期間彼が居なかっただけでこの有り様とか、今後も審神者続けていけるのか甚だ疑問である。
まぁ、そんな事は置いておいて、今は仕事だ仕事。
遣りかけの仕事へ戻るべく、眠気でぼんやりと重くなってきていた頭を振って、数度瞬きを繰り返す。
ついでに、疲れてきていた首をぐるんぐるんと回し、ちょっとだけ画面から意識を逸らして視点を移動させれば少しは眠気も飛ぶかな、とすぐ隣の景色を映そうと視点を動かした先で驚いた。
『うわ…っ、吃驚した…たぬさんか……って近いな?』
ふとすぐ隣を見遣ったら、気付かない内に至近距離の近さに居た彼が、真顔でジ…ッと此方を覗き込んでいた。
そういえば、修行から帰ってきてすぐ近侍に戻したんだっけか。
眠気でもうかなり働かなくなってきている頭で、ふと思い出したかのようにそう考える。
眠気で頭働かなくなっているのも手伝って、短い感想を漏らした後も動かずにそのまま無言のままただ見つめ返していたら、ぱちりと瞬きをした彼が口を開いた。
「アンタ、眠ぃのか。」
『…うん、まぁ…そうね。だいぶやばい感じの具合には眠気来てるね…。』
「そんなやべぇのか。」
『……うん、やばいね…。最近ちょっと寝不足気味だったからかな…?其れか、ただ単に目の使い過ぎで疲れた事による疲労か…たぶん此れどっちもあるな…。』
「あんま寝れてなかったのか?」
『…んー、……うん。…そうね…あんま寝れてなかったね…。たぬさんが修行に行って側に居なかったから…何か其れが落ち着かなくて、よく眠れてなかった気がする……。』
言ってしまった後で、「あ、しまった。」と思った。
眠気でボケてきた頭のせいで、つい本当の事をするりと口にしてしまった。
以前なら、何れだけ眠かろうが何だろうがそうはっきりとは本心を口にする事はしなかったんだが…。
共に過ごしてきた時間の経過故か、すっかり心を許してしまった事による弊害が今此処で出てしまった。
言い方的にも、今のは不味かった気がする。
確実に彼の事を一方的に責めるような言い方であった。
…傷付けてしまったかな。
せっかく私の為に強くなって帰ってきてくれたというのに、其れを駄目にするような言葉を言ってしまってはいけない。
分かっていた事なのに、つい眠気に負けてポロリ、と口にしてしまった。
嗚呼、此れでは彼に幻滅されてしまうかなぁ…。
そんな不安を過らせた時、ふと彼の方から手が伸びてきて、わしゃわしゃと頭を撫でられた。
一瞬怒られるのかなと身構えてしまったせいで、彼に触れられた瞬間、変にビク付いてしまう。
其れさえも彼にはお見通しだったようで、溜め息を吐きながら私を安心させてくれる言葉を紡いでくれた。
「ばぁーか。何も怒ったりしてねぇよ…。今のぐらいだけでアンタを嫌いになるとかもねぇーから。俺が修行に出た事でアンタを寂しがらせたのも不安にさせたのも事実に過ぎねぇ事だ。其れを今更とやかく言うつもりも無ければ、変えるつもりも無ェよ。…だが、今のを前みたいに気掛かりにして引き摺るようなら、怒るからな…?本当の気持ち偽ってまで無理されんのだけは御免だ。」
『……う、うん…、何か御免…。』
「謝んなくて良いっての…。修行で居なかった期間、アンタが眠れなくなる程気に病んでた事を責める気はねぇし。寧ろ、其れだけ俺の事を大事にしてくれてたんだなって分かったし、そんだけ頼りにされてりゃ刀としても男としても箔が付くってもんだ。何より、其れだけアンタに惚れ込まれてるって自負にもなったしな…っ。そうと分かりゃ、責めるよりも喜び噛み締めてアンタをもっと大事にしてやる事を優先するさ。…そもそも、今の発言くれぇでアンタに冷める程、俺は柔でもねぇし軽薄になったつもりもねえーぞ。寧ろ、逆だろ。今の俺は、前よりもアンタを求めてるんだぜ…?そう簡単に嫌いになったりなんかするかよ。」
そう言って、髪がぐしゃぐしゃになるまで頭を撫で繰り回された。
おまけに、私が何か反論する余地も与えないように先手打って釘を刺しておくかのように言われてしまった。
「言っとくが…今更アンタが俺の事を嫌いになったとしても、俺はアンタの事を離してやる気はねぇーからな。いざ離してくれって頼まれても、絶対ェ離してなんかやらねえから。」
此れは、自惚れてしまっても良いのだろうか。
自分に都合良く解釈してしまっても良いのだろうか。
彼に…心の底から想われる程好かれているのだと。
さっきまであんなに眠たくて仕方がなかっただけの頭が、嬉しさでお花畑に染まり、顔の筋肉が緩んでくる。
ついつい、気の緩みからへらりとした笑みが浮かんできてしまうが、誤魔化さなくても良いという事なのだろう。
嬉しさのあまり滲み出てくる笑みにどうしようもなくなって、口から小さく情けない笑い声が上がった。
やに下がって主としてはみっともない顔付きになっているかもしれないが、彼が良いと言うのなら下手に取り繕う事はしないでおくとしよう。
どうせ、私は正直者だ。
感情に嘘を吐こうとしても、すぐに顔に出てバレてしまうだろう。
ならば、正直なままで居た方がマシというものだ。
少しだけ眠気が飛んだ事で、緩慢ながらも乱れた髪を整える為、手櫛で梳こうとした。
が、猫っ毛なせいで絡まってしまい、結局は櫛を使って梳く羽目になってしまった。
最終的には、あまりにもぐしゃぐしゃ過ぎて、結っていたのを外してから整え直さなきゃいけないレベルだった。
…私が原因とは言えど、こうもぐしゃぐしゃになるまで撫で繰り回さなくても良かったんじゃないかと思う。
私の髪の毛、猫毛だから一度絡まると面倒なんだが…しかも、今長いし。
ちょっとだけ内心で不満をぶつぶつ垂れていると、横から再び声がかかった。
「眠てぇんなら、もう仕事中断して寝ちまったらどうだ?」
『え……?』
「どうせ髪梳くので解いちまうんだし…そのまんま寝ちまった方が良いんでねェーの?俺が居なかった間、あんま寝てなくて寝不足なんだろ…?だったら、もう寝ちまえ。今、其処まで急ぎの仕事もねぇんだろ。」
確かに、大阪城イベも終盤に差し掛かってきて、極短刀の経験値もだいぶ稼げてきている。
大阪城イベが終わっても、政府発行の月刊スケジュールによると、次には江戸城イベが待っているとの事なので、
ならば、今少しの休憩を挟んでも差し支えは無いか。
眠気に侵略された頭ながらにそう思い至って、彼の提案に頷く。
出陣報告の記録を表示させたまんまだった画面の処理を行って端末を閉じる。
そして、今度は髪を整える為に、スタンド式の三面鏡を引っ張り出してきて、端末を退けた処へ置いた。
かなりぐしゃぐしゃになってるのは触った感覚で分かるけど、実際鏡を見てみないと現状の詳しいところが分からない。
試しに開いた鏡を覗き込んでみたら、案の定凄まじいレベルの惨状になった頭が映り込んでいた。
『うわ、こりゃひでぇ…っ。超滅茶苦茶になってるじゃん…。』
「改めて見ると、確かにこりゃ酷ェ有り様だな。」
『おい、やらかした本人が言うなよ…。もぉー…、此処まで滅茶苦茶だと相当絡まってるじゃねぇーか、ばかぁ…。今髪長いから、絡まったの綺麗にする時引っ張られて痛いんだぞぉ…?』
あまりの酷さに、つい愚痴垂れてしまうも、やった本人は何処吹く風といった調子だ。
そんな彼を他所に、結っていた髪を下ろして丁寧に櫛を通していく。
一年前に切った振りだからか、伸ばしっ放しにしていた髪は、気付けば背中の半分近くの辺りまで伸びていた。
道理で最近髪を結った時、頭が重いと思う訳だ。
でも、作業する時は長いのが邪魔で鬱陶しくなるから結ばないと作業に集中出来なくなるし。
かと言って、ずっと結んでると頭痛くなるしで面倒だ。
そろそろ、また切らなきゃいけない頃合いだなぁ…。
季節も初夏で梅雨入りしたし、本格的に暑くなる前に切ってしまわなくては。
そうこう考えつつ梳いていると、隣からちょんちょん、と
「何…?」と返すついでに視線を向ければ、彼は徐に掌を此方側に向けて差し出していた。
『…この手の意味は…?』
「櫛、貸してくれ。俺が梳いてやっから。」
『え…、たぬさんが髪梳いてくれんの…?』
「おう…後ろ側は、自分でやるよか他人にやってもらった方が綺麗になるだろ。」
『…まぁ、そうだね……じゃあ、お願いしても良い?』
頷いた彼に櫛を渡せば、私の後ろへと回って静かに髪を梳かし始めた。
何だか其れが嬉しくて、沸き上がってくる擽ったさに小さな笑みが零れた。
『……ふ、っふふふ…、何か擽ったい……っ。でも、嬉しい…っ。』
「は…、そりゃ良かったよ…。偶々俺がアンタの髪を触りたかっただけなんだが…にしても、アンタの髪触り心地良いな。」
『…っんふふ、俺の髪の毛は猫っ毛だからね…。』
「本当、梳けば梳く程さらさらになって綺麗だな…あと、思ったよりも長ェ。」
『うん…何時も邪魔だからって団子にして上に結い上げてたからね…。けど、流石に長く伸び過ぎたから、そろそろ切らなくちゃなぁー…。』
「切っちまうのか?…何か勿体ねぇなァ、此処まで綺麗だと。」
『…んふふ…っ、じゃあ、またたぬさんの為に切ったの束にして取っておいてあげようか…。』
「くれんのか?俺に。」
『うん…たぬさんになら、俺の髪あげても良いよ…。』
部屋には、彼と私が喋る声と私の髪を梳く音だけが響いて静かだった。
遠くの方では、短刀の子達だろう、庭で遊んでいるらしい声が聞こえてきていた。
幸い、今日は梅雨時期の中であっても天気が良く晴れた日であった。
お陰で、風通しの良い場所に干された洗濯物達はよく乾く事だろう。
「そういやぁ、修行に出る前に貰った御守り…アレも、アンタが前に髪切った時に取っておいた髪で作ってくれた物だったんだよな?」
『…うん、そうだよ…。』
「へぇー…って事は、そんな前から用意してくれてたって事なんだな。」
『えへへ……っ、驚いたでしょ…?俺だって時には審神者らしい事やってるんだからね…っ。』
「おう。見直した上に惚れ直したわ。アンタが其処まで俺に惚れ込んでたんだってよ。」
『…へへへ……っ、有難う…。…でも、実のところ言っちゃうと…アレ、元々は俺に万が一があった時の為用に取っておいてた物なんだよねぇ…。』
「万が一って…?」
『んー……万が一は、万が一ってヤツだよぉ…。仮に俺が死んだ時に何も遺らないよりかは、何か形として遺ってた方が現世に居る親の悲しみとかも半減するかな……って、思っただけさね…。』
「……俺が居る限りは、その万が一なんて起こさせねぇよ。アンタの事は、死んでも守り徹してみせるさ。…例え、アンタが嫌と言ってもな。」
『…ん…大丈夫…。余程の事が無い限り、今の俺は折れないし死なないから…。たぬさんが居る限りは、大丈夫だよ……。』
「…そうか。」
もうきっと絡まってた部分は綺麗になってると思うけど、彼に髪を梳いてもらえるのが心地好かったし、何となく彼が愉しそうにしていたのもあったから。
敢えて指摘するなんて野暮な事はせずに、そのままで居る事にした。
すると、段々と眠気も増してきて、ただでさえ眠かった思考が舟を漕ぎ出す。
うつらうつらと揺らぎ始めた頭に、彼の優しい声音は子守唄だった。
「髪…梳かされんの気持ち良いか。」
『………うん…、』
「なら、もう少しだけ梳いといてやるな。」
『…………ぅん……、』
「そんまま眠くなったら寝ちまっても良いから…。後は俺が適当に片しておいてやるよ。」
『………………んぅ………。』
もう半分夢の世界へと片足を突っ込んでいる状態だった。
最早ほとんど夢見心地のまま、彼に身を委ねていた。
其れから暫く経った頃、完全に私が寝転けてしまったのを皮切りに梳くのを止めた彼は、様子を見兼ねて私の身を静かに抱き上げた。
そのまま奥の寝室へと運ぶと、布団の上へゆっくりと寝かせる。
抱き上げられた際に私の手が彼の服を掴んでいたのか、頼りない力ながらもゆるりと掴んで離さなさそうな空気に、彼は緩く笑んで目を細めた。
「…アンタが許さねぇ限り、もう何処にも行ったりしねぇよ……アンタが望むなら、望んだ分だけ側に居てやるから、安心して眠ってろ。」
すっかりさらさらのスルスルになった髪を撫で付けて、掬い上げた一房へ口付けた彼の眼差しは、今までに見た事が無いくらいに慈愛に満ちた柔らかい目をしていた。
そんな彼の特別な表情を、寝てしまったせいで拝めなかったのは非常に残念である。
…でも、彼の温もりが側に在るというだけで安堵出来る感覚に感謝しかなかったから、またの機会に待つ事としよう。
―服を掴まれた手は外さないまま、眠る私の隣に寝転ぶ。
そうして、私の寝顔を眺めながら、静かで穏やかな時を過ごすのであった。
執筆日:2020.06.10