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縁深き者同士の応酬



「何かさぁ、朝方早くに目が覚めちゃって。んで、時間も時間だったから二度寝決め込もうと寝惚け眼に薄っすら開いてた目蓋を閉じた訳……。そしたらさ、普通目を瞑ったんだから光は目蓋に遮られて何も視界に映らない筈なんだけどね……。そん時、目蓋の裏側で変なもん見ちゃったのよねぇ。肉壁に包まれた中に詰まった内臓の絵面ってのを。端的に言ってグロいと思ったね」
「いや、ちょっと待って? 何でいきなりそんなグログロしいもんを思い浮かべてんの?? 寝る前にそういう臓物が飛び散る系のスプラッタ物でも見たの??」
「いや、其れが全く。ここ近辺でそういうスプラッタ系のホラゲー実況は見てないし。小説とかも読んでなけりゃアニメも見てない。……いや、ギリアニメは見た事になるのか? 進撃の過去振り返りシーンで思い切り画面上に血がビシャッとスプラッタしてたな……」
「原因ソレじゃん」
「いや、でも、其れくらいで今更ビビるとかのレベルではないんだよなぁ〜。実際、目蓋の裏に今言ったヤツが映ったってだけで、感想はただ“わぁ、グロォ……ッ”としか思わなかったし」
「アンタの感覚絶対麻痺ってるでしょ」
「どいひ(笑)」
 会話を始めたと思うも、その内容が酷く飛んでもなかったという事は、この本丸においてはよくある事だ。しかし、毎度の事ながら審神者の脳味噌は時にバグでも起こしたかという風な事を平然と語ってみせる。此れで少しばかり不安げな顔でもしてみせれば其れらしくはあるのだが、彼女に限っては何処かケロッとしておりそんなしおらしさの欠片などは微塵も感じられない。故に、弊本丸の初期刀は盛大なツッコミを入れざるを得ないのである。
 そんなところへ、何も知らぬ新刃刀の孫六兼元がひょっこりやって来た。どうやら、審神者と初期刀の二人が話していた話が気になるらしい。好奇心を隠さず単刀直入に訊いてきた。
「何話してるんだ?」
「主の異常癖みたいな感覚のやばさに絶賛引いてたって話」
「え……何、本当に何の話してたんだ主人達は?」
 端的に教えられた事で余計に分からなくなった孫六は、怪訝な顔をして同じ質問を繰り返す。すると、今度は審神者の方が事を掻い摘んで教えてくれた。
「手短に言うと、俺が二度寝決め込もうとして目蓋閉じたら、その暗闇に“肉壁の中に詰まった内臓の絵面”を見たって話だよ」
「…………すまんが、もう一回言ってくれるか?」
 言われた意味が分からず二テイク目をお願いした孫六。要らない余計な情報は省いた方が良いと今の反応で判断したのか、改めて更に必要な部分のみを伝えようと端折って言う。
「俺が目蓋の裏に肉壁の中に詰まった内臓的絵面を見たよって話」
 改めて話されても理解が及ばなかったのか、孫六は何とも言えない複雑な顔を浮かべて問う。
「……えっと、俺が知らないだけで、主人にはそういうへきか何かでもあるのかい……?」
「誤解無いように言っとくけど無いよ。ウチの主は、純粋無垢な穢れ無き魂の持ち主です」
「なら、そりゃまた何で……?」
 初期刀の補足に更なる混乱を生んだ彼は、目をぱちくりとしながら疑問符を並べた。其れに答えたのは、問題発言をした張本人である。
「さぁ? 見た本人が一番分かってない。何でだろうなぁ〜って思いつつも、然程問題にもならないからいっかって」
「並みの人間なら、普通此処で主人の人間性やら精神状態を疑うが……今のところ何も問題は無いのかい、初期刀様や?」
「あったら俺が真っ先に気付いてるに決まってんだろ、ぁ゙あ゛?」
「これ、清光や。そうメンチ切らないの。可愛い顔が台無しよ? オラっちゃう清光も可愛いけれど、新刃君に喧嘩売るのも買うのもやめなさいね。あんまりオイタが過ぎるようなら、俺直々の制裁が下っちゃうぞ☆」
「うん、御免ね主。でも、其処はせめて格好良いって言って。オラオラしてる時まで可愛いって言われてちゃ俺凹むよ?」
「ウチの初期刀様は世界一可愛くて格好良いんじゃないの? 分かったなら、くだらない喧嘩は止しなさい」
「はぁーいっ。えへっ……やっぱ俺ってば愛されてるぅ!」
 会話の一部始終を見遣るや否や、感想を零した彼が口を開く。
「ほーん、見事な手綱使いだなぁ。まさか自分の目の前で披露される事になろうとは……いやはや、流石は百余りもの刀達を束ねる審神者だ。女だてらに身を張っちゃいないねぇ」
「お褒めに預り光栄だこと」
「おや。俺としちゃあ皮肉のつもりだったんだが……ははっ、こりゃ一本取られたか」
「何……アンタ、一丁前にヤキモチでも妬いたの?」
 意外な返答が返ってきた事に怪訝な顔を浮かべた初期刀は問う。すると、彼は己の膝に頬杖を付きながらニヒルな笑みを浮かべて応じた。
「そりゃあ、俺とて一人の男……目の前で盛大に惚気られちゃあ面白くもなくなるさ。同じ男なら分かるだろう?」
「え……今そういう話してたっけ??」
「いやいや、何で逆に今この場で話の元となっている元凶の当人が一番分かってないんだ?」
「主は、俺達みたいな荒くれ共を取り纏めれる凄い人であると同時に、素でボケる程天然ぶちかます御人だからね。そんなギャップが堪らなく可愛いんだけど」
「え? 何か今然り気無く俺の事ディスられた気がすんだけど、気のせい?」
「気のせい気のせい風の精〜」
「なら良かった」
「物凄い雑な誤魔化し方されたのに許すとは……今代の主人は大層懐の深い御仁と見た」
「当ったり前でしょ。でなきゃ俺達みたいなのと五年以上も一緒に居ないし、審神者なんて職業勤まんないから。俺の・・主嘗めないでよね?」
 分かりやすい宣戦布告発言に、新刃刀は恐れもせずにフッと笑みを漏らして不敵に笑ってみせた。
「これはこれは……歓迎されているようでつくづく嬉しいねぇ〜。良いねぇ、そういう喧嘩腰な態度。そうでなきゃつまらんからなぁ……精々俺を愉しませてくれよ? 初期刀様よ」
「上・等ッ」
「うわぁ……目に見えない水面下で火花バチバチいってる擬音が聞こえてくらぁ……っ。まぁ、派手に暴れて物ぶっ壊さない程度になら暴れてくれても構わんけども……備品諸々壊すのだけは勘弁してくんさいね? 漏れ無く経理係やら説教魔の面子から鬼の形相で睨まれる事になるんで」
 現在進行形で喧嘩沙汰になりそうになっているのだが、止めるどころか“物だけは壊すな”との小言を零すだけに留めた。彼等の扱いを分かっているからこその敢えての許容範囲を分かりやすく示したのだ。其れを理解したらしい孫六は、再びニヒルな笑みを浮かべて返した。
「なぁに、主人は離れた安全な場所から見といてくれれば良いさ。……まぁ、お宅の初期刀様にはちょいと手荒な真似はするかもしれないが」
「私闘での怪我につきましては、手入れ厳禁となっておりますので、程々に努めてくださりますと助かりますわ」
「主が敬語で喋る時は、“本気”と書いて“マジ”って読む時のモードだから。あと、某お嬢様口調を真似て喋ってる時も大体マジな時だから。気を付けなね〜。一応、今後の為の教訓として忠告はしたから」
「其れはそうと先に言っておいて欲しかったなぁ……!」
「主に嫌われたくなかったら、其れくらい感じ取ってみせろっての。アンタ、斎藤一の刀だったんでしょ? 愛妻家だったって話なら、空気読むくらい御茶の子さいさいなんじゃない?」
「なっ……! 其れ出だし何処情報だ!?」
「率直にバラすと主からだよ」
 突然の暴露に慌てた様子で取り乱した男へ、初期刀の彼がご丁寧に教えてくれた。其れを何とも思ってはいないのか、審神者は気軽な態度で本意を語ってみせた。
「媒体違いだけどね〜。俺、マスター業は兼業してないけど、新撰組面子で推すなら一ちゃんだから。土方さんも嫌いじゃあないけどね。でも、此れまた媒体違いで歳三じゃなく十四郎の方だからなぁ。勿論、沖田君も好きだよ? 媒体違いで乙女ゲーの方のになるけど」
「主ってさ、俺を初期刀に選ぶくらいは新撰組の事好きだよね」
「まぁ、一時期歴女謳ってたレベルには好きかな? まぁ、その頃の記憶既に黒歴史として葬り去ったけど……。うん……あの頃は俺も若かったんだよ……。アレは若気の至りでやらかした事。故に既に時効。良いね??」
「何か主人がボヤいてるんだが……」
「あー、うん。ヲタクである主にはよくある事で、定期で起きる現象だから放っておいて良いよ」
「そうなのか……」
 急に雑な応対と化す初期刀に空気を読んだ孫六もこれ以上触れるのはやめようと踏み止まった。その判断や誠に賢明である。
「話戻すけど……別に清光の事選んだの、新撰組絡みで決めた訳じゃないよ。単純に可愛かったからと……あとは、最も一番自分に近い刀だったって事から決めた事、になるかな」
「おや。其れは興味深い話だ。是非ともお聞かせ願いたいね」
「清光を選んだ理由?」
「純粋に興味がある」
 自身に興味の矛先が向いた事を察した審神者は、不思議そうな顔をしつつも応えてやる義理はあると思ったのようで、素直に白状した。
「ふぅん……まぁ、別に減るもんじゃないから構わないけども。お分かりの通り、清光って出生と成り立ち上、主に愛されたいという欲が元々強い刀なのね。ぶっちゃけ、俺も似たようなもんでさ……。誰かに愛されて必要とされるような人になれたら良いなって……そんな思いが常にあったから、共感点は其れなりにあんのよ。あとは、審神者になる前から初期刀は清光しか居ないなって考えてた事もあって、勝手に運命感じちゃって決めたって話。実際、審神者になって初期刀選びになった時、ギリギリまでむっちゃんと迷ったけど、やっぱ最終的には清光にしたもんね。勿論、後悔なんか一つも無くて、今までもこれからも清光が相棒で良かったなって思ってる。最早、一生人生の先輩であり相棒だね」
「ちょっ……主にんな事言われると思ってなかったから、俺っ、心の準備もしてなかったと同時にタオルの準備も出来てなかったんですけど!? どうしてくれんのさ、主の馬鹿ァ〜っ!!」
「ハイハイ、今のくらいで泣かないの。ほら、ティッシュあげるから、此れで拭きんしゃい。鼻水垂れてんよ」
「こりゃ見事な鼻垂れ小僧っぷりだな」
「うっせぇ!! テメェもいつか同じ目に遭うから、精々俺達に愛される覚悟してろバァーカッ!!」
「ははっ、そいつぁ大歓迎だ」
 突然の罵倒にも軽く受け返すくらいの技量を持つのは、互いに縁深き者同士故か否か。
 其れはそうと、別段感動泣きするポイントなど無かったのではの疑問を持ちながらもティッシュを手渡した審神者は揶揄からかいを含んだ声音で言う。
「全く、泣き虫は俺の専売特許じゃなかったの〜?」
「刀は主に似るもんだって言うなら、俺も主に似て涙脆くなっても可笑しくないでしょうがよ……っ」
「ははっ、そりゃ確かにそうだにゃあ。御免ね、俺が泣き虫なばっかりに」
 机上へ片肘付いて頬杖を付いていた審神者は、口では淡々としながらも、その顔にはしみじみとした感情が滲み出ていた。其れを察した初期刀は、努めて言葉優しげに返す。
「主は全然悪くないから……悪いのは、主を泣かすような腐った脳味噌の奴等だから」
「へぇ……そんな奴等が居んのかい? 其れは是非とも後で裏でこっそりとお聞きしたいものだねぇ」
「おやまぁ、物騒な事で。やらかすのは勝手だけど、頼むから俺の首が飛ぶような真似は止してくれや? 審神者辞めるなんて気は毛頭無いんでね」
「ふふっ……見くびってもらっちゃあ困るな。其処は暗殺闇討ちお手の物な手腕で、主人の迷惑にはならないよう工夫してみせるさ」
「努力の方向性間違ってません?」
 率直な感想である。何も間違った事は言っていないが、片や人間、片や物に宿った付喪神という人為らざる者だ。其処にある分かり得ない壁は何時いつだって存在し得る。時には、人間の理解の範疇など優に超えてしまう事だってあるのだ。審神者とは、そんな者達と常に暮らしている者の事だ。
 斯く刀は言う。
「主人を守る為なら何のそのだ。多少の汚れ仕事くらい、難無くこなしてみせるぞ」
「物騒が過ぎる。頼むから厄介事だけは起こさんでくれよ? 処理が面倒だから」
「主人の手を煩わせる事はしないさ」
 またとなく不敵に笑って此方を見てきた浅葱の目に、胡乱な一瞥のみを向けて自身の湯呑みに口を付けた審神者は、それ以上この話題を深堀りする事は無かった。
 黒き前髪の隙間から浅葱の目を覗かす男が笑う。その笑みは果たして、どういう意図を以ての事か。藪蛇を突付く気概は今は持ち合わせていないとして、敢えて触れぬはせめてもの温情。面倒事は避けるが吉だ。其れこそ、藪蛇をわざわざ引き摺り出すといった野暮な事は。


執筆日:2023.11.14
公開日:2023.11.16