うっすらと雪の積もった日だった。
始めこそ粉雪だったのだろうものは、今やぼた雪の様な重みを伴って屋根や地面を白く色付けている。
真白の化粧を施された外の世界は、其れは其れは美しい白銀に彩られ見事なものだった。
しんしんと降り積もる雪が全ての音を消し去る様に静かで静寂を保つ、そんな日に。
俺は一つの包みを持ってとある部屋へと赴いていた。
主の実家であり生家の、主の私室兼寝室である。
寒さ極まる季節故に布団に籠って出てこないままの主を慮った本丸の奴等が一緒になって用意した贈り物を届ける任を仰せ遣った以外の理由も大いに含まれるが。
古き家宜しく所々破れた箇所のある立て付けの悪い障子戸を引いて中へ足を踏み入れれば、雑多とした狭い室内の中に敷かれたままの布団とその中に包まる主の姿が在った。
やはりまだ布団の中に籠ったままだったか。
とっくの昔に陽は昇り切っているという時分だと言うに。
しょうがない御人だと思うだけに留めて部屋の戸を閉め、布団のすぐ側の傍らに腰を下ろして声をかける。
「主、もう起きてんだろ…?寒ぃのは分かるが、一旦頭だけでも出して顔見せてくれ。ついでに、本丸の奴等から持たされた此れ、受け取って中身見てくれねぇか?そんで感想の一つでも寄越してくれりゃ、後で俺から彼奴等に伝えとくからよ。」
俺の声かけにもぞもぞと動き始めた布団の塊。
先に布団の端からひょこりと覗いた指先が顔を出して、次いで布団を被ったままの寝惚け眼が片目瞑った状態でちらりと此方を覗いた。
寝るのに邪魔だからと綺麗に束ねられていた筈の長き髪も、頭まで布団を引っ被るせいでぐしゃぐしゃになってしまっている。
日の射す部屋の明るさに慣れていない目がしぱしぱと眩しげに瞬いた。
「おそようさん。もうとっくの昔に陽は昇ってるぜ。いい加減起きて布団から出て飯の一つでも食えよ。」
もぞもぞと身動ぐだけで、無言の回答のみが返ってくる。
寝起きは極端に口数が減る事を理解している俺は、慣れた様子でじっと見守った。
一つ、布団に籠ったまま思い切り伸びをした主が、今度こそまともに顔を覗かせて口を開いた。
『……ん…、そろそろ起きるよ…。流石にお腹減ったし。』
先の俺の言葉への返答か。
のんびりと言葉を紡いだ主がもぞもぞと身動いで寝返りを打つ。
目が覚め意識は覚醒したものの、布団から出る気はまだ無いらしい。
そして、ぬくぬくとした布団の中に籠ったまま俺の方へと手を伸ばして包みを受け取る意思を示した。
俺は其れに素直に包みを受け渡して反応を見遣る。
懇切丁寧に綺麗に包みに納められた中身を知らない主は、寝起き満載の眼を瞬かせながら問うてきた。
『…此れ、なぁに…?』
「本丸の奴等から持たされた代物だ。開けてみりゃ分かる。敢えて俺からは何も言わねぇ。」
『…ふぅん。じゃ、開けてみよっかな。』
半身起こした主が、布団を被ったまま俺から受け取った包みを慎重な手付きで開けていく。
俺ならば雑に適当に破いて開けるところを、主は寝起きながらも丁寧に優しい手付きで開封していった。
そうして中から出てきた物は、美しく綺麗な着物と帯と反物だった。
暗めの赤と黒の布地に金糸で織り込まれた刺繍の揃いの品である。
帯には差し色として白地に淡い色合いの華が描かれていて、此方にも金の刺繍が施されていた。
初期刀である加州の色合いと番である俺の色合いを上手い事組み合わせた物だと思った。
帯の淡い色合いの部分は、差し詰め初鍛刀である前田の風味を効かせたといったところか。
反物の方には紫がかった色みも含まれているところを見るに、微妙に初泥刀である薬研の風味も効かせている様だ。
まぁ、紫は主の色合いでもあるから、どっち付かずな意味合いかもしれねぇが。
其れ等贈り物を見て、主は寝惚け眼をぱちぱちと驚きに瞬かせていた。
『…どうしたの、此れ?』
「全部アンタへの贈り物だよ。今日、アンタの誕生日…アンタが生まれた日なんだろ?」
『はぁ…何とまぁ勿体なき物を、こんな私の為に用意してくれたのねぇ…。また随分とまぁ立派な物くれちゃって。どうしようかね…?』
「要らねぇってんなら、どっかで適当に捨てといてやるが?」
『んな罰当たりな勿体なさ過ぎる事出来るか、阿呆…!単純に驚きのあまりに出てった言葉の綾ってもんだよぉ!冗談でも捨てたりなんかするもんですかいな…っ!』
「気に入ったんなら其れで構わねぇさ。…ま、アンタへの贈り物はまだあんだけどなァ。」
『へぇ、まだあんの…!?此れだけでも十分なのに!?寝起きドッキリかな!?』
よく分からない感想を漏らしながら主が漸くまともに布団から身を起こした。
途端、肩から背中に掛けて被っていた布団がずるりと落ちる。
未だ布団の上から抜け出さない主をそのままに、俺はわざわざ整えてきた身形を崩す様に首に巻いていた長い長い襟巻きを外して主の首に巻き付けた。
無防備な主はされるがまま、俺の行動を見遣っていた。
次いで寝間着姿のままの主の身を抱き締めて腕の中に収めたところで告げる。
「本丸の奴等からの贈り物のおまけは俺自身だ。俺をそのまま全部やるから、好きに使え。刀その物だけでも、この人の身だけでも、アンタの好きな様に。」
『………へ、』
「寒けりゃこうしてくっ付いといてやるから、もっとずっと本丸に居ろよ…アンタにはアンタの生活があるのも知ってるけどさァ。契りを交わすのを畏れる代わりに、もっと俺を側に置いてくれよ。…最も、顕現数が九十にも満たった刀等の相手しなきゃいけない今は難しい話だろうがな。」
今の今まで布団の中に籠り切ったままであった主の身はとてもぬくぬくとしていて温かかった。
その柔らかな身を、壊さない程度に、けれども目一杯力強く腕の中に収めた。
敢えて正装して赴いたから、武具や防具に当たって痛かったかもしれないが、主は何の不満も口にせずされるがまま俺に抱かれていた。
其れから寸分程何も言わず抱き締めたままで居ると、されるがままなだけであった主がおずおずと手を伸ばして、ぎこちなくその細く華奢な腕を俺の背に回した。
慣れない故か、何処か気恥ずかしそうな空気すら滲ませる主に、俺は愛しく思って殊更腕に力を込める。
流石の主もそろそろ息苦しくなってきたのか、小さく音を上げて俺の背を叩いた。
俺は其れに従って素直に腕の力を緩め、主から軽く身を離した。
だが、主の身を抱いたままの手は添えたままだ。
下からぎこちなく見上げてきた主が、おずおずと口を開いて言ってきた。
『…もしかして、寂しがらせちゃってた……?』
「……ちっとだけだけどな。」
『御免ね、不甲斐ない主でさ。皆にも、変に色々と心配かけちゃってたかな…?』
「別に、謝られたい訳じゃねぇんだ。…ただ、アンタの生誕を祝いたくて、ついでに俺ごと全部アンタに貰って欲しくて言っただけだ…。アンタの役に立てるなら何だって良いんだ。もっと俺の事使ってくれよ。」
寝起きだという事にも構わず唇に口付けると、反射で拒絶され、すぐにその身を捩って顔を背けられた。
今更こんな事ぐらいで恥ずかしがるとは初だなァ。
俺がそんな感想を抱いていると、主は照れた様に顔を赤く染めて嫌がる素振りを見せた。
『も…っ、ちょっと、寝起きにキスは止めてって言ってるでしょ…!もし口の中匂ったら嫌だし、臭いとか言われた暁には私めちゃくそ落ち込むからね!!』
「んな細けぇ事気にしねぇっての…。あと一応言っとくが、別に寝起きだろうがなかろうがアンタの口臭くなんてねぇからな。気にしそうだったから敢えて教えとくけどよ。」
『あ…、そうなのね…良かったぁ〜。……じゃないわ!取り敢えず、この状況どうにかしよう!?ね!?』
「寝惚けた思考が覚醒した途端コレかよ…もうちょい慣れてくれたっても良いんだぜ?俺はアンタの番なんだからさァ。」
『ん゙ん゙ん゙〜……ッ、その言い方止めて、無性に恥ずかしくなってくるから…!』
「他にどういう言い方があんだよ…。俺と恋仲なのは事実だろ?」
『そうだとしても、何か色々と恥ずかしくなってきたりすんのよ乙女心ってもんはぁ…っ!』
「…いまいち分かんねぇな、その乙女心だか女心だか言うもんは。俺は男で刀だから、人の細けぇ事には疎いんだよ。どうしても分からせたいなら、アンタが手取り足取り教えてくれよ。俺はアンタの番、正真正銘アンタの物なんだからさァ。」
唇の代わりに、今度は額に口付ければ、また更に恥ずかしがって顔を背けようとするから、ならばと踏んで顔を掴み固定して無防備な頬に口付けた。
其れでも尚躰を捩って嫌がる素振りを見せるなら、せっかく巻いてやった襟巻きを緩め、出来た隙間から主の首筋に口付けてやった。
其処まですれば、主はすっかり大人しくなって熟れた林檎みたいに顔を真っ赤にさせて涙目で俺を睨むだけになる。
起きろと言った手前な癖に、そのまま布団の上にその身を押し倒し転がしてやれば、忽ち女の顔をする主が期待を滲ませた様な目を俺に向けた。
「俺の事、全部やるから受け取ってくれ。」
『…私、寝起きなんだけどなぁ。』
「寝乱れたアンタも十分にそそるぜ?」
『……馬鹿…っ。』
恥ずかしさが点元突破したみたいに目を潤ませる主が愛おしくて、その気持ちを溢れさせるべく目を細めて見つめれば、観念したが如く主は俺へと両手を伸ばした。
贈り物は最早口実に過ぎなくとも構わない。
愛しい存在を躰いっぱいに抱き締めたくて、俺はその求めに応じた。
「安心しろ。俺の全部をやる代わりに、アンタの全部もちゃんと受け止めてやるから…精々今の内だけ恥ずかしがってな。その余裕もすぐに崩してやるからよ。」
『…たぬさんったら、何時からそんなえっちな子になったんです?』
「言ってろ。直に啼き声しか言えない様な口にしてやるから。」
『此処、実家だから私以外にも家族居るんですけど?』
「声聞かれたくねぇなら塞いどいてやるさ。…まぁ、一応其れ用にこの部屋一帯だけに結界張っといてやったけどな。」
『力の使い方間違ってるよ、絶対。』
「うるせぇ。風呂の件も、直接本丸の離れにゲート繋がる様設定しといてやったから、安心してその身俺に委せとけ。」
『端的なる“大人しく俺に抱かれろ”発言…!』
「良いからもう口閉じろ。…何なら俺が直接塞いでやろうか?」
『…最初からその気の癖によく言うぜ。』
不貞腐れた様に口を噤んだ主の唇を宣言通り塞いで、喋る余裕すらも奪う様に口付ける。
その後は正装で着込みに着込んだ俺の服を一枚一枚丁寧に脱がしてもらって、ついでに主の身包みも全部剥いで互いにその身を布団へと沈めた。
寒さもへっちゃらになるくらいに熱く火照り焦がれる身を抱いて、その身全身いっぱいになる程に互いの存在を感じて刻み付けて。
終いには致した布団で少しだけ二人一緒に眠ってから本丸へと帰る。
結局本当に贈り物の件はただの口実になってしまったが、其れでもこんな寒さ厳しい冬の日に生まれた主の事を幸せいっぱいな一日に出来たなら、其れだけで十分だ。
積もりゆく雪の冷たさなど気にならない程熱くなった躰は、もう寒くはない筈だから。
Title by:コランダム